2018/4/7 12:16
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO29124900X00C18A4EA2000/
【シカゴ=河浪武史】米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は6日、就任後初めての講演で「段階的な利上げが最善だ」と述べ、イエレン前議長の緩やかな金融引き締め路線を踏襲する考えを強調した。ただ、新体制が抱える2つの苦悩も浮かび上がった。説明に長い時間を割いた「生産性論争」と、慎重に言葉を選んだ「貿易戦争」がそれだ。
「物価は今後数カ月で上向く。さらなる利上げが最善だ」。パウエル氏は米シカゴでの講演で、前体制の引き締め路線を維持すると表明し、無難に政策説明をまとめてみせた。弁護士出身で実務家として名高いパウエル氏は、講演でその率直な思いも吐露してみせた。
「関税は物価を上昇させる。ただ、何が起きて何が起きないか、言及するのは時期尚早だ」。講演後の質疑応答で真っ先に問われたのは、トランプ米政権が仕掛ける中国との貿易戦争だ。ロス商務長官ら政権高官は「関税引き上げによる物価への圧力は極めて小さい」と沈静化に努めるが、パウエル氏は素直にそのリスクを認めた。
パウエル氏は2月の米議会証言で「年3回の利上げシナリオを提示した昨年12月に比べ、景気見通しは強まっている」と述べ、利上げペースを加速する可能性を示唆している。今回の講演ではそうした強気発言はなく、中立的な姿勢にとどめた。
利上げ加速論の背景にあるのは10年で1.5兆ドル(約160兆円)というトランプ政権の大型減税だ。一方、トランプ氏は、合計1500億ドルの中国製品に関税を課す対中制裁案を米通商代表部(USTR)に指示。関税引き上げは米国の消費者や企業への実質増税となり、減税効果を帳消しにしかねない。
「長期的な視点でみると、労働生産性の伸びは第2次世界大戦以降で最も低い」。パウエル氏は講演で、生産性の分析に最も時間を割いた。同氏とイエレン前議長との最大の違いは、この生産性へのこだわりだ。
米経済は完全雇用状態にあるにもかかわらず、インフレ圧力が高まらない。労働市場研究が専門のイエレン氏は「就業環境にはまだ緩みがある」と米雇用に低インフレの要因を求めた。一方でパウエル新議長は「生産性の低さが問題だ」と指摘。生産性の伸び悩みが賃金の停滞に直結し、それが低インフレにつながっていると分析する。
パウエル氏は6日の講演で、労働生産性の低下の理由を図表を使って詳細に説明し、企業投資の低迷と技術革新の停滞を指摘してみせた。米議会予算局(CBO)の試算によると、足元の生産性の伸びは年1.3%。金融危機後、企業投資が落ち込んで、生産性の伸びは1990年代の2%から大きく減速している。
パウエル氏は講演後、シカゴ市内にあるベンチャー企業の集積拠点に出向き、3Dプリンターなどの最新技術を見て回った。FRB議長が表立った生産現場に出向くのは、極めて例が少ない。エコノミストではないFRB議長の誕生は約40年ぶり。ここにもパウエル氏の実務家としてのこだわりがある。
もっとも、低生産性と貿易戦争の最大の問題は、FRBの金融政策では解決できないことだ。パウエル氏にできる最大の責務は「イエスマン」で政権を固めるトランプ氏に、ゆがみのない経済政策運営を助言していくことだろう。