>>380
この人の論理は
「アスリートになりたい人」のために用意されている論理だ。
選抜されたアスリートには強化費も出るが、選抜以前には持ち出しもスゴい。
それが生き甲斐の人にしてみれば、そんなの屁の河童と言うかも知れないが。
無い袖は振れない人もたくさんいるし、袖を振り続けてはみたものの全くモノにならない人もたくさんいる。
ある意味、殺伐としている。
もう国際的に巨大なスペクタクルで妙な幻想を維持する時代は終わりを告げつつある。
19世紀的思考なんだよ、オリンピックって。
未だに新自由主義者の一部が夢見ている帝国主義のバリエーション。

これから生き残るのは、
商業的にも成立し得る「一種目一イベント」(サッカーや野球やマラソンとかな)
その一方で
主催者もみんな手弁当の牧歌的生き甲斐運動
一見格差は激しいが、後者ならオレも参加してもいい。