https://toyokeizai.net/articles/-/254447

不摂生や医療の拒否、部屋のごみ屋敷化などによって、自らの健康状態を脅かす、セルフ・ネグレクト(自己放任)。
孤独死とも密接な関係にあるこのセルフ・ネグレクトが、近年大きな社会問題となっている。緩慢な自殺と呼ばれる
セルフ・ネグレクトの最前線を追った。

「ああ、このお部屋は、セルフ・ネグレクトですね」

全国に展開している大手特殊清掃会社の特殊清掃人の女性は、部屋に入るなり、厳重な防毒マスク越しに私にそう教えてくれた。
スースーという呼吸の音だけが、家主を失った部屋に響く。

築30年は下らない老朽化したアパートの、いわゆるゴミ屋敷のような6畳一間の部屋。そこで50代の男性は、脱ぎ捨てたおむつや、
段ボール箱、散乱するコンビニのお菓子の空袋に埋もれるようにして亡くなっていた。

特殊清掃現場のほとんどがセルフ・ネグレクト

私が初めて取材で入った特殊清掃の現場は、このセルフ・ネグレクトの男性の部屋だった。妻子との離婚後、
男性は1人で生活していたらしい。ほこりを被った段ボール箱からは、ありし日の妻子と写った写真が出てきた。

畳の上には、ベッチャリとした繊維質の黒い塊があって、それが頭皮ごと剥がれ落ちた髪の束であることにすぐ気づいた。
当然遺体本体はそこにはないが、警察が遺していった、男性の「落とし物」に、思わずぞくりとさせられた。

セルフ・ネグレクト――。一般的には聞きなれない言葉かもしれないが、特殊清掃の世界ではまるで日常用語のように使用されている。
拙著『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』でも詳しく追っているが、彼らが請け負う案件の傾向をみているとその理由がよくわかる。
そのぐらい、セルフ・ネグレクトと孤独死とは切っても切れないつながりがある。

関東地方に住む民生委員の徳山さん(仮名)も、セルフ・ネグレクトと言われる人に接してきている。
また、セルフ・ネグレクト状態から孤独死で亡くなった人を何人も見てきたのだという。

徳山さんはおっとりとした60歳の女性で、子どもたちがお世話になった地域の役に立ちたいと思うようになり、民生委員となった。

「近所の人が『あそこのお家、ちょっとおかしいのよね。最近見かけないのよね』ということがあると、『行ってみてくれない?』と言われて
最初に見に行くのが、民生委員なんです。それで実際に孤独死された方を見つけた民生委員もいますよ。私も、訪問するなどして
関わっていた方が孤独死で亡くなられることがありました」

徳山さんはその現状について語った。

徳山さんによると、見守りといっても、基本的にほとんどの世帯は1年に1度。そのような頻度だと民生委員が訪問している家だとしても、
孤独死が発生しても何らおかしくない。現に徳山さんが見守りに関わった高齢者のうち3人が孤独死している。

徳山さんが遭遇した孤独死のうち、1人は80代の単身でゴミ屋敷に暮らす、おばあさんだった。そこは前々から、近所で有名なゴミ屋敷であった。
前日に、おばあさんが家で倒れているところを近所の人が見つけて救急車を呼んだ。しかし、救急車に乗ることは絶対に嫌だと拒否したのだという。

「『私はここで死んでもかまわない』『人に迷惑かけたくない』って言うんですよ。しっかりしたおばあちゃんで、普段は買い物も自分で行ってたみたいなんです。
でも、夏の暑い時に熱中症か何かで倒れてて、救急車を呼んだんですけど、乗らなかった。

その数日後に、孤独死してたんです。クーラーがなくて、窓を開けて、お風呂もないおうちだったんですよ。
心配して近所の方が訪ねていくとダニだらけだったみたいで。それでも最後まで、絶対人さまには頼りたくないって言ってましたね」

セルフ・ネグレクトの特徴として、ゴミ屋敷だけでなく、必要な医療やケアを拒否するケースが多い。ニッセイ基礎研究所が
地域包括支援センターへ行ったアンケートによれば、「孤立死(孤独死)」事例の約5割に医療や福祉の拒否が見られた。

ニッセイ基礎研究所は、孤立死とセルフ・ネグレクトの関係について、興味深い研究を行っている。

同研究所の研究で、全国の市区町村を通じて「生活保護担当課」と「地域包括支援センター」で把握している孤立死事例を収集したところ、
その中で、孤立死の8割は何らかのセルフ・ネグレクトだったという事実が明らかになった。