企業が新入社員を迎えるシーズンです。新入社員ら若い世代の長期的な資産形成に向け、金融庁は「職場つみたてNISA(少額投資非課税制度)」の普及を進める旗を振ってきました。この制度は普及に向けて動き出しているのでしょうか。金融ジャーナリストの浪川攻さんが報告します。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇金融界の幹部がそろった会合で

 新人社員研修など、若手社員に企業の福利厚生が紹介されるような場で、「職場つみたてNISA」が紹介されているといった話がいっこうに聞かれない。なぜなのだろうか。

 その謎を解く出来事が「つみたてNISA推進・ハイレベル協議会」という長い名前のついた会議の場で繰り広げられた。会議が開かれたのは3月14日。東京都内の会議室である。

 会議には、メガバンク3グループ、大手証券、ゆうちょ銀行、千葉銀行、栃木銀行の役員が出席した。金融庁からも、つみたてNISAを担当する総務企画局の幹部たちがズラリと顔をそろえた。

 千葉銀行はいま、全国地方銀行協会の会長行であり、栃木銀行は第二地方銀行協会の会長行だ。つまり、銀行界、証券界の幹部がオールジャパンでそろったというわけだ。この構図から見て、つみたてNISAの普及に向けた金融庁の強い意志が感じられる。

 ◇会議の場が凍り付くようなひと言

 「職場つみたてNISA」は、企業がこの制度をどれだけ採用するかで普及のスピードが決まる。企業が制度を採用するかどうかは、「職場つみたてNISA」を商品として提供する銀行や証券会社の積極的な営業努力がカギになる。

 この日の「ハイレベル協議会」では、参加した金融機関から、「つみたてNISA」の営業面での取り組みに関する報告が次々となされた。ところが、あるメガバンクの報告の際に、金融庁の一人から、会議室が凍り付くような発言が飛び出したのである。

 「取り組んでいるのか、それとも、取り組んでいないのか、どちらなのか、はっきりしてほしい」

 このメガバンクは「積極的に取り組んでいる」と受け取れる資料をこの日の会議に提出していた。ところが、会議の1カ月前に金融庁内で開かれた「つみたてNISA」に関するイベントの際に、金融庁幹部に対して自行の名前を公表することに慎重な発言をしていた。その理由が「当行は、つみたてNISAを積極的にやっていないから」だったのだ。

 ◇ビジネス上のうまみが乏しい「つみたてNISA」

 金融庁は、つみたてNISAの普及を通じて、若手世代の資産形成を促す考えである。その一方で、つみたてNISAは販売手数料や信託報酬などの面でビジネス上のうまみが乏しく、営業現場に積極的な取り組みを働きかけにくいというのが金融業界のホンネとしてある。実際、一部の証券会社を除けば、積極営業をしている話をきかない。

 そうであれば、会議の場において、営利企業としては取り扱いにくいという状況報告をし、「積極的に取り組みたいが、そのためにも制度の改善が必要だ」という前向きで建設的な議論をすればよい。ところがそれは、「監督官庁には言いにくい話」ということになる。その結果、まるっきり形式的な横並びの会議になってしまったのだ。

 「積極的にやっています」という建て前の裏側で、「やっていない」という実態が続けば、若者世代の資産形成が置き去りにされる。取扱金融機関がこの状況では、「職場つみたてNISA」の一般企業への浸透はなかなか期待できそうもない。

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