『人類が消えた世界』  アラン・ワイズマン
毎年3月、マンハッタンでは気温は摂氏0度前後を40回ぐらい行ったり来たりするのが普通だ。
すると凍結と融解が繰り返され、アスファルトやコンクリートにひびが入る。
雪が解けると、出来たばかりの割れ目に水がしみ込む。その水が凍って膨張すると割れ目が広がる。
舗装道路にひびが入ると、カラシオ、シロツメクサ、ヤエムグラといった雑草が新しい割れ目に沿って繁茂し、さらに割れ目を広げる。
現在の世界では、手遅れになる前に市の保全係が現れて、雑草を引き抜き、亀裂を埋める。
だが、人のいなくなった世界では、ニューヨークを絶えず修繕してくれる者は残っていない。

ニューヨークの橋が落下しはじめるのは、それほど先のことではない。
凍結-融解のドラマが金属でも起こるからだ。
金属は温まると膨張するため、夏になると鉄橋が伸びても大丈夫なように、膨張目地が設けてある。
冬に鉄橋が縮むと、膨張目地内のスペースが広がり、風で飛んできたいろいろなものが入り込む。
こうなると、気温が上がったときに橋が膨張する余裕が減ってしまう。
橋を塗装する人間もいないため、膨張目地にはゴミだけでなくさびも詰まる。
「何度か季節がめぐると、ボルトがねじ切れることもあります。最終的に、橋桁は少しずつ動いてはずれ、落ちてしまうのです」

2、300年たち廃墟となったニューヨークの高層ビル群には、わたしたちの世界に順応していた生物はほとんど見当たらない。
無敵に思える熱帯産のゴキブリは、暖房が切れたアパートでずいぶん前に凍りついてしまった。
生ゴミが出ないので、ネズミは餓死したり、超高層ビルに巣をつくった猛禽の餌食となったりした。
とっくの昔に、野生の肉食動物が飼い犬の最後の子孫を片付けていたが、
野生化した狡猾な飼い猫は生き残り、ホシムクドリを餌にしている。