★日支事変と「泥沼」:よくある質問★
【問】日支事変というと必ず「泥沼」という枕言葉を付ける人がいるけど本当なの?
【答】事実と違います。支那朝鮮による「戦後プロパガンダ」の1つです。
支那は当時も日本の10倍の人口。その主要都市を占領し
豊富な税収があった。食料、住居、弾薬などは現地でいくらでも
入手できた。支那派遣軍は50万から100万人ほどですが、
金銭的には楽だったはずです。
【問】占領地から税収取れるの?
【答】帝国陸軍は占領した土地で新日的な有力者に統治させるという間接統治を
してきました。税金から日本軍に金をださせる訳です。「戦争で戦争を養う」と言い
ナポレオンもよくこの方法を使っていました。
【問】いくら位?
【答】資料が無いので不明です。ドイツはフランスを1940年から1945年まで占領してきましたが、
「占領経費」の名目で1年で73億マルクをドイツに支払いました。
当時の為替は1マルク=4円。現在の円は当時の100分1位なので現在の価値で約3兆円。
この辺りが基準になっていたでしょう。
【問】結構な額なんだ
【答】シベリア出兵はいくら占領しても税収ゼロ。それと全く違う。
戦争とは敵の資源を奪うこと。それは石油のような天然資源の
場合もあるし、軍をささえる人的資源の場合もあります。
支那は人的資源が豊富にあり、共産支那と違って日本軍は
それを活用することができました。満州の奉天はもとより、
北京、天津、上海、広東、南京といった超大都市があり数億人が
帝国陸軍の支配下ですから、何十年でも戦えたでしょう。
【問】「泥沼」って感じじゃない
【答】「泥沼」でもなければ日支戦争でもありません。
当時の支那は主に3つの勢力で争い有っていました。
しかも日本が押していた南京政府は全土の3分の2を配下にしています。
長期戦になって困るのは米英が押す重慶政府です。
勢力はじり貧。それを突破しようとして日本軍と戦えば敗退。
本当に「泥沼」なのは国民党と共産党でした。
【問】朝日NHK共産党などは「日本軍は点と線しか確保できなかった」なんて言ってるけど
【答】「拠点都市と兵站線を確保していた」つまり作戦上の要所は固めていたということ。
少ない費用で最大の効果を狙った普通の占領方針だと思います。
【問】いつもの「宣伝」の1つなんだ
【答】朝日NHK共産党といった支那の飼い犬が繰り返しいうことには「宣伝」「洗脳」の意図が
必ずあります。特に連中は「残虐」だの「泥沼」だの自分達が周囲から言われていたことを
他人に言います。連中が繰り返すことは一度「本当だろうか?」疑ってみる。
私達日本国民には必要なお作法です。