―― 2002年9月17日には小泉総理が訪朝して平壌宣言に署名しました。これはどう評価していますか。

石井 小泉訪朝には裏話があるはずです。小泉一行は平壌に到着後、北朝鮮側から予期に反して「拉致被害者13人の
うち、5名は生存しているが、8名は死亡している」と通告されました。しかし、日本側は事前に「拉致被害者13人は生きて
いて、全員返す」というメッセージを受けとっていたはずです。小泉は拉致被害者13人を奪還できると思って平壌まで
行ったが、土壇場で「8名死亡」を告げられ、茫然自失したのではないか。

 その後、日本側は北の用意していた昼食をキャンセルしましたが、それは「騙された」「話が違う」という不満の表れで
しょう。それならば、その場で机を蹴飛ばして帰国すればよかったのです。

 この時、金正日は日朝首脳会談を機に拉致を国家犯罪として認め、主席の立場で正式に謝罪したのです。その上で
小泉と金正日は平壌宣言に署名しました。つまり、拉致被害者に関する北朝鮮の説明は、両首脳の間で「事実」として
決着したということです。この事実はトップの間で確認されているので非常に重いものであり、拉致問題はこの時点で
終わったということです。

 日本側も不本意ながらこれを認めました。現に小泉訪朝の当日に、東京では福田官房長官が外務省飯倉公館に
拉致被害者の家族全員を招集して、北朝鮮側の説明を伝達しました。国際社会から客観的に見た場合、「両首脳の
合意によって事実を確認した上で拉致問題は決着した」ということになります。

 とはいえ、これは日本人には受け入れがたい結果です。そのため、小泉訪朝後に国内世論は激高しました。また
アメリカは日本の独自外交を快く思っていなかった。その結果、日本はその後に平壌宣言を無視し、国交正常化交渉を
進めることができなくなったわけです。

 金日成と金正日は親子2代にわたって日朝国交正常化を求めました。金丸信と小泉純一郎はその要求に理解を
示したものの、最終的に国内・国際情勢に抗しきれず約束を守ることができませんでした。日朝国交正常化交渉に
おいて約束を破っているのは、北朝鮮ではなく日本だということです。……