父:望月輝一 母:望月アン
父は東大法学部卒業後、アメリカに留学してMBAを取得。在米中に知り合った
アンさんと結婚し、帰国。八幡製鉄(現新日鉄住金)に入社。
父親の仕事の関係で、5歳で渡米し、以後、中学時代に1年間だけ日本で過ごした
他はアメリカで教育を受ける。
16歳でプリンストン大学に入学した直後から,同級生や教授の間で天才として有名で
数学のファルティングス(数論、フィールズ賞),物理のウイッテン(超弦理論、フィールズ賞)
といった人類を代表する天才から直接、指導を受ける。最終的にファルティングスを
指導教官に選び博士号を取得する。
卒業前に、日本で就職したいと数理研に手紙を書いた。日本では無名であったが、
調べると、とんでもない逸材とわかり採用される。
以後、数理研の学部生相手に授業をしないで良い環境と若手には学部運営の雑用
をやらせないという環境の下で、研究を続け、今回の快挙となった。