再生医療技術を用いた薄毛治療の実用化が着実に近づいている。研究開発に注力するのは理化学研究所と京セラ、東京のベンチャー企業。頭頂部などの髪が薄くなる男性型脱毛症患者は、国内で約1800万人に上るためマーケットも大きく、三井物産と伊藤忠商事がベンチャーへの出資に乗り出した。着想から14年、曲折を経て加速する研究開発の現場を取材した。

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 目の前の京セラ名誉会長稲盛和夫(86)は、世界初となる事業への協力要請を黙って聞いていた。

 2015年10月、京都市伏見区の京セラ本社。理化学研究所生命機能科学研究センター(神戸市中央区)の辻孝(56)は、再生医療技術を用いた薄毛治療について、“経営の神様”に熱弁を振るった。

 「次世代の臓器再生のモデルとなり得る。市場性が高く産業化も見込めます」

 研究を早く実用化するにはメーカーなど企業の協力が欠かせない。高度な技術を持ち、医療分野にも進出している京セラに接触する機会をうかがっていた。稲盛と旧知の間柄だった元京大総長の理研理事長松本紘(75)に頼み込み、この日、面会にこぎ着けた。

 数カ月後。辻のもとに、朗報が届いた。

 16年4月、理研と京セラ、神戸・ポートアイランドに拠点を置き事業化に向けた開発を担うベンチャー、オーガンテクノロジーズ(東京)の3社が協定を締結。新治療の研究開発が本格始動した。

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 髪の毛をつくる「毛包」は、ヒトの器官で唯一、胎児期以降も再生を繰り返す。辻が着目したのは、東京理科大助教授だった14年前。患者の命にかかわる肝臓や腎臓などの器官再生は、実用化まで時間も経費もかかる。国内の男性型脱毛症関連のヘアケア市場は約4500億円。マーケットとしても魅力があった。

 辻をリーダーとする研究チームは12年、毛包の2種の幹細胞を合着させたタネをマウスに移植し、毛を生やせることを実証。14年に理研に移り、今年初めにヒトの後頭部の皮膚の細胞を培養し、20日間で毛包を100倍に増やすことに成功した。10個の毛包から千本の増毛が可能になる計算だ。

 残る課題は、毛包を量産するための工程の機械化。自動培養装置の開発が、京セラにゆだねられた。

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 京セラメディカル開発センター所長吉田真(61)は「ミクロン単位の高度な加工で精密部品を製造してきた。その技術は再生医療にも生かせると考えていた」と振り返る。だが、同社がこれまで医療分野の製造で手掛けたのは、人工関節など「硬い構造物」ばかり。力の加減が強すぎて細胞が壊れるなど、苦労が続いた。特許が絡むため詳細は語らないが、2年がかりで自動化を実現させた。

 今年6月、理研などは安全性確認のため、マウスに移植する実験を開始すると発表。ほどなくオーガン社が、三井物産と伊藤忠商事などから計5億9千万円の出資を受けた。チームはヒトを対象にした臨床研究を来年にも始め、20年以降の実用化を目指す。

 「再生医療の発展をけん引する意味でも必ず成功させる」。オーガン社代表杉村泰宏(40)は語気を強めた。



神戸新聞NEXT 2018.10.08
https://www.kobe-np.co.jp/news/keizai/201810/0011711986.shtml