東京都には、ふたつの地下鉄事業者が存在する。ひとつは東京メトロ。もうひとつは、都営地下鉄を運行する東京都交通局だ。

1日約630万人が利用する東京メトロは、総延長や路線数の規模が大きいだけあって大々的な情報発信をおこなっている。
“Find my Tokyo.”をキャッチフレーズに女優・石原さとみが沿線の街を紹介するテレビCMは、東京メトロのイメージを向上させるとともに新しい需要を掘り起こすことにもつながっている。

一方、東京都交通局が運行する都営地下鉄の利用者は、1日に約260万人前後。路線総延長や路線数といった事業規模が異なるだけに単純比較はできないが、利用者数は倍以上の差をつけられている。
都営地下鉄を運行する東京都交通局の情報発信は、駅構内や都庁などで沿線を紹介する冊子を配布、ポスターを貼るぐらいだった。東京メトロのような大規模な広告展開はしていない。

それは都営地下鉄が東京都所管の公営企業であることから、利益を拡大することより都民の足としての役割を優先してきたからだ。つまり東京都交通局は公共交通として“稼ぐ”ことよりも公共の福祉としての面を優先してきた。
とはいえ、それは建前。テレビCMには、起用するタレントのギャラ・制作費・広告料金など、莫大な費用がかかる。交通局は東京都の一部署だから、東京メトロのようなテレビCMを打つような予算がない。それが、東京都交通局の内実であり、本音だ。

しかし、莫大な資本力がなくても工夫次第で宣伝や広報をすることはできる。インターネットにアップした動画が話題を集める時代。そうした潮流を受け、東京都交通局は昨年8月にHPをリニューアル。新たに“PROJECT TOEI”をスタートさせた。

「東京都交通局は2016(平成28)年に創立105周年を迎えました。“PROJECT TOEI”は、『東京都交通局の創立105周年という節目の年に何かできないか?』という発案から始まった企画です」と話すのは、東京都交通局総務部企画担当課の担当者だ。

(※中略)
その“PROJECT TOEI”で注目のコンテンツといえるのが、長期シリーズ化している“Sound of Toei”だ。文字通り交通局内で耳にする“音”をアップしている。
鉄道には、さまざまな楽しみ方がある。乗ることが好きな”乗り鉄”、撮るのが好きな”撮り鉄”、模型が好きな“模型鉄”、記念グッズや切符などをコレクションする収集鉄など、楽しみ方によって派閥分けがされている。

その中には、鉄道の音を楽しむ“音鉄”という派閥もある。”音鉄”は駅ホームなどで列車の走行音や汽笛、接近メロディ・駅メロディなどを録音して楽しむ鉄道ファンを指す。
今般、女子にも増えている乗り鉄、特別な列車が運行されるたびにあちこちで見かける撮り鉄に比べると、音鉄は少数派。

そんな数少ない音鉄に向けたと思われる“Sound of Toei”にアップされている音は、スマホの着信音用にダウンロードできる。
マニアでなくても、自宅や会社の最寄駅の車内放送や駅アナウンスを着信音用にダウンロードしたいという需要はそれなりにあるだろう。

ところが“Sound of Toei”にアップされているのは、“都バスのニーリング音”や“大江戸線の音声誘導チャイム”といったマニアックなものばかり。通常では録ることが難しい“保線作業音”や“レール研磨音”などもアップされている。
極めつけは、“都電荒川線「7000形走行音」”。都電7000形は吊り掛け駆動式モーターを搭載しており、特徴的なブーンという音がアップされている。この音を聞き分けられるのは、相当なマニアだけだろう。

逆に割と一般的と思われる発車メロディや駅アナウンスは見当たらない。音鉄にとって“Sound of Toei”は夢のようなコンテンツといえるが、幅広く都民が楽しめるとは言い難い。

東京都交通局は「“PROJECT TOEI”は、特にマニアを狙って制作しているわけではありません。
これまでに取り込めなかった新たな層に訴求できるコンテンツとして考えた結果です」と言うが、ここまでマニアックに徹した“PROJECT TOEI”からは、逆に東京都交通局の意気込みを感じてしまう。
だが、残念なことに“PROJECT TOEI”のPVはあまり伸びていない。

“攻め”の姿勢に転じた東京都交通局の挑戦が、実を結ぶのはこれからなのかもしれない。さらなる“攻め”企画で、新たな境地が切り開かれることを期待したい。

NEW ポストセブン(2017.05.20 07:00) 全文はソース先で
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