高山兵長の 「名誉の戦死」 - 1945年 (昭和20年) 8月9日
 
壕に近づくと、突然、一人の兵士に銃を突きつけられ、「止まれ」 と言われたが、
僕は焦っていたので 「伝令! 高山兵長殿」 と叫び通り過ぎようとすると、
その兵士は血相を変え 「待て、撃つぞ」 と言いながら、銃を構えたので、
僕はびっくりして馬を止めた。
 
僕に銃を向けた兵士が、しきりに後ろを気にするので、その方向を窺うと,
十メートルほど前方に、五、六人の兵士に囲まれ、顔面を蒼白にした高山兵長の
顔がちらっと見えた。 間もなく 「うっ」 という、呻きとも悲鳴ともつかぬ声が
聞こえ、一発の銃声が聞こえたかと思うと 「高山班長戦死」 と叫ぶ声が聞こえた。
  
僕に銃を突きつけていた兵士は 「やったか」 と叫びながら、その場に駆け寄って
行ったので、僕も一緒に行ってみると、 高山兵長の胸からおびただしい血が
流れていた。 腹からも赤黒いペンキを流したような血糊がぬらぬらと流れ出ており、
兵長は息果てていた。 僕も彼にはずいぶんしごかれていたが、あまりのことに
動転して伝令の任務を忘れてしまい、 伝令用鞄を高山兵長のかたわらに
投げ捨て、その場を去った。
 
あの兵士たちは兵長の日頃の酷い制裁やしごきに復讐したのだろうか。 それとも
彼の無理な命令を聞いて、むざむざ死にたくはないと話し合って、先手を打ったの
だろうか。 一人の兵士が高山兵長の屍に向かって 「やい、弾はな、前から
飛んでくるとはかぎらねえぞっ」 と罵声を浴びせていたが、 この言葉が妙に僕の
脳裡に刻み込まれ、味方に殺されても 「名誉の戦死か」 と思いながら馬を飛ばして
帰った。
 
山口盈文著 「僕は八路軍の少年兵だった、第一章 満蒙開拓少年義勇軍」 光文社NF文庫 (2006) より 
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