出産時の痛みを麻酔で和らげる「無痛分娩(ぶんべん)」での死亡や重い障害の事例が相次いで発覚したことを受け、日本産婦人科医会が無痛分娩について初めての提言を出すことが9日、分かった。
無痛分娩を行う場合、合併症などに適切に対応できる体制を整えることを呼びかける方針で、今夏に公表予定の母体安全に関する提言の中に盛り込まれる。

医会は現在、国内での無痛分娩の実施状況を明らかにするため、分娩を取り扱う全国の医療機関を対象に、過去3年間分の無痛分娩の件数や人員配置などを尋ねるアンケートを実施している。
結果を参考にしながら、無痛分娩を提供する医療施設に対し、器具を使って赤ちゃんを引っ張り出す分娩法や、麻酔による合併症などに適切に対応できる体制を整えることを提言する方針だ。

医会はこれまで、出産時の合併症や大量出血の対応、搬送の判断などについて提言を行ってきたが、無痛分娩が国内で普及していなかったことなどから、今回が初めての提言となる。

無痛分娩のニーズは近年、急速に高まっている。高齢出産や働く女性の増加に伴い、疲労やストレスが少なく、産後の回復が早い無痛分娩を選ぶ妊婦が増えているからだ。
日本産科麻酔学会によると、同会員が無痛分娩を実施している施設は平成27年現在、全国に約160カ所ある。

■緊急時は最低3医師必要

無痛分娩をめぐっては、大阪、兵庫、京都の4カ所の医療機関で、妊産婦の死亡など少なくとも5件の重大事例が起きていることが明らかになっている。
「子供が生まれてからの日々を想像し夢を語り合ってきたが、全てが失われた」。神戸市の産婦人科で平成27年に無痛分娩の麻酔を受けた女性と生まれた男児が重い障害を負い、夫(32)は今月5日、厚生労働省などに実態調査を求める要望書を出した。

女性は脳に重い障害を負い、意識を取り戻さないまま今年5月に死亡。男児も意識がないまま入院生活が続く。麻酔投与後、医師は外来診療を行い、女性が呼吸困難に陥ったときには、そばにいなかったという。

米国で約1千例の産科麻酔の経験を持つ大阪大の大瀧千代講師(麻酔集中治療医学)は「海外でかなり普及して安全も確立しているが、日本では体制の整わないまま導入されている。
産科医が分娩全てを行う診療所では、明らかなオーバーワーク状態であり、特に緊急時には産科医と麻酔科医、小児科医と最低でも3人の医師が必要で、産科医一人では危機的状態に陥る」と指摘する。

厚労省研究班の調査によると、日本での無痛分娩は2・6%(19年度)。規模の小さい診療所で実施されることが多く、人員が整った一般病院ではその3分の1でしかない。
一方、米国では全分娩のうち60%(2008年)、フランスでは80%(10年)が無痛分娩をしている。

国内では無痛分娩の手順に関する共通のガイドラインもない。日本で実施が少ない理由は「子供はおなかを痛めて産むもの」といった文化的背景もあるという。
ただ大瀧講師は「体制を整えれば安全に無痛分娩を行うことは十分に可能」と強調している。



無痛分娩 脊髄の周りにある硬膜の外側の隙間に麻酔薬を注入して下半身の痛みを取り、出産の疲れを軽くする分娩方法。
出産時の痛みが和らぐ一方で、出産時間が長引きやすく、赤ちゃんを器具で引っ張り出す処置が必要となったり人工的に陣痛を起こす陣痛促進剤の使用が増えたりする恐れがある。国内での正確な実施件数は分かっていない。

無痛分娩の仕組み
http://www.sankei.com/images/news/170710/lif1707100008-p1.jpg
無痛分娩を巡る主な重大事例
http://www.sankei.com/images/news/170710/lif1707100008-p2.jpg

配信 2017.7.10 06:49更新
産経ニュース
http://www.sankei.com/life/news/170710/lif1707100008-n1.html