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単独での南極点到達目指す 東京の冒険家が日本出発
2018年11月9日 18時20分

東京・板橋区の冒険家の男性が単独での南極点到達を目指して、9日、成田空港を出発しました。


出発したのは東京・板橋区の冒険家、阿部雅龍さん(35)です。

これまで、北極圏を3回にわたって訪れ、合わせて2000キロを歩くなど冒険を重ねてきましたが、今回は、日本人はまだ誰も踏破していないという900キロのルートを1人で歩き南極点を目指します。

阿部さんは9日午後、装備品やそりと一緒に成田空港に到着しました。空港にはそりの製作に携わった地元・板橋の工場の社員や支援者など15人が見送りに訪れ「気をつけて」などと声をかけると、阿部さんは「無理をせずに頑張ります」と笑顔で応じていました。

そりを製作した町工場の鈴木敏文社長は「今回のそりは阿部さんが南極で使い、日本に帰ってきて初めて完成すると思っているので、まずは無事を祈っています」と話していました。

阿部さんは「今は不思議と落ち着いた気分です。多くの人から頂いた多くの支援と期待に応えられるよう必ず南極点に到達し、日本に帰ってきます」と話していました。

阿部さんが所属する事務所によりますと、単独、無補給で南極点への到達に成功すれば、ことし1月に成功した荻田泰永さんに続いて日本人では2人目になるということです。

人力車引いて鍛えた体で南極点目指す

阿部雅龍さんは秋田県出身の35歳の冒険家です。大学時代に一人で南アメリカを自転車で縦断し、冒険家としての道を歩み始めました。

ふだんは東京浅草で人力車を引く仕事をしながら体を鍛え、これまでに北極圏を3回にわたって訪れ、合わせて2000キロを歩いたり、アマゾン川を自作のいかだで下るなど、世界各地でさまざまな挑戦を続けてきました。

南極への挑戦は今回が初めてで、これまで日本人は誰も踏破していないという900キロのルートを単独で歩行し、南極点を目指します。

今回の挑戦の先にあるのは、同じ秋田県出身で明治時代に日本人で初めて南極大陸を探索した白瀬矗が果たせなかったルートでの南極点到達です。

阿部さんは9日、日本を出発し、1週間ほどチリに滞在して食料などを調達したあと、今月18日に南極に渡り、40日から50日ほどかけて南極点を目指します。

出発前日も念入りに準備

南極点到達を目指す阿部雅龍さんは、出発前日の8日もトレーニングに汗を流すなど念入りに準備を進めてきました。

8日は東京・板橋区の荒川の河川敷で出発前の最後のトレーニングを行いました。南極では食料など、100キロ以上の荷物を積んだそりをひくため、2か月ほど前からは、重さおよそ10キロのタイヤにロープをつけ、週に5日はそりを引くようにして1時間、走ったり早歩きしたりして、念入りに調整してきました。

南極で使うそりは地元・板橋や新潟県の町工場など10以上の会社が協力して今回の挑戦のために製作しました。

全長はおよそ2メートル。繊維強化プラスチック製で軽さと強度を兼ね備えています。このそりに氷や雪をとかして水にするガソリンコンロや、氷点下30度の地面を歩くための分厚い靴、それに油を混ぜた高カロリーのチョコレートなど荷物を次々と詰め込んでいきました。

資金集めに協力した人たちの名前を書いた旗も荷物に入れ、精神的な支えにするということです。

阿部さんは「いまはわくわくしています。いろんな人の支援があってこの日を迎えられるので目標を達成して期待に応えたい」と話していました。

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