野田佳彦前首相

総理は昨年11月の日露首脳会談後、平和条約の締結後に歯舞、色丹の引き渡しを明記した1956年の「日ソ共同宣言」を、今後の交渉の基本とすると明言しました。
これは歴代政権が粘り強く交渉してやっと勝ち得た、北方4島を明記して帰属の交渉を継続するとした1993年の東京宣言から後退したスタンスです。

   総理はなぜ4島返還から、わざわざ2島返還へと軸足を移したのでしょうか。

   歯舞、色丹の2島先行返還なら理解できますが、2島で最終決着という可能性もあります。全面積の7%の返還で妥協し、残り93%を断念すれば先人の苦労が全て無駄になります。

   総理は過去の交渉を振り返り、昨年11月26日の衆議院予算委員会で「70年間全く変わらなかった」と言い切っていますが、歴代政権の粘り強い努力に対して、敬意を欠いています。

   日本側が2島返還へと大きく舵を切っても、ロシア側に変化の兆しは見られません。交渉責任者であるラブロフ外相は「第2次大戦の結果、ロシア領になった」と、相変わらずわが国が到底受け入れることのできない歴史観を主張しています。
一方、河野外相は国会審議においても、記者会見においても、日本側の交渉に臨む基本的な立場を明確にしていません。この彼我の差をみると、2島返還どころか石ころ1つ返ってこないかもしれません。
ラブロフ外相にいたっては、北方領土という呼称も使うなといっています。

   北方領土はわが国の固有の領土であるが、現時点ではロシアによる不法占拠が続いているという、法的立場を変えてはなりません。
不法に占拠し続けていれば、いつか日本はあきらめるという誤ったメッセージを周辺国に与え、竹島問題で韓国にエールを送りかねません。