(続き)
■アラブの春 バッドエンドになったリビア、カダフィ大佐 

北朝鮮と同じように経済制裁が行われ結果的に核放棄、そして放棄完了後に経済制裁解除、アメリカと国交正常化に至ったリビア方式はどのようなものだったのでしょうか。

リビアは2003年10月に遠心分離機装置を積載していたリビア向け貨物船が見つかったことでアメリカ、そしてイギリスの制裁が発動しました。その後リビアは03年末の段階という極めて速い段階で核兵器開発計画を放棄。

IAEAの視察を受け入れさらにアメリカとイギリスによる徹底的な核兵器除去が行われ、リビアにあった核兵器製造に関連する機材が全てアメリカに輸送されました。

またリビア方式では核兵器に合わせ弾道ミサイルも放棄されています。

リビア方式に関しては同じく反米の立場をとっていたカダフィー大佐は北朝鮮に対し「査察に開放的であるべきだ。

自らの国民に悲劇が降りかかるのを防ぐためにも北朝鮮は我々を見習うべきだ」と核兵器を放棄するように促していた過去があります。

しかし、北朝鮮は「帝国主義者の威嚇・恐喝に負けて、戦う前にそれまで築いてきた国防力を自分の手で破壊し、放棄する国がある。
恥知らずにも、他の国に対して『模範』に見習えと、勧告までしている」などと主張し以降、交流などは途絶えたとしています。

そして、アラブの春という民主化運動がリビアの隣国チェニジアで始まります。その波を受けたリビアでも受け独裁政権打倒として国民が立ち上がり、2011年3月リビア内戦により反政府勢力に殺害されました。

つまり北朝鮮はリビアが核兵器を手放したことで結果的に政権が崩壊しカダフィ大佐は殺害されたと考えており、2016年に4度目の核実験を行った後、
朝鮮中央通信は「制度転覆を企図する米国と西側の圧力に屈し、あちこち引きずられ核開発の土台を完全に潰され、自ら核を放棄したため破滅の運命を避けることができなかった」とも伝えています。

過去の発言などからみても北朝鮮としてはこのようなリビアの方式の核放棄は絶対に受け入れないどころか「朝鮮半島の非核化」としながらも、
自らは核兵器を手放さないという態度を見せており、アメリカが完全なリビア方式にる核放棄を要求を突きつけた場合は交渉が決裂する可能性があります。

また「時間稼ぎ」「核兵器の放棄が不可能」とアメリカ側が判断した場合であっても『交渉の決裂=軍事攻撃』という考えも
既に示されており、カダフィ大佐と理由・原因は異なるものの金正恩氏が辿るであろうルートはどちらであっても『死』という方向に進んでいく可能性も考えられます。