EC(電子商取引)の拡大やAI(人口知能)の進出で、「消費のかたち」はこれまでにない変化を見せているが、果たして「未来の買い物」とはどんなものになるのか。販売のプロである前三越伊勢丹ホールディングス社長の大西洋氏がその新しい可能性を探る連続対談。

来たるべき新消費社会にどう対処すべきか、各界の専門家たちとの対話から、明るい未来を照射する。

初回のゲストは上智大学名誉教授の黒川由紀子さん。老年心理学の専門家で、「回想法」という人生を振り返り思い出を聴くことで認知症の治療にあたるメソッドを実践している。高齢者の心理には詳しく、企業からも「シニア層への適切な対応法を知りたい」と相談がひきもきらない。

黒川さんとの対話から見えてきたのは、パーソン to パーソンで生み出される消費者と販売側の理想的な関係だ。

大西:このところ強く感じているのは、百貨店の販売員に求められるものが少しずつ変わってきているということです。少子高齢化で市場が縮小するなかで、シニア層に向けたロイヤリティをどう生み出していくのか。お客様の潜在意識に訴える方法を心理学の視点から学ぼうと、百貨店時代に黒川さんをお招きしたことがありました。

黒川:そのときにお話ししたのは、たしか高齢者の方が抱えている心身の変化についてでしたね。

例えば買い物をしていると、会計のときにお札ばかりを出してしまうため、財布がお釣りの小銭で膨らんでしまっている高齢者の方をよく見かけます。実はあれは手先の巧緻性の低下、小銭を見分けにくくなる視覚認知能力の低下、後ろで待っている列を気になさるなど複数の原因で、目や手先の処理能力が衰えたり、焦りなどの心理的不安から、小銭を出すのがたいへんになっているのです。そういったお客様の状況を店頭で把握する必要があるとお話したと思います。

大西:その話は大変参考になりました。どこまで相手の立場を考えるかが重要だと思っています。もちろん販売員は常にお客様のニーズに応える努力をしています。しかしこの場合、サインが直接的に見える顕在的なニーズではなく、潜在的なニーズを捉えなければならない。高齢者には小銭が出すのが苦手な方もいらっしゃるとあらかじめわかっていれば、「ゆっくりでいいですよ」とお声がけもできます。ここまで販売員が応えられるかどうかが分かれ目になりますね。

黒川:さまざまな企業で講演をさせて頂いておりますが、多くの企業が高齢者対策の専門チームをつくり課題意識を強く持っていますね。とはいえ、まだまだ高齢者の心理や潜在的ニーズを捉えることはできていないような気がします。メディアなどでは「キレる老人」というのがたびたび取り上げられますが、高齢者の方たちが何故そうした行動をとるのか、その背景が検討されていることは滅多にありません。

大西:まだまだ企業側の努力が足りないのだと思います。それと同時に一人一人の気持ちの持たせ方もあると思います

黒川:「キレる老人」の背景に、孤独や不安といった高齢者の方の気持ちをみて取るべきではないでしょうか。

例えば、お菓子屋さんでカステラを買おうとした高齢者の方が、店員の「おひとつでよろしいでしょうか?」という言葉にひどく怒ったとします。実はこの高齢者の方は、かつては仕事でカステラをこの店で100個近く注文していたのに、いまは1個しか買わないことを寂しく思っている。それで「おひとつ」という言葉に、思わず「貧乏人だと思ったのか!」とキレてしまう。こうした高齢者の方たちの背景にまで思いを巡らす想像力が求められているのです。
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