谷崎潤一郎「阪神見聞録」(文藝春秋・大正14年10月号)

大阪の人は電車の中で、平気で子供に小便をさせる人種である。

…と、こう言ったら東京人は驚くだろうが、これは嘘でも何でもない。
事実私はそういう光景を二度も見ている。もっとも市内電車ではなく、二度とも阪急電車であったが、
この阪急が大阪附近の電車の中で一番客種がいいというに至っては、更に吃驚せざるを得ない。

二度目の時もやはり満員の電車だったと覚えているが、それも女親が幼い子供に、小便でなく糞をさせていた。
念入りにも車台の床へ新聞紙を敷き、その上へさせてしまってから、今度は新聞紙を手で摘まみ上げ、
お客の鼻先へ高々と翳して、雑踏の間を辛うじて分けながら、窓の外へ捨てるのである。
甚だ尾篭なお話で、東京人には恐縮であるが、こちらの人はこんな事を何とも思っていないらしい。