はじめに断っておくと、英国最大の映画祭で英国映画協会が主催する「ロンドン映画祭」ではない。
インディーズ映画の支援などを目的に2007年に始まった映画祭である。
その長編ドキュメンタリー部門の作品賞、監督賞、編集賞の3部門にノミネートされ、最優秀監督賞に輝いた。

「映画祭の主催者は『捕鯨に賛成するわけではない』とも言っていましたけど、作品が中立で情熱的、
そして映画として素晴らしいという評価をいただきました。反捕鯨中心国の英国で評価してもらえたことには、大きな意味があると思うんです」
 とは、ロンドンから帰国したばかりの八木景子監督(50)である。

 撮影は2014年にスタート。映画など撮ったこともなかった。手持ちカメラを手に、たった一人で和歌山県太地町に4カ月滞在し、撮影を続けた。
この頃の私の思いは単純なもので、給食で食べた大好きな鯨の竜田揚げがもう食べられなくなるのでは、という危機感からでしたが、
調べて行くうちに矛盾だらけに憤りが募っていき、止まらなくなりました」

 八木監督は太地町で、反捕鯨団体「シーシェパード」の強行的な運動を目の当たりにする。
漁師を「キラー」と称して嫌がらせをし、無理やり撮影して動画をネットにアップしていた。

「映像の借りは映像で返す! という思いになっていきました。いまになって見直しても、よくあれだけの濃厚な取材をしたなと思います。
『ザ・コーヴ』の監督や主演などにもインタビューできましたしね。気がつくと素材は150時間分にもなってしまって編集するのが大変でした」

 映像には映像で、アカデミー賞にはアカデミー賞で、とも考えた。それを実行に移したのは16年のこと。
だが、アカデミー賞のノミネートまでにはハードルが高かった。

「1週間以上の劇場公開に加え、LAタイムズや、NYタイムズに批評が掲載されないとエントリー資格が得られないし、お金もない。
集まらなかったら恥ずかしいという気持ちを捨てクラウドファンドで出資をお願いしたら、鯨を応援したいという方々から必要な経費1100万円が集まった。
米国で公開でき、無事、アカデミー賞の対象作品の土台に乗り、目標だったアカデミー賞選考委員に(「ザ・コーヴ」後の太地町の被害を)見せつけることに成功しました」

 アカデミー賞では受賞には至らなかったが、監督の挑戦は続いた。

昨年(17年)8月25日から、映画はNetflixを通じて23カ国語版が海外189カ国に配信されるようになった。日本映画としては非常に珍しいケースだ。
配信3日後には、シーシェパードの創立者ポール・ワトソンは、日本の調査捕鯨への攻撃を一時中止すると表明した。

さらに太地町へ人員を送ることも難航し中止を表明した。そこに今回は、反捕鯨デモの最大拠点ともいえる英国の映画祭での受賞も加わったのだ。

「2月15日に上映され、17日に授賞式だったのですが、その間の16日は、ちょうどロンドンで捕鯨反対のデモが行われていました。
いつもバレンタインデーの前後にデモを行っているらしいのですが、滞在中の16日のデモを実際に見ることができたのは、全くの偶然でしたが、
そんな土地柄で受賞できたことに価値を感じますね」