吉本隆明
「鴎外と漱石だけは、どんなに「好きでない」とか、「どうも自分には向かない」
とかいうことを誰が言っても、「それはおまえのほうが間違いだ」ってすぐに言えますね。
「おまえの読み方が足りないんだ」って言えちゃいます。
そういう意味合いでいえば、やっぱり鴎外、漱石が圧倒的にすごい。
その二人だけでもう満腹だってなりますね。」

「この二人の作品を、一語、一句、はしょったりしないで読んでみれば、
間違いなく骨の髄までちゃんとはいってきます。
鴎外と漱石をちゃんと読んだら、もうこれ以上自分の生きる力になる日本文学はないと、断言できる。それが文学の真髄なんです。
鴎外だったら『雁』がいいと思います。漱石はもっとたくさん、やさしい意味でこれはいいって作品があります。」

「漱石や鴎外を読んで、これは物足りんとか失望するっていうんだったら、
それはあなたのほうがだめ、あなたのほうが自分に失望したほうがい(笑)。
それくらい隔絶して二人は優秀ですよ。」


「作品の素材が今と全然合わないとか、もっと極端に言えば、
「何だ、ちっとも女の子のことが出てこないじゃないか」と言われても、いいものはいい。」

「鴎外の『雁』でもいいし、『阿部一族』でもいいんだけど、
鴎外と漱石の代表的な作品を一生懸命読んで、
もう自分では極限だと思えるまで読んで出てくる感想っていうのは、どんな主題だったかとか、
どんな書き方だったとか、どんな暗い小説だとか、どんな明るい小説だとか、
そういうことは全部飛んでしまう、捨象されてしまう。捨象されてしまって、
いい作品は同じような感銘の全体性が残るんじゃないでしょうか。」