日本人初の宇宙飛行士である秋山豊寛氏は、TBSを退職後に福島県で農業を行っていたが、
ジャーナリスト時代にチェルノブイリを取材した際に得た放射能に関する知識をもとに、
福島原発事故直後に「身の危険」を感じて自主的に福島から脱出し、現在は京都に在住しながら、
講演会を開くなどして原発事故避難者としての視点から原発反対運動を行っている。

講演内容は
「(政府は言わないが)被ばくが原因の健康被害によって東京でも万単位の死者が出るだろう」
「鼻血を出す人が増えている」
などと、所謂「放射能危険派」である。