■1990年代の日本でも「資産課税」が検討されていた

1990年代の住専危機の際に、当時の大蔵省が「新円切り替え」による「資産課税」を実施する計画がありました。

幸い、旧紙幣100万円が新紙幣80万円にされる「新円切り替え」は実施されませんでした。
ATMメーカーから事前に情報が漏れてしまったため、計画は未遂で終わりました。

日本政府の債務残高対GDP比が100%に達したのが1996年です。その翌年の1997年に橋本内閣が財政構造改革法を成立させ、2003年までに赤字国債発行を削減しようとしていました。
結局、その後も財政赤字は拡大し、2016年には債務残高対GDP比は249%を突破しました。

我が国では、債務の膨張スピードが経済の成長スピードよりも速くなっています。

経済が成長しているときは、税収もそのぶん伸びていきます。
債務の膨張スピードよりも経済の成長スピードの方が速ければ財政は破綻しないのですが、日本では、

経済の成長スピード K (約0%)

債務の膨張スピード S (約4%)

「K<S」

この状態が20年以上、続いています。

債務の膨張にも「複利レバレッジ」がかかります。
72の法則で「72÷4=18」となり、18年で債務は2倍になります。

K<S(0%<4%)の状態がこのまま続くと、債務残高対GDP比はどうなるか?

1980年 50%

↓18年後↓

1998年 121%

↓18年後↓

2016年 249%

↓18年後↓

2034年 498%

上記のように「K<S」が続けば、数列の発散により債務の膨張が止まらなくなり、18年毎に2倍のペースで増えていきます。

大蔵省の「新円切り替え未遂事件」と言うが事実があるので、残念ながら我が国での
「資産課税」の可能性を完全には否定できません(限りなく0%に近かったとしても、0%とは言い切れません)。

私たちがキプロスの預金封鎖から学べることは、「悲観的な予想を元に万全の準備をして、楽観的に対応する」ということです。
この「危機管理の鉄則」に従った対策で、迎え撃つしかありません。