米国は1984〜2003年の約20年にわたり、脱退したこともある。
原因は1970年代のムボウ事務局長(セネガル)体制下でのユネスコの政治化や放漫経営、
縁故人事の蔓延(まんえん)だったとされる。英国も米国に追随し、85年に脱退(97年に復帰)。
日本や西ドイツ(当時)なども脱退を検討した。

米国の復帰のきっかけは、99年に事務局長に就任した松浦晃一郎元駐仏大使による事業計画の見直しなどの改革の実現が大きかった。
だが、後任のボコバ事務局長(ブルガリア)になってから、「松浦氏が行った改革の精神が引き継がれているのか」(日本政府関係者)
と懸念する声もある。米国などもパレスチナ問題などを例に挙げ、目的以外の案件に焦点を当て政治利用しているなどと批判している。

ユネスコの主要幹部ポストには中国人と韓国人がいるが、日本人は現在、ゼロだ。
また、記憶遺産事業では、中韓はアジア太平洋地域委員会のレベルで活発に活動しているのに対し、日本の存在は確認できない。