自由の国アメリカで起こった「赤狩り」


◆ハリウッドを襲った共産主義者狩り


1.
1991年ソ連の解体により冷戦は終結したが、この半世紀近くにわたる
米ソの対立は朝鮮戦争、東西ベルリンの分断、そしてベトナム戦争など、
世界のさまざまな地域に影響をおよぼした。
そして、1940年後半から50年代前半のアメリカでは、
ヒステリックなまでの反共運動が展開された。

大規模な共産主義者の摘発……
すなわち『赤狩り』だ。
この赤狩りによって、政界、教育界、さらには
映画界からも有能な人材が多く失われることに
なったのである。


1947年、赤狩りの矛先はハリウッドに向けられた。
それまでも映画産業には共産主義者が入り込んでいると
厳しく非難していた非米活動委員会が、10人の脚本家や監督を
召喚したのである。

のちに「ハリウッド・テン」と呼ばれる彼らは、言論と集会の
自由をうたったアメリカ合衆国憲法修正第1条を盾に証言を拒否。
その結果、議会侮辱罪で半年から1年の実刑判決が下された。

もちろんこれで終わりのはずがなく、ハリウッドでの
赤狩りはさらに続く。
こうした弾圧に対して抗議する声もあったものの、世間の
疑いを晴らすために自分たちの手で「ブラックリスト」を
作成することが決定された。

共産主義者を差し出すことで生き残ろうとしたのである。
こうして ”ハリウッドを追われた者は、300人を下らないといわれている。”