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九州説は魏志倭人伝の重要な記述、邪馬台国固有の記述にことごとく不一致

・邪馬台国が倭国の盟主の国
・30ヶ国の連合
・邪馬台国7万戸、投馬国5万戸
・水行二十日、水行十日陸行一月
・卑弥呼の墓が径百余歩
・卑弥呼の宮城に1000人の従者が仕える
・一大率が刺史のごとく
・倭国の産物に丹がある

ついでに言うと、倭人伝にある南国風の気候風土は九州では不一致だからな
不一致を一致だと強弁するのは不可

中国鏡は帯方郡経由でないと入手できない
九州勢がその中国鏡を入手できなかったのは、帯方郡から相手にされていなかった状況を示唆する

ここまで魏志倭人伝を無視しまくって、九州説を主張するのは理解不能