2000年前の「自転車に乗る男性」
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インド南部タミル・ナードゥ州のティルチラーパッリ県に、パンチャヴァルナスワミーという名の寺院がある。それほど規模が大きいわけではなく、特筆すべき由緒もない寺院だが、2018年の7月ごろから、国内外から多くの人々が訪れるようになった。

その理由は、寺院内のレリーフにある。内部には陽の当たらない一角があり、そこの壁にあるレリーフに、どう見ても“自転車に乗っている男性”の姿としか思えない絵が描かれているのだ。

自転車が発明されたのは1800年代のヨーロッパだ。わずか200年ほど前の出来事でしかない。しかしパンチャヴァルナスワミー寺院が建立されたのは今から2000年前だ。時系列を考えればオーパーツ的な遺物ということになるのだろうが、レリーフに彫られているのは本当に自転車なのだろうか。

絵をよく見てみよう。レリーフの人物は、ショールと装束から、口ひげを蓄えたインド人男性と思われる。男性はハンドル状のバーの両端を握り、サドルのような箇所に座っている。一方の足はペダルと思しきものの上に乗っている。さらに、ペダル状のものがもうひとつあるのがわかる。車輪もふたつだ。描かれているものは、現代人の目で見れば、自転車であることは疑いようもない。

自転車には車輪と、そしてチェーンなどの動力装置が必要で、乗り手は倒れないように自力でバランスを保たなければならない。車輪が発明されたのは6500年ほど前の青銅器時代だ。インドでは、3800年前に作られたと考えられる二輪馬車が見つかっている。つまり、馬に引かせることでスピードを出す二輪馬車のメカニズムならば3800年前のインドで確立されていたことになる。

世界レベルで歴史を見れば、車輪は6500年前に発明されていたにもかかわらず、自転車が生れたのはそれから6000年も後だった。なぜこれほどの時間がかかったのだろうか。筆者は反対に不思議に思える。

だが、パンチャヴァルナスワミー寺院の自転車レリーフは、少なくともインドにおいて2000年前から自転車が使われていた可能性を示すものにほかならない。二輪馬車によって動力系統のメカニズムがわかっていれば、車輪の並びと動力源を変えるのはそれほど困難なプロセスではなかったかもしれない。

パンチャヴァルナスワミー寺院は、7世紀に古代タミール語で書かれた『テバラム』という古文書にも記録が残されているため、それなりの歴史がある寺院と考えるべきだろう。その一部にひっそりと残されたレリーフに自転車が描かれていたことにだれも気づかなかったことには驚きである。それゆえ、レリーフに対する疑念をあらわにする人も少なくないようだ。

人類全体の発展に寄与するのは、現代科学の大きな役割のひとつだろう。ただ、歴史に埋没している情報をつまびらかにしていく姿勢も、現代科学の存在意義だと思うのだ。今後の調査研究によって新しい事実が発見されることを心待ちにしているのは、筆者だけではないはずだ。

(ムー2019年4月号より抜粋)

パンチャヴァルナスワミー寺院の外観。内部に件のレリーフがある。
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