【夕刊フジ】ノモンハン事件から80年、近現代史研究家の阿羅健一氏が封印された真実を解き明かす
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【夕刊フジ】ノモンハン事件から80年、近現代史研究家の阿羅健一氏が封印された真実を解き明かす
2019/11/10
https://twitter.com/yukanfuji_hodo/status/1193318353714081793?s=21
日本軍がソ連軍に敗れたとされるノモンハン事件から80年。近現代史研究家の阿羅健一氏が、封印された真実を解き明かします。集中連載「ノモンハン敗戦の真実」ぜひお読みください。
https://pbs.twimg.com/media/EI-Etm0UcAAYyMd.jpg
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 教科書でソビエトの近代兵器で日本がボロ負けと書かれていたことがウソだった。 司馬遼太郎がさかんにノモンハンは怖くて書けないと言っていたが、それは名誉毀損で訴えられることらしい。
阿川弘之も山本五十六の愛人のこと書いたら、山本の遺族から名誉毀損で訴えられていた。
作家さんも脅されていて、それぐらい日本陸軍はめちゃくちゃなことやっていた。 事実は寧ろ日本の圧勝でソ連は国内に引きこもって国境に防衛線張って塹壕掘りまくったんだよなぁ
戦車が歩兵に簡単に火炎瓶で潰されるんで対策の為に高速高起動のT34が生まれたんだよなぁ 日帝の圧勝じゃねーかよ、まだ負けた事になってるんか 負けは負けだけど、圧倒的劣勢の装備だったが
日本軍はそれでも懸命に戦い、ソ連に手痛い打撃を与えた
最近の研究の結果、これで合ってるのかな? ジューコフはこれにこりて
夜戦を捨て市街戦で乱戦に持ち込む戦法を採用
スターリングラードは地獄と化した >>1
>>927
もうじき日本に核爆弾が落ちるのは、かの有名なノストラダムスによって予言されている。
その大きな星は七日間燃える
巨大な黒雲が二つの太陽を現す
マスタンが夜通し吠え続ける
偉大なる法王が居場所を変えるとき
(「百詩篇」第2巻41番より)
※大きな星=北朝鮮の国旗
ニつの太陽=日本と韓国の国旗
マスタン(mastin/獰猛な巨犬)=金正恩
偉大なる法王=ローマ法王
この詩を要約すると、
1行目は北朝鮮が7日間に渡って空爆されると読める。
2行目は日本と韓国に核爆弾が落ちると読める。
3行目は金正恩が怒り狂うと読める。
そして4行目こそが、今月のローマ法王訪日を指すのであろう。
38年ぶりに日本を訪れるローマ法王。(11月23〜26日)
トランプ大統領がこれを戦略的に利用する可能性はゼロではない。
つまりこの時期に北を攻撃すれば、北が反撃しようとしても
ローマ法王滞在時にミサイルを撃ったら世界中を敵に回すことになる。
だから北は反撃できまいというのが日米の読みだ。
トランプは再選が危うい状況だし、何かが起きる可能性は十分にある。 >>6
阿川は海軍の犬ですしw
その辺があるから訴えられる
中立に立ってたら訴えられませんわな >>7
起動でなく機動な
あと問題はエンジンな。
今のうちに、もうちょっと学んどけ。後で恥かかないように。 でも勝利には程遠い
ソ連軍に勝つには電子戦装備と対戦車装備、戦車がいる
日本軍には3つともなかった 死ぬまで戦う日本軍の奮闘で引き分けまで持ち込んだが司令部はその責任をとるべきだった
近代戦で火力で劣るって意味を理解できない司令部はいらん
誰も責任取らないからガダルカナルで大恥をかくことになる ソ連も大損害出したからバルバロッサの真っ最中でも日本の北進を恐れて極東の部隊を動かせられなかった
この恨みがロスケの蛮行に繋がるんだが 日本軍 : ソ連軍の火力にびっくり。ソ連とはもう、戦いたくない。
ソ連軍 : 日本軍の統率にびっくり。日本とはもう、戦いたくない。 >>19 の続き
ソ連 やる気マンマン
日本 やる気なし
関東軍 やる気なし
この状況で戦わされる日本兵 センチ単位の工作機械しかなかった日本は勝てるわけなかった
向こうの精度はミリ単位 記者 「いちばんきつかった戦争は何でしたか?」
ジューコフ 「ノモンハンだ」 >>23
センチ単位ってすごい精度が悪いと思うんやけどw 地上戦では日本はボロ負け、航空戦は日本の圧勝。
この見解はいずれも今では否定されている。 よくノモンハンは日本が勝ってたって話をするヤツがいるが
戦略目標が
ソ連は拠点奪取
日本は拠点防衛
拠点はソ連が奪取したんだからソ連の勝ちだろ
死傷者がソ連の方が多かったというが防衛戦ではそれが普通
死傷者の数で勝敗が決まるなら負ける防衛戦なんぞあり得ない >>22 の続き
ソ連は圧倒的な物量で押し寄せる
作戦はソ連の読み通りで日本軍は術中にはまった
つまり・・・日本外交、関東軍指令、現地軍参謀本部、ここまでは全て日本の負け >>1 >>2
パンスト朝鮮顔を整形しまくったネトエラ(ネット工作の在日朝鮮人)が わきまくってるしな。
日本に密入国してきて図々しく居つき、
生活保護を受給しながら凶悪レイプ犯罪を繰り返し、
日本人になりすましネット工作を続ける在日朝鮮人。
チョンポップの人気偽装を繰り返してるのもこいつら在日朝鮮人・帰化人。スパイそのものだよ。
朝鮮戦争が終わり「特別永住許可」も終了しており、
帰化人を含めて在日朝鮮人たち全員を強制送還する しかない。
●●● ネトウヨ連呼厨(ネトエラ)の正体 ●●●
http://karutosouka2.tripod.com/uyokusyoutai.htm
. >>29
ソ連は日本以上に兵士の命を軽視した戦術だから、戦死者の数で勝敗を判断するのは
まったく無意味。
そんなことを言い出したら独ソ戦はドイツの圧勝。 ノモンハン紛争とは満蒙国境で
当時、日本軍にゲリラ攻撃を
仕掛けてくる馬賊を追っかけて
中立だったモンゴルへ逃げ込むのを
阻止しようとした日本軍が
国境を越えてきたのでソ連軍に
援軍を頼んで紛争が起きて
日本軍がボロ負けした 軍がその戦いを隠蔽してたと言われるが
実は月刊紙で軍人がその戦いを論評して
だから我が軍は近代化しないとダメだと
書いてたらしい >>29
ただしソ連はノモンハン事件の戦死者数・戦傷者数を徹底的に極秘にしていたから
人的な損害が多かったことが、ソ連にとって痛手であったことは間違いない。 >>11
例えて言うなら、防備の堅い硫黄島相手に、損害の多さから手を引いたのがソ連、って感じかな。
多分、史実通り、アメリカみたいにそのまま物量で押しつぶす事も可能だったけど、それをやらなかっただけの事。
やはり、これを日本の勝利と言うのはどうかと思うよ。 Wikipediaのノモンハン事件の記述は名作で一読の価値がある。 関東軍はよく奮闘したが戦術的にも戦略的にも負け。
ソ連軍の実力を知り、日本の国策として北進の策はなくなったし、ゆえにアメリカとの衝突は避けられないものとなった。 >>6
司馬遼太郎がノモンハン本を書けなかったのは、取材源で主人公格になる予定だった連隊長に絶縁されたから
司馬と瀬島が対談した雑誌記事を読んで激怒したらしい >>30 の続き
日本は上の連中が総崩れでやらかしてるから勝てる見込みはないんだが・・・師団以下の現地軍がそれをひっくり返した
負けるはずのないソ連軍が負けるというとんでもな戦いがノモンハン 中国共産党の中国人の真似で、尻から口に竿入れる真似だけでなに言ってんだ
Facebookでロシア人の投稿見てるとこと細かにこっちの事調べてるわ
噂じゃインターネットのパケットも全てむこうが把握してるらしいわ
いまでも勝った状態と言えるもんじゃない
それとも、また俺がロシア人扱いか >>36
現地の士官は上に装備の近代化を要請したけど結局受け入れられることはなかったな
それどころか戦車戦じゃ勝ち目ないと分かり日本の戦車開発は鈍化することに 辻参謀はノモンハンの敗北で北進から南進論に転向。
日米開戦に引っ張っていった。 ドイツ軍にまったく歯が立たなかったソ連軽戦車にジャップがレイプされたってマジ? ノモンハン事件の本はたくさん出ているけど、クックスの本がいちばんよかった。
日本の著者の本は、どうしても現場の部隊長に全責任が押しつけられて、参謀が
責任から逃げたことへの義憤が入って、客観性が失われるきらいがある。
それは日本の組織論として重要な論点ではあるにせよ、 どうせなら、とんねるずの馬鹿の石橋貴明と俺をカメハメハ大王にも言えば
ハワイの王族がアメリカから攻められ日本に保護求めたのを
アメリカから逃げて、弱い朝鮮に中国に露西亜と逃げた結果だろ
けっきょくアメリカとやり合うことになったのは >>34
?
>>37
おっしやる通り
日本は大敗
ソ連は敗北
勝者がいるとするとすれば第三国だろうね ノモンハン事件の論点では、やはり現場の部隊長に全責任が押しつけられて
参謀が責任から逃れたことは、どうしても欠かせない。
日本の組織論として、経営学でよく引用されて分析の題材になっているし。 ノモハンは戦力投入から考えてソ連から
仕掛けた国境紛争なんだけど、敗戦国の
悲劇か左翼の陰謀か、ソ連の悪行は隠蔽
されてるからなぁ ノモンハンの反省会では機関銃を増やしましょうとなった
サイパン戦の段階で軽砲の数増やしたから米軍の攻勢止められると豪語してたのと同じ異次元解釈 まあ、殆ど完璧な勝利の日露戦争を、粗探しされて日本の敗北であるかのような表現がされている事もあるしね
ソ連関係はおかしい なぜ、「ノモンハン事件」という名称なの?
「ノモンハンの戦い」にしろよ。 ソ連軍の8月大攻勢で日本軍がピンチに陥る
その折、8月23日にリッペントロップがモスクワに出向いて独ソ不可侵条約を
モロトフと結ぶ
想定外の出来事に時の平沼騏一郎内閣は「欧州政情は複雑怪奇にして・・・」の
名文句を吐いて総辞職
しかし駐モスクワの日本大使東郷茂徳が日本軍敗勢にもかかわらず一向に
和睦の話をしてこないことにモロトフは危機感を抱き「ひょっとすると
日本は対ソ全面戦争を決意したのでは?」との疑念を持った
独ソ不可侵条約の秘密議定書によってポーランドの分割は急がねばならず
無論ヒトラーとの最終決戦は必至(現実には41年6月バルバロッサ作戦発動)
東西での二正面作戦だけは避けたいモロトフとスターリンは内心焦っていた。 都合の悪い事は事件にする
それがイルボンクオリティ >>51
ソ連の肝いりで建国間もない当時のモンゴル人民共和国では、共産党による大弾圧が
行われており、国外に反共産主義の敵を作る必要があったという事情もあるようですね。 前線では陸空とも圧倒していたが補給がなくて負けた日本
日本は陸海軍とも補給が弱かった
防諜以前の問題 >>51
ソ連から仕掛けたはよいが、兵力投入という意味では先に大軍を投入したのは関東軍。
スターリンはそれに対してジューコフの要求する兵力の2倍の兵力を与えたと言われている。 日本は現地で出来る限りの兵力を展開し、
航空戦を挑み、砲撃戦を挑み、機甲戦を挑み、
結果的に何一つ成功せず、国境線はソ連が企図
した通りに変更され、”大損害"を受けた日本軍は、
以降、その国境線を甘受し、ドイツが、真珠湾攻撃
の1年半前に開始したソ連侵攻にも、全く呼応する
気配さえ見せずに引きこもる。日本軍が展開できた
師団の損害は甚大であって、ソ連が展開した損害は、
割合でいけば、さらにしばらくの作戦が可能なレベルだった。
キルレシオは日本陸軍のほうが高かったかもしれないが、
展開力、作戦力、兵器の質、共に、対ソ戦はヤバイ
という認識を軍指導部に抱かせるに充分な負け戦だったのだよW >>60
それはソ連がノモンハン事件の自軍の損害を徹底的に隠蔽したから、日本は参謀本部が
負けたと認識していた。
もちろん情報戦も重要な戦術で、その方面で日本がさっぱりだったのは事実だが。 >>42 の続き
上の連中のやらかしは戦いの後も続く
なんとソ連と講和を結びやがった
このときの国としての日本の敵はただ1国、ソ連なのに>< ノモンハン事件から80年
国家総動員法やらパーマネント禁止やらで散々女達を縛ってきたが
ポツダム宣言と保証占領の無条件受諾で
女達は解放され地位も向上し男を立てるなど男の自尊心を満足させる
傲慢な風潮は消え去った
男がここまで没落するとは思わなかったが
女性が我慢する事なく自己の幸福を追い求められるようになったのは
俺としては喜ばしい限りだ >>62
>このときの国としての日本の敵はただ1国
日中戦争を知らないのか 事件後の境界線がソ連・モンゴル軍の主張通りになったのだから、日本の負けは不動。 >>65
そうくるかと思って「国として」と微妙な書き方をした 航中戦で圧勝なら迫る無数の戦車群に上空からナパ〜ム弾撒けば楽勝やったと思う >>38
ロシアは自領に深く引き込んで補給船が延びきったところでガツンといくからこれで勝敗言うのは難しい >>61
最近、アホウヨが「ノモンハンでは勝ってた」と言い出してるよーだな。
そのうち、太平洋戦争でも勝ってたとか言い出すんじゃね。ゆとりは怖いなw >>67
中華民国の成立は、1912年。
ノモンハンは、1939年。
日中戦争の始まりは、1937年。
ノモンハンの時点で日本は中華民国と事実上の戦争状態で、
明らかに敵ですが? >>72
大東亜戦争は日本の勝利だったって、もう言っているよ。
戦後の冷戦で勝ったのは日本だし、アジアを解放するのが大東亜戦争の目的だから、
だと。 >>73
中華民国は敵ではない
少し言葉を変えよう敵とするべきはソ連1国
ま〜このへんで勘弁してくれ 戦争には負けたが勝負には勝った、てか
当時の日本はなにもかも読めてなかった
負け惜しみはうんざりだ ソビエト「兵士が何人死のうが土地を奪ったほうが勝ち」
ドイツ「はい。。。」 >>75
は?だったら、日中戦争の敵はどこなの?
勘弁できる訳が無い。
日中戦争の敵はどこだ? 阿羅健一なんだから、「日本は勝っていた」って結論になるのは分かっている
どういう論理で勝っていたことにするのだろ?
まさか、死傷者数だけで勝利宣言ってことも無いだろうがw ノモンハンはソ連がいろんな事を試す戦争でもあり
大日本帝国が全くダメな組織だと
連合国側にばれた戦争でもあった、飛行機の有効性も
ここではっきりと証明されたし、情報が日本が全くダメで
大量の戦車を隠したソ連を最後までわからなかった
そしてその全てを仕切っていたのは、辻だった
敗戦処理で、たくさんの将校を自決させた 冬戦争→フィンランドの6倍の損害を出したがソ連の勝利
独ソ戦→ドイツの4倍の損害を出したがソ連の大勝利
ノモンハン→日本の1.1倍の損害を出したソ連の負け?????? >>79
困ったね〜〜
君は俺が書いた内容を理解していない
言葉尻に突っ込みを入れてるだけだ どの道仕切っとる参謀が辻なら勝てる戦いもまけるぞ。 >>83
そうか、言葉尻を取っているだけか。
それは承知した。
で?日中戦争の相手は誰なのか? 勝利ではないが、少なくとも相当な準備をして一大攻勢を掛けてきたソ連相手に、寡兵ながら大損害をソ連に被らせた戦いだな
戦車や砲を使ってソ連戦車の弱点を狙って破壊してたり、肉薄攻撃したりでかなりの戦車が破壊された
何で負けたって、ソ連の宣伝戦に負けたってところだろうな >>86
改善の余地なしか・・・・
君が話のできる人間に成長することを期待する
ではさらば 戦争をゲームのスコアみたいに考える人が増えてきてるんだろうね
負けたけど善戦した=よく頑張りました
みたいなゆとり脳
戦争は善戦しようが負けたら国土が廃墟になる
キルレシオで大きくソビエトを上回ったナチスドイツがどうなったか
戦争は負けたらダメなんだよ >>88
>相当な準備をして一大攻勢を掛けてきたソ連相手
逆だよ。ソ連が相当な準備したのは、後半。ソ連が大きな損害を受けたのは前半
日本軍はソ連が準備いまいちなときに攻勢をかけてたが、後でしっかり補給して攻勢をかけてきたソ連に包囲殲滅された。 >>89
いやいや、難しいことを聞いている訳では無い。
日中戦争の日本の相手は誰なのか?
知らないの? >>88
キルレシオが、戦争の勝敗を決める要素であれば、太平洋戦争の沖縄戦、硫黄島戦は、キルレシオがほぼイーブン。
君は、沖縄戦、硫黄島戦が、引き分けだと思うのか? >>82
日露戦争の戦死者も日本側が2倍も多いよな
でもネトウヨは日本の敗北とは絶対に言わない >>91
その後半での戦いでソ連側に大きな損害があったって話をしてるんだよ
日本側は殲滅されたけどもね
ソ連側の宣伝でソ連軍の被った損害は価なり過小に評価されていたが、実際はそうではなかったって事 >>93
俺がどこかで日本の勝ちでしたって言ってるかね? >>83
君の話の続きを読みたかったが
ID:kiTW0T730
http://hissi.org/read.php/newsplus/20191110/a2lUVzBUNzMw.html
この人には何言っても無駄だと思う、他スレでも似たような事してるみたいだ >>94
それ以上に日露戦争はロシアの行動が不可解すぎて勝てる勝負を放棄したとしか 条約も日本は勝ったにしては負け負けの内容だしな ジューコフを仕留めていれば、ドイツもスターリングラード落とせたのに
残念だったな。 >>14
山本五十六は海軍
山本に近い米内光正にはソ連共産党スパイ説があって
(米内はハニートラップにかかり子供まで産ませている 名前はミーシャ)
だから米内は南進を決めたらしい
山本は駐在武官のころソ連共産党員と何時間も会談した
(どこに書いてあったか今探索中:誰か教えて)
山本がそれまで練られていた対米作戦を蹴り真珠湾攻撃に固執したのは
ソ連共産党のスパイだったからと思われる
アメリカは日本に最初に一発を打たせることに腐心していた
ルーズベルト始め米国政府はユダヤ共産主義者に乗っ取られていた よく装備の近代化っていうけど
ソ連みたいな敵と戦うことって
これ以降そんなになかったと思うから
いまいちピンとこないんだよな >>99
9月に入っても停戦交渉が全然始まらないことで、スターリンは、
ジューコフの報告では「日本軍に大打撃を与えた。休戦も近い」と言っているが
嘘じゃあるまいな
一度モスクワに召還して査問しないとダメかな。結果を出せない将官は
理由は「反革命」「戦意不足」「利敵」「指揮拙劣」・・・まぁ何とでも付けられる
人心の一新で奴も銃殺にするか
とまで考え始めたようだ
取り敢えず停戦できて、講和の条件の会議を始められたのは幸いだった
ヒトラーにとっては不幸だったが >>74
日独は戦後歴史上最大レベルの経済発展を遂げたからなあw
地球上の経済に占める割合で言えば戦後の時期が最大
そしてそれにはWW2が必要だった。
英仏蘭が大損組
米ソは超大国の地位とベトナムや朝鮮で戦う権利をゲットw >>54
>なぜ、「ノモンハン事件」という名称なの?
>「ノモンハンの戦い」にしろよ。
日本側の立場は、「宣戦布告も無く、戦争では無かった」という扱い。
何十師団もの戦力が参加していようが、関係ない。 >>101
>「山本がそれまで練られていた対米作戦を蹴り真珠湾攻撃に固執した」
「山本がそれまで練られていた”インド・アジア方面作戦”を蹴り」の間違い訂正 >>72
インパール作戦は軍事的には失敗だけどインド独立を促す機運を作り出したから実質勝ちみたいなもん
こういうアホウヨがインパール関係のニューススレによく湧くね 戦闘ってのは勝利目標があってするもの
勝利目標が達成できなければ負け 勝敗は戦略目標の確保で、死傷者数は無関係。
日本軍は善戦した。だが、負けた。これが結果 国境のソ連軍360万と戦車1万両をあっというまに消滅させたナチスドイツのヒトラー軍と違い、初戦から侵攻は失敗し元の地点までソ連兵に押し返されたのが日本軍である >>101
真珠湾攻撃は戦術的にともかく、戦略的には失敗だったな
普通にボルネオに侵攻して石油を抑えてから
徹底的に防戦して講和に持ち込めばよかった >>110
ナチスはミンスクとキエフを落とす頃には補給線が伸びきり、
かつ機動戦力の損害が大きくモスクワを落とすのは無理だった、というのが最近の研究だな 負けといわれてるがソ連のほうも相当犠牲者出してんのな。 ノモンハンは皇軍の大勝利だ。
皇軍の負けだのと妄言吐く輩は日共秘密党員のコミンテルのスパイ。 まだ現地には日本軍兵士の遺骨が転がってるんだろ
何で放置してるんだ? そもそも支那事変をやってる日本側には戦争を
する意思がないからなぁ 紛争領土の9割をソ連の勝利地、残りのたった1割を日本の勝利地として決着した
戦争は損害の大小じゃなく領土の取り分で決まる
この戦争は明らかにソ連の勝利だ >>105
当時の日本の最大貿易相手国がアメリカであってアメリカは中立法で
戦争している国には輸出しないと定めていたから。
実質戦争でも、事件とか事変と言ってた。 >>6
ワンスアポンアインハリウッドでのブルース・リーの描きかたを遺族が批判とかだしな >>118
アメリカからの石油や鉄の輸入が止まれば、日中戦争は日本の
敗北で終わるからね ボロ負けだったのは当時の陸軍の認識なのに、歴史を認めない韓国人がいるなW 敗退を認めない陸軍は、現地の指揮官を自殺に追いやるなど責任逃れが
激しかった。それは、軍上層部の人間のエゴ丸出しの所業であった。
司馬遼太郎は調べるにそのエゴの恐ろしさに筆を下した。 >>95
> その後半での戦いでソ連側に大きな損害があった
それは統計的に実証できないんじゃない?
"新たなソ連の史料"っていうのには、7月も8月も区別せずにひっくるめた数字しかないわけで。
ロシア側の戦史(たとえばマクシム・コロミエツ『ノモンハンにおける戦車』2013年)をみても、
7月の日本軍の攻勢を食い止めるために、準備不足のままやむなく戦術的に誤った方法で戦力を投入
して悲惨なことになった話は縷々記述されてるが、8月のソ連の攻勢のほうは大損害のエピソードがない。 清国とロシアが結んだ国境線協定が曖昧だった(すり合わせをせず、お互い自分達の都合のいい線を引いていた)
その後、満州国(日本)はソ連に国境線を確定しようと提案したが、ソ連は自動的に満州国を認めることになりかねないので拒否
関東軍もソ連軍も国境内を行動しているつもりだったが、相手から見れば越境行為
これじゃ、いつかは紛争になる >>123
エゴの恐ろしさこそ小説の題材にするのが本来だろ 今でも中露は国境問題燻ぶってるもんな
手が引けて正解
ただ英仏案の名目上は民国に返すけど現状回復は認めないって案に乗れば香港みたいに出来たかも知れない >>55
> 8月23日にリッペントロップがモスクワに出向いて独ソ不可侵条約をモロトフと結ぶ
ノモンハンでソ連と戦っていた日本にとって、梯子を外されたかたちとなったこの独ソ不可侵
条約は寝耳に水の政治的敗北だったわけだが、なぜ失敗したかというと欧州情勢を軽視していたから。
すでにイギリスと対立していたヒトラーは、日本がイギリスに対してあいまいな態度をとって
いることに業を煮やしていたし、そのうえソ連が欧州諸国に手を伸ばしてきて味方を増やしていた
ため、挟撃されていて、抜本的な国際政治戦略の見直しを迫られていた。起死回生の一手がソ連を
味方にするという逆転の発想になった。 >>116
日本側の意思って誰の意思なの?という話
あの時期の日本は出先のチンピラ将校が勝手に戦争始める国だからね >>122
戦闘はソ連崩壊前に言われていたほど日本のボロ負けではない。
ソ連は徹底的に自軍の損害を隠蔽したので、参謀本部は日本の負けと判定していた。
戦争目的を達成したのはソ連だから、日本の負けなのはまちがいないが。 >>131
死傷者数で勝ち負けを判定するのは、軍事的にナンセンスだと思うよ。人命の価値は国によって違うので。 ノモンハン事件は隠していることが多すぎ
いまだに、百家なきなき状態 ノモンハンから大東亜戦争を生き抜いた祖父は
ノモンハンが一番厳しかったって言ってたな >>130
意思決定の最終的な責任を持たない参謀が好き放題できたのは日本軍の欠陥。
これは欧米の権限責任と日本の輔弼責任の差で、日本の組織はいまでもそうで
経営学の組織論になる。欧米が無条件に正しいわけでもなく難しい問題。 後に控えたポーランド分割に備えて、極東方面の日本を抑えるための、戦略的攻勢でしょう。
ソ連(ロシア)は二正面作戦しないからね。 >>6
そりゃあ、陸軍は大陸ではアヘンビジネスで荒稼ぎしてたからね。
表に出せない話ばかりですよ。 のちにソ連と干戈を交えることになったドイツ軍人から見たソ連軍の恐ろしさは、たとえばフォン・
メレンティンの『ドイツ戦車軍団全史』のあとがきによれば、一つには兵士がたくさん死んでも
ドイツほどのダメージがないということ、つまり人命の価値が低いということだった。
著者の時代背景もあってこのあとがきは冷戦色が強いものになっているが、それを差し引いても、
独ソ戦時にドイツ軍人が感じた不安は明らかだ。問題はそうした軍隊とどのように戦うかという
ことで、その検討をフォン・メレンティンは促していたと思う。それがドイツ人の発想。 >>132
五味川順平や司馬遼太郎に代表される20世紀の日本のノモンハン事件の論評は
日本の無謀な戦闘の死傷者数を問題にしていたわけだが。
軍事的にどうとかいう議論はソ連側の損害が明らかになってきてからで、死傷者数
が問題でないというのは、逆から死傷者数を問題にしているのと同じ。NHKですら
最近のノモンハン事件の番組では、日本側の一方的な負けとは言っていない。 負けでいいんじゃない
情報戦で皆負けたと思わされて来たじゃないか >>2
反日日教組に採用される教科書だ
当然だわな ノモンハンで、日本軍機と戦ったソ連側パイロットは
「日本は、無線で連携をとった攻撃をしてくる」と報告
日本軍機に無線は装備されてなかった >>140
少なくとも勝ちではない。
外交的要求が全く通らなかったんだから、政治的には完敗。
戦術的に、死傷者の数だけ比べれば事変の時点では政治的な勝敗ほど圧倒的なレベルではなかったと言える位。 ソ連軍は、日本の10倍の兵力を用意してノモンハンに臨んで来たのは、ジューコフの話からもわかるし、
日本軍は、ソ連軍を過少に思い込んで、国境紛争位に軽く見てあろうことか、この際、ソ連を叩けとやったのが
ノモンハンだぞ >>9
豆知識じゃねえwww
米国は『米が主食の国』という意味ではない
ってレベルのギャグだろw >>146
モンハンほとんどやったことないのに何故かスレタイがモンハンに見えてしまった俺は多分おかしいんだと思う モンゴル人は日ソがこんなところでやり合ったことをどう思っているんだろうか? ジューコフ先生は全ての戦場で勝ってるけど
全ての戦場で味方の死者数は敵の死者数を遥かに上回ってるから
そういう指揮官としか >>150
思当て向き開戦時は モンゴル軍 VS 満州国国境警備隊 の小競り合いだからな
いわゆる「代理戦争」と言う奴で、すぐに日ソ正規兵同士の激突に変貌する
モンゴル国内では親日的ではあっても本件は「祖国防衛戦争」(国境線死守)という
位置づけのようだ >>6
坂本龍馬あたりはみんな死んでるけど司馬が書こうとした頃はノモンハンで戦った人たちたくさん生きてたからね
いつものように話盛って書いたらボコボコにされてたと思う >>139
7月の攻勢と8月の防御の2回負けてるのに、「一方的な負けとは言ってない」というその最近
の番組のスタンスは、いまの日本の阿Q的な精神的勝利法を示していて、それはそれで面白い。
ところでその2人は小説家で軍事の素人じゃない。なんでそれを「日本のノモンハン事件の論評」
の中心にもってくるのか分からない。それらの小説家がノモンハン事件について書いたのがいつ
なのか確認してないが、1969年に出版された『戦史叢書 第27巻 関東軍<1>』は、
ソ連軍の包囲殲滅を意図して失敗した7月の日本軍の攻勢について、すでに敵の大損害を書いてる。
大損害を与えたが、包囲に失敗したから日本軍は撤退した。
「戦車第三連隊は…733高地付近に進出し、戦車、装甲自動車…等に多大の損耗を与え兵員
百余(推定)を死傷させた。」(p.506)「一方、戦車第四連隊にあっては…戦車2、装甲
自動車約10、自動貨車約20に損害を与えた。わが方は負傷者10名、破壊軽戦車1両を
出したに過ぎなかった。」(p.506)「(吉丸部隊の733高地突入による)ソ軍の損耗につい
ては、人員殺傷約120名、…戦車32両、装甲自動車35両にのぼったものと認められた。
しかしもともとソ軍の物力は圧倒的に優勢であったので、総括的に見て右程度の打撃では、
大きな痛痒を及ぼすまでには至らなかったようである。」(p.509)
「(小林部隊について)わが方は…瞬時に多数の戦車、装甲自動車を破壊しまた炎上させた」
(p.514)「少なくとも150両を破壊または炎上させた」(p.515)「わが方はハルハ河
左岸において、間断なく来攻してきた機甲部隊に大打撃を与えたが、数を誇るその攻勢は少
しも衰えず、状況は楽観を許さなかった。」(p.518) >>152
だってジューコフは被害が出ても目標を達成すれば良い環境だからな。 >>152
ロシア以外では成り立たないタイプやなw 鉄道駅終点から戦場までの距離はソ連軍が400Km、一方日本軍は50Kmで断然日本有利に
見えたが、ソ連軍は21000輌に及ぶ自動貨物車を用意して物資兵員をピストン輸送した
日本軍将兵は徒歩で戦場入り。30Kg背負って昼間炎天、夜間は氷点下という砂漠地帯を
3日かけたという。戦場に着いた段階で勝負あったような感じ。
それでも、日本軍は7月攻勢ではハルハ川左岸に強行渡河して一定の戦果を挙げるなど
善戦はするのだけれど撤退。ソ連軍8月大攻勢でハルハ川右岸で包囲殲滅戦に遭ってしまう
勝ち負けを言えば、停戦合意における国境線は日本側が主張していたハルハ川から2Km
東に描かれることになったため、ソ蒙側主張が通ったと考えるのが自然。ハルハ川南部
地域は日本軍が善戦していた結果、500㎢を獲得している
死傷者数比較は既に多出されている通り。 なあ…ここでノモンハンの死傷者数が日本の方が少なかったって言ってるやつ、その理論なら硫黄島だって勝利になるぞ。最終目的達成したのはソ連であって日本は実質負けたんだから。 陸軍が北朝鮮を立ち上げて、日本が終戦前に完成させていた原子爆弾を盾にして生き延びた。
金豚は日本人とバレている。
いまだに日本陸軍健在なりとミサイルを発射しているw >>2
でも負けは負け
でもすごいと思うよ日本の兵隊は
兵器、装備で圧倒的に不利で
しかも兵士の人数も劣勢なのに
戦死者はソ連軍のほうが多いんだから
でも撤退して、ソ連軍の占領地域を広げられているんだから
日本の負けは、負け ソ連の名将だったジューコフ元帥が回顧録で生涯で一番苦しい戦いがノモンハン事件の戦いだったって言ってるね
ソ連側の呼び名はハルハ河の戦闘
日本は制空権を持ってたが有効に使えなかったしなりより中央の方針がきちんと決まらなかったためしっかりした補給がされなかったのが敗因
きちんと方針を決めてやれば勝てた戦いだった 日露戦争のポーツマス講和会議で、小村寿太郎が樺太の南半分だけを日本領とする
ことで妥協したことで日本の命運が定まってしまった。
ロシア艦隊は文字通り壊滅しており、樺太は日本が完全に占領しており当時ロシア
にはそれを回復するすべは全くなかったのだから、北半分も日本領とすべきだった。
北樺太からは油田が発見され、もしそれを日本領としていれば、そもそも戦争をする
必要がなかった。
後は、仁科博士らががんばって原子爆弾の技術を成功させるまで平和を保てればよか
ったのだ。 >>124
ソ連側が準備不足というが、ソ連は補給用の鉄道を引いてから戦闘を仕掛けて
来ている。準備不足だったなどというのは全く認識不足だと思うよ。 >>163
兵士の人数はノモンハン前半は日本の方が多かったか同数くらいだよ。 ソ連軍の方が死傷者多かったからソ連の負けとかアホなのか
独ソ戦も継続戦争もソ連の方が圧倒的に死傷者が多いのにソ連の勝ちなんだが
そもそも死傷者が多い方が負けなら日露戦争は日本の負けだろ 犠牲者や損害の数比べよりも大切なのは
結果的にどちらが目的を達成したか >>152
戦死者の多さにスターリンでも引いたとかw
スターリン「こんなに死なせて(戦後の経済)大丈夫か?」
ジューコフ「大丈夫だ(ドイツに勝つには)問題ない(経済とか知らんがな)」
若い男死に過ぎで戦後ベビーブームが起きなかったのは伊達じゃない でも教訓は生きてないんだよな
戦車の時代に歩兵突撃
空母の時代に大艦巨砲
索敵やインテリジェンスの軽視
AIが指揮する無人兵器の時代に… 真相は
戦術では日本の勝ち
戦略ではロシアの勝ち
だな
日本が一応辛勝したが
兵站を維持できなくなり前線を引くことになったからね 日本が勝っていた、少なくとも軍はそう思っていた、ならそのまま北進したんじゃない?
冬季装備が不十分で自滅しそうだけど
ノモンハンのあと辻が「だったら南だ南進だ」と騒いで参謀本部の人たちはこのバカ何言ってやがると思ってたらしいがいつの間にか南進が決定……とか何とか >>174
戦車だって米英独ソに次ぐ5位
をイタリアと争えるぐらいだよ
空母も米の次には揃えていた
月間正規空母する米がおかしいだけ >>174
一応陸軍はノモンハンの教訓として
航空機に防弾板を装備したり
一撃離脱戦法のできる重戦闘機を開発したり
機甲部隊に対する防衛戦術を研究したりしてる
その教訓は対米戦にも活かされて
米最新鋭機に海軍機がボロ負けする中でも陸軍機はわりと頑張ったり
ペリリューや硫黄島の防衛でも陸軍が活躍して海軍は邪魔ばかりしてる >>175
ネトウヨ脳だとノモンハンも戦術で勝ってた事になるのか。 >>172
ベトナム戦争も損害を考えたら米軍より北ベトナムの方が圧倒的だが
だからといって米軍が勝ったなんて思う奴いないからな ソビエトではハルピン=ゴルの戦いw
日本陸軍との戦闘よりも自軍の粛正が激しかったw
犠牲者はほとんどそれw 日本側は関東軍はいきり立ってたけど中央はノモンハンで戦うつもりが全然無かったから戦力も大して増援してない
それでも速射砲でソ連軍の戦車装甲車を撃破しまくって陣地を守った
中央がやる気が無いのに関東軍だけで戦闘が続けられるはずがない。 >>137
三島由紀夫の祖父は樺太庁長官まで上り詰めた高級官僚だったが
ボスだった原敬暗殺後はアヘンの運び屋になったらしいね >>72
最近じゃなくて
ソ連崩壊でソ連側資料が出てきたからだよ
で「あれ、ソ連も負けたと思ってた?」
→「日本負けてないんじゃね?」
→「もうこれ日本勝利だろ?」
的な >>179
中国大陸での戦闘のせいで予算不足し戦訓を活かせてない。 プロシアの軍人、カール・フォン・クラウゼヴィッツによると
戦争とは、形を変えた外交の継続であり
戦闘とは、敵に我が意思を強要することだという
「そこの領土をくれ」「やだよ」で戦闘になった場合の勝敗の見極めは
どっちが敵対側に対して「わが意思を強要」できたかで決まる
国境線をハルハ川から東に動かしたのだから、ここはソ蒙の勝ちだろさ >>178
イタリアと争ってどうするwww
まあ、カルロ・アルマートもM13/40も、見た目に愛嬌があってカッコいいが >>181
ドイツの東部戦線だってそうだしな
ナポレオンの時も意図的に兵站長くさせて息切れさせてるしな
ロシアとしてはほんと基本戦術でしかねえよな
戦術では勝ってた(`・ω・´)なんてまさしく負け犬の遠吠えw >>164
一旦勝てても1939年の12月から量産開始した
KV戦車投入されて奪い返されるのがオチじゃないの?
日本軍の速射砲ではKV戦車を撃破するのはほぼ不可能だし ウヨ:「独ソ戦は、ソ連に2000万人の損害を与えたドイツの大勝利!」 ノモンハンみたいなどうでもいい場所で何で手出したのさ >>193
いやあ、実にいい質問ですね
取り敢えず関東軍作成の「満ソ国境紛争処理要綱」を読んでみてください >>173
ジューコフは兵士の損害は度外視してるが確実に勝利を重ねてるからな
戦わずに餓死と病死でほとんどの兵士を死なせた我らが指揮官よりははるかに優秀 >>188
米英独ソが別格で第二グループの頂点争いだから…
元ソ連のベラルーシにあるゲーム会社が
日本の100トン越えの超重戦車計画の図面見つけたって言い張っているけどどこまで本物やら… >>195
しかし戦後にベビーブームを起こせる程度にしか死なせていない
ジューコフは少子化を起こすレベルに死なせてしまった
おかげでソ連の美人度が上がった(美人しか結婚できない)
男は飲んだくれと荒くれ者率が上がった
若い世代中心に総人口の10〜15%だからこれがなければ今のロシアその他の総人口が2〜3割は違った悪寒
ロシア人「広島と長崎の原爆の死者?なんか今でも騒ぐぐらいだし500万人ぐらい?それとも1000万人?」(真顔)
死者数への感覚がおかしい >>179
海軍陸戦隊の海兵隊にも通じる精鋭っぽい名前に騙されてる人多いと思う
専門外だから当たり前だけど二線級警備軍と言った所なのに >>191
KVやらT34なんて独ソ戦の時点で極東には一両も配備されてないよ
しかも故障だらけなのと燃料弾薬不足、乗員未熟でまったく使い物にならない状態 >>152
火星作戦や44年春のフーベ包囲陣での敗北は
ジューコフの伝記ではなかったことにされてるよなw ノモンハン事件が日本の敗北と断言できるかはかなり怪しいんだけど…
日本軍の5倍を超える軍団と機甲師団を投入したソビエト側の死傷者数が25,000人を超え、
日本側の18,000人を上回ることが分かり、また日本の戦略的敗北と見られた停戦協定も
ハルハ河畔北東部で日本側が一方的に譲歩しただけではなく、南部では同程度の領土を
勝ち得たことも明らかになった。
兵員損失:日本側18,000ソ連側25,000
戦車損失:日本側29両、ソ連側397両
航空機損失:日本側160機、ソ連側251機
現在、この戦いは、「少なくとも引き分け」との評価もあり、論争が続いている。
服部、辻の関東軍参謀の独善、専行が大敗北を引き起こしたとされるが全くの誤りであった。
GHQの陸軍悪玉論のための虚偽宣伝であった。 調印当日になって、ソ連・モンゴル代表団がモスクワより交渉中止の指示があったとのことで
帰国してしまった。
しかし、会議の全権代表であった亀山が太平洋戦争後に語ったところによると、関東軍参謀を
更迭されていた辻が、交渉を妨害しようと白系ロシア人を使ってソ連・モンゴル代表団に対し
殺害予告を行い、代表団が怯えて帰国したとのことであるが、真相は不明である。
さらに、ナチス・ドイツがソ連に攻め込むと(独ソ戦)、ソ連は極東の国境画定に関わる余裕を失い、
ほぼ日本側の主張に従い作業が進んでいった。
そして、ノモンハン以北は満州国外交部の調査通りに従来の国境線(停戦時のソ連軍の占領地
とほぼ同じ)で、 南方のハンダガヤ地区は停戦前に日本軍が確保した土地は満州国領土とする、
満州国に有利な総合議定書が1941年10月15日にハルビンにおいて調印された。
モンゴルはこの交渉により1,140 km2を領土を失ったと悔やんでおり、ノモンハン戦を
領土の争奪の視点から評価すると、日本側の勝利とする意見もある >>174
いまだにそんな昭和バカ俗説をもっともらしく語るアホがいて笑っちゃうよw >>165
そんなことをしたら戦争は終わらなくて
満州でもう一度大会戦して完全に兵力で上回ったロシア軍相手に日本軍は壊滅して日露戦争は敗戦だったよ >近現代史研究家の阿羅健一氏
ヤバイやつキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! >>41
須見 新一郎大佐だね
サイダー瓶を使った火炎瓶攻撃で83両の
敵戦車を撃破
ノモンハン事件後は予備役編入させられて
戦後は宿屋の主人をやったとか
司馬さんの描くノモンハンを読みたかったな。。。
そして1945年、ソ連軍の縦深攻撃の前に完膚なきまでに叩きのめされる日本軍であった
ちゃんちゃん モンハンの話題が出る度にノモンハン事件…何もかもが懐かしい
と爺ロールプレイするワイ ソ連前線集団司令官グリゴリー・シュテルン
「ソ連の8個師団に対し、日本は不完全な2個師団に過ぎなかった。
言うなれば4対1であった。戦車・大砲においても我々は優越していた。ただ損失数においても
我々は優越していた。 死傷者数は膨大であり、ベッドは不足していた。我々が世界に吹聴した
勝利は、あまりに犠牲の大きい勝利で世界に勝利を喧伝する必要はなかった。ノモンハン事件は
間近に迫っていた軍事的災難の序章であった。
我々に戦争の準備ができていなかったことは確実であった。」
GRUの元情報部長でノモンハン事件では後方支援部隊の隊長をしていたV・A・ノヴォプラネッツの手記
「我々が日本軍に勝利したのは、兵力や兵器の数について圧倒的に優勢だっただけで、決して戦闘能力が
優れていたわけではないが、「(日本軍なんて)ひとひねりだ」と思い上がったため、大きな損失が
生じることとなった。」
ソ連参謀本部ヴァシリイ・ノヴォブラネツ大佐の手記
「ノモンハンで勝ったのは、兵力と武器類の面で優位に立っていたからであり、戦闘能力で勝利したのではない」 赤軍大粛清で人材不足のソ連軍にすら負けるんだから日本軍の弱さには呆れる 1990年代以降、ソ連の崩壊に伴いソ連軍の損害が明らかになると、ソ連軍の損害を少なく隠蔽していたことが
明るみに出た。またロシア側により発見された史料による「日本側の被害」は日本側が公表している数値よりも
はるかに多い人数を挙げており、互いに相手に与えた損害を過大に見積もっている。
日本軍は決して惨敗したのではなく、むしろ兵力、武器、補給の面で圧倒的優位に立っていたソ連軍に対して、
ねばり強く勇敢に戦った、勝ってはいなくても「ソ連軍の圧倒的・一方的勝利であったとは断定できない」との
見解が学術的には一般化したと主張される。
秦郁彦も「一般にノモンハン事件は日本軍の惨敗だったと言われるが、ペレストロイカ以後に旧ソ連側から出た
新資料によれば、実態は引き分けに近かった」として、ほか「損害の面では、確かに日本軍のほうが少なかった」
「領土に関していえば、一番中心的な地域では、ソ連側の言い分通りに国境線が決まったが、停戦間際、日本軍は
その南側にほぼ同じ広さを確保してしまう。それがいまだに中国とモンゴルの国境問題の種になっています」
と指摘している うちのじーさん戦争でモンゴル行ったって言ってたけどこれに絡んでるのかな >>198
上海市街戦では短機関銃を装備していたり
緑灰色制服の見栄えが良かったり映画化されたりで
陸戦の得意な先鋭部隊という印象がある。 >>212
いつものことだ。
上級国民の足の引っ張り合い。
そして、上級国民の失敗のもみ消しと責任逃れ。 じいさんの兄がこれで死んでしまった
残された嫁さんとじいさんが結婚してうちの家系が続いてる >>201
敗北だよ敗北。
余裕で勝てた戦争に万単位の犠牲を払った上に目的を達成できなかったんだから大敗北だよ。
逆にノモンハン事件を勝っただの引き分けだの言うチンカスネトウヨどもこそ無能軍部を美化する虚偽喧伝だろ。 >>124
それは戦術的な準備不足のレベルで、戦略的な準備はソ連がしっかりしていたぞ 独ソ戦ではソ連軍の被害の方が大きかったが、ドイツが勝ったなんて言うのはネオナチだけだ
ノモンハンも同じよ >>204
逆にそれはないね。
ロシアもギリギリだったんだよ。
予備兵力がタンマリあると言ってもそれは計算上の話。
もし、その予備兵力を全部極東に移動させたらロシアはもっと早く崩壊していたぜ。
わかるだろ?
モスクワ周辺ですら軍を置いておかなきゃならねえほどロシアは敵を作り過ぎていたのさ。
とても極東に割くだけの兵力は残ってなかったよ。 >>179
日本軍って実は陸軍の方が有能だよな
海軍の方が無能 だからさ。
ノモンハン事件ですらまったく反省しねえチンカスネトウヨどもが支持する売国奴自民党がのさばってる国だからよ。
そりゃ今もロシアに食い物にされ続けるはずだぜ。
どれがムカつくんだよ。
どんだけバカなんだよってな。 >>222
どっちも無能だよ。
クソ官僚どもは今も昔も自分で有能だ有能だと喧伝するしか能が無えゴミどもだよ。 >>220
朝鮮出兵や日中戦争だって日本の負けだしね ようつべで関東軍軍歌を検索すると、昔の韓国のノモンハンを題材にした映画の動画に関東軍軍歌を合わせたMADがアガッてくるんだけど
その映画が、オダギリジョーに率いられた当時の朝鮮出身の日本人が、火薬積んだトラックで次々と旧ソ連の戦車に体当たりブチかましてって
次々と正面衝突してるってトンデモ映画なんだけど、編集が上手くて、関東軍軍歌にかぶせて観てると何とも言えないキブンになる。 辻のこういうところ好きだなw
調印当日になって、ソ連・モンゴル代表団がモスクワより交渉中止の指示があったとのことで
帰国してしまった。
しかし、会議の全権代表であった亀山が太平洋戦争後に語ったところによると、関東軍参謀を
更迭されていた辻が、交渉を妨害しようと白系ロシア人を使ってソ連・モンゴル代表団に対し
殺害予告を行い、代表団が怯えて帰国したとのことであるが、真相は不明である。
さらに、ナチス・ドイツがソ連に攻め込むと(独ソ戦)、ソ連は極東の国境画定に関わる余裕を失い、
ほぼ日本側の主張に従い作業が進んでいった。
そして、ノモンハン以北は満州国外交部の調査通りに従来の国境線(停戦時のソ連軍の占領地
とほぼ同じ)で、 南方のハンダガヤ地区は停戦前に日本軍が確保した土地は満州国領土とする、
満州国に有利な総合議定書が1941年10月15日にハルビンにおいて調印された。
モンゴルはこの交渉により1,140 km2を領土を失ったと悔やんでおり、ノモンハン戦を
領土の争奪の視点から評価すると、日本側の勝利とする意見もある >>225
確かに、支那事変でもそうだよな。
チンカスネトウヨどもは国民党軍がアメリカ等から支援されていたから全滅させられなかっただの何だの言ってるけどさ。
あんなの、今で言えばISみたいな連中だぜ?
それを相手に50万もの兵士を送り込んでおいて取り逃がして最終的には負けちまうんだからどんだけ無能なんだよって話だ。
だからさ。
日本は二度と戦争をしちゃダメなんだよ。
上級国民がバカ過ぎて無理なんだよ。 >>228
武力衝突にならないように頭を使うべきだけどな ノモンハンはスターリンの大粛正の翌年度だからな
どん底のソ連に負けたとか日本の恥部でしかない 二度と戦争をしちゃいけないってわけでもないけどな
100%勝てるのならやるべき
あくまで戦争は国益になるときにやるべきだから
日清も日露も日本にとって悪い戦争ではなかった >>229
そういうこと。
いかに平和裏に交渉を終わらせるかしか日本の生きる道は無いんだよ。
どうせ上級国民は責任を取らねえんだからよ。
そんなゴミどものために俺たち庶民が戦争するなんてありえねえよ。 >>231
日清日露は、維新の英雄たちがまだ生きていた頃だろ?
そんな輝かしい時代をいつまでも日本だと思って進む方向を間違うのが怖いって話なんだよ。
あの無謀な太平洋戦争をやらかしておいて罪も償わずに逃げたクソどもとその子孫が今も日本を牛耳っているんだよ。
維新の英雄たちはもういないんだよ。
夢を見るのはやめろ。
マジ怖いから。 ノモンハンで「負けたこと」にしとかないと何か都合の悪いことでもあるの?w
日本軍の5倍を超える軍団と機甲師団を投入したソビエト側の死傷者数が25,000人を超え、
日本側の18,000人を上回ることが分かり、また日本の戦略的敗北と見られた停戦協定も
ハルハ河畔北東部で日本側が一方的に譲歩しただけではなく、南部では同程度の領土を
勝ち得たことも明らかになった。
兵員損失:日本側18,000ソ連側25,000
戦車損失:日本側29両、ソ連側397両
航空機損失:日本側160機、ソ連側251機
現在、この戦いは、「少なくとも引き分け」との評価もあり、論争が続いている。
服部、辻の関東軍参謀の独善、専行が大敗北を引き起こしたとされるが全くの誤りであった。
GHQの陸軍悪玉論のための虚偽宣伝であった。 あの時期のソ連ってフィンランド侵略とスペイン内戦の介入に忙しかったから、ノモンハンなんて第二戦線もいいとこなんだよな 毛沢東軍が中ソ国境紛争でいい具合に善戦してる
ノモンハンはそれの先駆けだな >>233
日清日露の輝かしい時代ってのは、日本が小国だと自覚して一丸になって頑張った時代の事だから、
常に日清日露の時代のように自国が小国だと意識した上で活動しないといかんよ >>237
同意!
身の程を知ることは本当に大切だよね。 日清日露の頃は不平等条約を撤廃するために必死になった時代だが、
今も日本は敵国条項を押し付けられてるから似たようなもん
日清日露の頃のように常に謙虚でなければいけない 今の日本はもう国民一丸なんて無理だからね。
売国奴自民党とその信者どもが税金を貪り食い、外国人奴隷を大量輸入して国を蝕んでいる状態。
もう末期症状だよ。 >>234
スターリングラードの戦いでドイツ、ソ連どっちの被害が多いか知ってるかい?
ソ連の被害の方が圧倒的多いんだよ
戦争の勝敗を被害の多寡で決めるのは阿呆のする事だ そりゃ武器なしで待ち構えてる敵に突撃したらそうなるわな 日清日露は侍が戦争指導してたもの
日本の公務員に戦争が指導出来る訳無い
自局の拡大以外考えられない あの当時の中国って満州は元より他もてんでばらばらよ
中華民国という政府らしきものはあったが、各地に軍閥が割拠してるし、日本派、英米独派、ソ連派とまあ色々
中華民国の中でも外来勢力を巻き込んで派閥争い
日本軍が戦ってたのは中国ちゅうより軍閥で、今でいうとISみたいなものも含めそういうなのとも戦ってた
宣戦布告もないのは米が最近までやってたテロとの戦いのような位置付けだから >>246
対米英開戦と同時に中華民国に対しても正式に宣戦布告して
1937年に遡って戦争開始としてる >>242
損害はソ連のほうが明らかに多くて領土も互角で微妙
これで日本軍の負け?なんで?
少なくとも「明白に日本の負け」とは言えないよ
ナチス・ドイツがソ連に攻め込むと(独ソ戦)、ソ連は極東の国境画定に関わる余裕を失い、
ほぼ日本側の主張に従い作業が進んでいった。
そして、ノモンハン以北は満州国外交部の調査通りに従来の国境線(停戦時のソ連軍の占領地とほぼ同じ)で、
南方のハンダガヤ地区は停戦前に日本軍が確保した土地は満州国領土とする、満州国
に有利な総合議定書が
1941年10月15日にハルビンにおいて調印された。
モンゴルはこの交渉により1,140 km2を領土を失ったと悔やんでおり、ノモンハン戦を
領土の争奪の視点から評価すると、日本側の勝利とする意見もある ソ連の死傷者が多いから日本は負けてないと言うが
共産国はいつもむちゃくちゃ死傷者出すけど戦争に勝てばいい的な
いつも大量に死傷者だしても数で押し切るのはいつもやんな
そういうの無視して向こうの方が死傷者がと言っても子供の喧嘩じゃないんだからと
最近の論調に思う
諜報戦に情報に駆け引きに負けさらに数量で負けて
でもだって頑張ったもんしても
そりゃ負ける
そしてこういう考え方なら次も負ける >>201
馬鹿かよ。
相手の戦力に匹敵する戦力を用意しないで戦ったんだから、
その段階で敗北だよ。馬鹿が。 陸軍の近代化機械化が世界より遅れていたのが露呈した戦いだった
それでも前線では将兵の敢闘精神で良く戦った
その遅れに対策もせずもっと近代化機械化の進んだ米国と戦端を開いたのだから
上層部の無能ここに極まれり 日本軍の将兵はほんと良く戦った 戦車に歩兵で挑む日本陸軍の変態さにスターリンもビビったんだっけ >>248
ノモンハン以降陸軍の北進論者は、ソ連に負けたとの共通認識を持って南進論に鞍替えをし、
結果対米戦争に突き進む事になる
その後の日本の命運を分けた大敗北だよ 日本陸軍の得意戦法は肉弾攻撃の突貫だよ 気合いで突撃する
今の日本人とは違う別物だ 日本陸軍は歩兵が勇敢だったのは間違いがない
「万朶の桜か襟の色 花は吉野に嵐吹く 」 現代日本人とは死生観が違う 日本に古来より連綿と続いてきた「ある精神性」
それは軍においてよく発露されていたが戦後その精神は地を払った
今や跡形も無くなっちゃった >>252
米軍も二次戦終結まで戦車には戦車でなく、対戦車砲をという用兵思想だよ
まあ、歩兵を機動化せずに徒歩での移動が主だったのはあるが、大陸に送った人数とそもそもの工業力を考えれば仕方ないかなとは思う >>257
戦車の搭乗口を溶接して人肉の缶詰にし、
銃は二人で一丁のソ連兵の方がはるかに肉弾攻撃だよ >>260
バルジの戦いで牽引対戦車砲が大損害食らって見捨てられてたろ
アメリカにしては5000門と控えめな生産数だし 戦争とは戦力だけでは決まらない ラテン系なんて戦争自体ができない国
イタリアフランスなんて弱いだろ 戦争には精神が大事なんだよ
能書きでは戦争は出来ない 情報戦で大負けと認識させられたあたり完敗と言わざるを得ない
つまりそういうとこだぞ大日本帝国軍 負けは陸軍自体が認識していた
その責任を現場の指揮官が取らされ自決を強要されて自決してる
逆なのにな 現場の将兵はよく戦ったが上層部が無能だったのにだ >>263
クラウゼヴィッツ曰わく、戦争は外交を延長線
フランスもイタリアもちゃっかり戦勝国に収まってる当たり戦争に強いと思わざるを得ない ノモンハンでT34が出たら…と思ったらノモンハンを教訓に作ったとか出た。
ノモンハンじゃ日本軍37ミリ砲に撃破されたとか出た。
t34なら37ミリなんてドアノッカーなのにね。
日本はノモンハンから学ぶことはなかったとか書かれてる本があったな。
ソ連はノモンハンから学びt34を作ったんだな >>255
南進論はコミンテルンの尾崎秀美らの工作
日ソ中立条約を守ったのが日本で破ったのがソ連
日本より死者数を上回るってかなり恥だ
まあ、硫黄島も米軍の方が多かったけど ファシズムにかぶれてるくせに軍事オンチなマヌケな日本人が増えた。
戦争に突入するにしても、馬鹿な戦争に突入するのはなぜなのか想像するに難くない。 >>255
それだよなあ
ノモンハンで散々な目に遭った教訓から北進論を諦めて南進論へ切り替え
いきなり準備なしに切り替えたから実際にやってみて齟齬ばかり
最初の予定通り、関特演を実施してればよかったのに。
だがそうしてれば日独伊三国軍事同盟がフルに活かせるから
スターリングラードでのドイツ軍の敗北はなかっただろう 上官の命令に従ってソ連戦車に突撃した日本兵は大半が戦死。
戦闘のどさくさに紛れて上官を射殺して逃亡したり、捕虜にな
った兵隊もいた >>274
いないだろそんな奴 お前の定規で考えるなよ >>273
あいつ等は自分たちが戦勝国で思いこんでるだけで、
フランスみたいに国連の常任理事国にもはいってねーじゃん 戦場が遠い日本が負けただけ
やはり精鋭を派遣して完全勝利を目指すべきだった >>266
フランスはあれだけいいところなく好き放題された割にはうまく立ち回ったと思う
イタリアはフランスのようにはっきり戦勝国として扱われていない辺り若干滑った印象 中国は国共内戦やらせといて、中国戦線に使った軍をソ連領侵攻に使うか
満州の維持を条件に中国本土から撤退し、
欧州戦線や米国の状況次第で、連合国でも枢軸国でもどちらでも参戦出来る状況にしとけ
連合国側で参戦した勝利した場合は、
ドサクサで占領したフランスやオランダの東南アジアやオセアニア植民地の独立
何処の領土にもなってない南極及びその周辺の島々の領有を認めさせろ 生き残った連隊長を自決とか強要してたんだろ?
それは全くいかん(´・ω・`)
負けた戦いこそ、次の勝利につながるヒントがある しかし日本は大陸の原野で戦車戦やる想定なんかしてないからな
そりゃ戦車開発も遅れるよ ブリキの戦車で戦うんだからな 機械化がほんと遅れてた >>266
イタリアはソ連に賠償艦取られたりドイツへの賠償請求を英国に撥ね付けられたりととても戦勝国とは言えんだろ。
イタ公に言わせると戦争で一番得したのが日本で、次がドイツ、そんな役回りを押し付けられたのが自分らってらしいぞ。 イタリアはたまたまヨーロッパにあったから遅れてる弱い国のように見えるだけで、あれほどの
工業国がアジアにあったら、日本みたいに我が物顔に増長してたと思うわ。 砲兵少尉で参加した人知ってるけど、大砲がとにかく足りないのと届かないのをぼやいてたわ。
その後、大阪の高射砲に回されて、そこでもやっぱり大砲が足りないってぼやいてた。 >>270
だって日本の宗主国のアメリカが馬鹿な戦争ばっかりやってるから
第二次大戦以降でまともに勝ったのは湾岸戦争くらいで、それ以外は
苦戦してばかり ノモンハンなんてソ連も日本も酷い戦い方
特に日本の諜報部隊は何してたの?
何もない草原を走る戦車の存在を探知できないとか無能だろ
現地住民を20人ばかり金で雇えば済む話だろ
どうやってたって隠せるものではない
航空機戦力で上回ってるのに索敵もできないとか
何のために軍用機を作ったのよ 戦争なのに事件だの事変と言葉で誤魔化す。
ハルハ河戦争と言おうよ。 これってモスクワかどこかから戦車を鉄道でノモンハンのほうまで運んだんだよな
日本の外交官か、戦車らしいものがおくられようとしているのをみたんだけど
報告もしなかった。 ゾルゲの工作が無かったら、
日本はドイツに呼応して、
対ソ連戦に参戦してソ連は滅亡していた。 ノモンハン時点でソ連が5万両の戦車保有してることは日本も知っていた
しかしそれが辺境のノモンハンで出てくるとは思ってなかった
原野みたいなところで戦車野戦展開しても、燃料切れでろくに戦力にならんだろうとタカをくくってた ソ連はジューコフに、絶対勝利を命じていた
日本はただの辺境紛争としか見ていなかった
負けるべくして負けた こういう各種戦闘のノウハウを悪用した、アメリカ陸軍が
アフガニスタンで、ロバだけに負けてんの見たら
陸上自衛隊の馬鹿装備ってなんだと思うけどな
王様の耳はロバの耳 結果だけで言えば、死傷者数はともかく国境線がソ連の主張通りの所に収まったみたいだから負けなんだろうけど
日本も総力を持って戦っていればって気がする。航空戦では圧勝なんだから、もっと行けたはず そんなこと言われても、これなんの話か理解できないよ
中古で買ったアメリカ製のコートで、そっちの陸上自衛隊の馬鹿が
でかいバッテリー抱えて覚醒剤打って、こっちを電気で焼き殺そうとしたのを
失敗しただけを言ってないか、谷川のアメリカの工作員
そのバッテリー攻撃がいっさい効かないので、椅子に水銀塗る攻撃だけに終始するようになった
おかしいのは、そのいう水銀は、警察の機動隊しか持って無いはずだ
なんで銀行の手下の左翼の右翼でもないのが持ってる、警察に腐って内通者が居るだろ >>284
イタリア人の視点は割と他人事だなあw
>>285
イタリアだって欧州に英仏独が無ければ欧州の大国だぞ!
WW2日本戦車もイタリア戦車も米英独ソに次ぐ世界5位を争えるぐらいの水準 >>263
イタリアフランスが弱いとか、どこの世界から
来た人ですかね? >>5
ノモンハンはモンゴルに都市なんですね。
ハンといえば、チンギスハンですわ、このハンの意味は<王>という意味で,いうなら尊称ですわ。
ところで大阪(大いなるハン)では、人様のことを○○ハンといってまっしゃろ、かなりのモンゴル系が
いてはると違いまっか。 >>2
それは半分合ってる
もう半分は間違ってる
実際は日本側は壊滅だった
ロシアは壊滅というか続々と投入できた >>297
ないな
日本が戦力を投入すればソ連はそれ以上に戦力を投入してくるだけ 陸上自衛隊はもうすっかりこの教訓を忘れてしまったな >>301
俺の行ってた神戸商船とか、東京の連中から見たら満州国建国大学に見えたらしいな
この話題も、なんかの呪いか
安倍晋三ほか三菱の馬鹿の岸信介の満州国での麻薬製造
俺の居る地元の香川県の大平正芳はその金庫番だった、あーうー
その利権にイギリスのアホが入ろうとして戦争になった 負け戦をさも勝ったかのように言うのは恥ずかしい・・・ >>308
警察の谷川に、イギリスのアホの工作が紛れ込んでる
それで日本の満州国利権を破壊しようとしてんだろ >>288
ソ連はシベリア鉄道の沿線から住民を追放して、千キロに及ぶ補給路沿いも立ち入り
禁止にしている。この厳しい情報統制も文書の公開で明らかになっている。
ちょうどシベリア鉄道で帰国中の土居参謀の監視も厳しく、寝たふりをしてジョイント
音で編成を類推するとかしている。
日本の航空機の対地協力の拙劣さは日本軍でも問題になった。弾着確認のために航空機
に乗り込んだ砲兵将校が、弾が目標に当たらないのにたいして、へたくそとか罵る
ばかりで、適切に弾着を修正させる連絡を行っていなかった。 近接航空支援というやつだな
地上で航空機に攻撃指示を行う士官は、存在を察知されると
集中攻撃を受ける大変に危険な任務のようだ >>305
そもそも中国戦線で手一杯のところにロシアと事を構えるなんて…って話だからねぇ
尚ハル・ノートつきつけられて欧米列強と戦争する未来w 装備や練度が微妙な部隊でソ連に大打撃を与えても
ろくな増援送らず見殺し、さらに政府が陸軍の報告より
ソ連大勝利のソ連のプロパガンダの方を信じるというw いくら打撃を与えても最後に負けたら負け
この教訓から総力戦の何たるかを学ぶべきだった 現地の兵隊さん達は英雄的な戦いをした
それに対する評価が低すぎる 森田徹大佐って戦死した指揮官が居るけど実はバリバリの牟田口派閥
昭和18年発行の死後の自伝に牟田口が前文を書くぐらい 戦略の誤りを戦術で取り返せはしない
そこに目を背けて、本当は敵に大打撃を与えてただの兵隊が頑張ってただの言ってみても何にもならない >>112
>モスクワを落とすのは無理だった
ソビエトが強かったように聞こえるが実際は
米国のユダヤ共産主義者が武器貸与法で戦闘機・戦車ほか膨大な物資を与えたから
ユダヤは血の革命と粛清で作り上げたソビエトを守りたかった訳
革命指導者の8割がユダヤ人だった ここで勝とうが負けようが最後に負けて未だに朝鮮人に嫌がらせをされているんだから同じこと 日本が満州で共産主義を阻止しようと熾烈な戦いをしていた時後ろから足を引っ張ったのはアメリカですw うちのじいさまがノモンハン当時からの流れを詳しく語ってる。
その当時戦車作ってなかった日本側は爆弾抱えた兵士に戦車へ特攻させて
みんな吹き飛ぶか轢き殺された。でも戦車はびくともしなかった。
特攻を命令した指揮官達は帰国後耐えきれず全員自殺したってよ。
「自分が信頼してきたかわいい部下達をあんな風に殺さなきゃいけないなんて
そんな悲しい事はないよ」とじいさまはいつも言っていた。
そういう背景があって当時の早稲田大学理工科の学生達なんかも動員してこれ以上無駄な爆弾テロ
しなくていいように急ピッチで国産戦車の開発をしたのね。じいさまもそこにいた。
同盟国のドイツから参考用に戦車の設計図のコピー送ってもらったんだけど、
肝心の寸法が書いてないw 軍事機密だから同盟国でも教えられないんだって。
だから本当に手探りで戦車の開発をする状態で、しかも早くしなきゃいけないってんで
現場は不眠不休で開発してたから学生やエンジニア問わず多くの人が過労死したのね。
ブラック労働で免疫落ちる人が多発したからか、学生やエンジニアの間で結核まで流行っちゃって、
でも入院して現場離れると後ろ指刺されたり家の体面に関わるからと休養も入院もさせてもらえなくて、
どんなに体調悪くても結核でもそれを隠して我慢して業務してた学生達(大半がお金持ちの長男)も多かった。
じいさまはそうしてブラック労働で弱っていった友達(全員長男)を3人失った。
噂だと、そうやって開発された国産戦車なんか性能悪くて使い物にならなかったってね。
じいさまは末っ子だったので家の体面とか背負わなくて良かったので体おかしくなったら
すぐ入院したので全快して最終的に私がいるw 散兵線の戦術ミスで花と散ってしまった戦闘
馬鹿が「十面埋伏の陣」気取りで個別に戦った結果、ソビエト機甲横隊の複線縦深突撃で壊滅した
「装甲打撃力」という現物に「歩兵の本領」という精神武装で戦わせた幕僚という名の馬鹿僚たち ノモンハン惨敗伝説は、太平洋戦争のボロ負けに乗じた左翼のプロパガンダだろう
アメリカが本気になればウンコでしかないソ連をでかく見せたがって、ソ連の宣伝
工作に乗ってただけ >>328
蒋介石が中国で共産主義を阻止しようと熾烈な戦いをしていた時後ろから足を引っ張ったのは日本ですw >>334
蒋介石の後ろ盾になってたアメリカの軍事顧問が日本と手を握ることを許さなかったんだろw ソ連はともかく米英との戦争を避ける方法はなかったのかねぇ >>29
ってえか、満蒙国境線確定でモンゴルの主張通りになったなら、戦略的敗北以外の何者でも無かろう。
「事変」と言う呼称だから陸軍暴走とかを喧伝するムキも多いが、日本政府機構の失態である事は否めない。
満洲国建国と言う国策計画を全否定する気も無いが、オチは辺境の部隊や開拓団見捨ててるからな…負ける戦争はやっちゃあいけない。
幾ら前線の兵員が奮戦しても、活動限界来たらそれでおしまい…如何に限界来るのを引き延ばすかも政治の領域だと思う。 >>1
精神論で昇華していた陸士・陸大が聞く耳を
持ったか、軍部のテロに屈せず持論を堅持し
軍部の統制に一命を投げ出した政治家が居たか
は別にして。
あの戦争がどれだけ無謀なものだったか、当時の
日本が戦争(総力戦)などできない国であった事を
歴史の教訓にする為に、ノモンハン事件こそ、
義務教育課程や防衛大で学ぶべき。
この先、日本が周辺事態から防衛力強化に向かわ
ざるを得ないなら尚更。 >>328
そのおかげで朝鮮戦争、ベトナム戦争を
戦わなければならなくなったのは皮肉だね
米国上下院、軍事合同委員会でマッカーサーが言ってるように
「日本を叩き潰して米国が得た物は、共産主義との戦いだった」
誰かも言っているように満州国はユダヤが激怒したので、
フグ作戦はどちらにせよ、成功してなかったろう >>1
今さら何をどう言おうが情報戦で相手方が勝ってたから日本は負けた
情報戦は今でも続いてるというのに自民党は金を出さない
だから9条変えても次も負けるぞ >>343
それをボロ負けとは言わん、露助の方が死者数多い(隠蔽)
拠点奪取されてるので、日本の負けだとは思うけど>ノモンハン
ただ硫黄島と違って、日本軍にやる気なかったのがなー…
ノモンハンって重要拠点でもなかったろ、ソ連は知らないけど ソ連の思惑通りに国境線変えられたのに
勝ちだという奴の意味が分からない ノモンハン当時日本の戦車は世界水準だったのだ。米国も1940年軽戦車僅かに
在っただけだと知られていない、戦車王国ドイツですら大戦初期軽戦車と短砲身戦車が主流
だったのだ。 それが証拠にソ連戦車、装甲車は日本の速射砲で面白いほど各坐炎上させている。 >>350
ドイツの所謂「電撃戦」に六号T型やU型が帯同したら
そらもう足手まといになるだけだったんだろう
重量70トンのタンクの出番は後退戦だな 現場の兵士指揮官はよく戦ったが、関東軍首脳があまりにも無能すぎた ソ連…「思ったより損害が大きかった、隠蔽しよう」
日本…「思ったより戦果が大きかった、負けたのを現場のせいにできないから隠蔽しよう」 長砲身の戦車は普段の運用が危険なので、なかなか各国採用しなかった
自衛隊でも74式戦車で木にぶつかって中の人が死ぬ事故起きてるし ノモンハンで日本が勝ってたとか馬鹿すぎ。
当時の日本軍ですら大敗北に衝撃を受け、報道を制限。
あの時代、もし勝ってたなら軍部はこれでもかと国内で勝利を大々的に宣伝している。
あまり報道してはいけないことだったのが、敗北のわかりやすい証拠。 >>346
争った土地は無人の大平原の一部で、誰が領有すると言っても、実質的に境界線なんて意味が無いような荒野。
これはもう皆そう言ってるね。
関東軍、辻の功名心で起こったこと。 >>357
しかしそこの侵入を許すと、次は住民のいるラインまで取られちゃうんだよ >>354
www
ここで日本軍が意外に頑張ってた事が露呈すると、
北進論→南進論の切り替えに都合悪くなるからね
ロシアから何故か表彰されてる尾崎秀美は、ソ連の英雄だね
ちなみにソ連は日ソ中立条約締結で、満州国を正式に認めています
つまり、露清密約で清国が露助に売り払った満州は、
正式に国際的に、ソ連は手放した 関東軍起案の「満ソ国境紛争処理要綱」
〇 軍は犯さず犯さしめざるをもって本義とする
〇 国境線不明の場所がある場合は、司令官は積極的に国境線の策定に当たる
この場合、一時的に国境線を超えて敵国領地に入るを可とする
〇 もし、国境線を侵略する者がある場合は徹底的に破砕殲滅する >>346
ソ連の方が人的損害が多いと言っても1:1をでないし、
投入兵力では関東軍はほぼ壊滅したのでボロ負け。 >>250
戦線不拡大で逐次投入したのは確かに失策ではある
ただ、損害比はソ連も大きいのと、調子に乗って仕掛けてきたモンゴル軍ボコボコにして
逆侵攻して取られた分取り返してはいるので、昔の話ほど実態は酷くない。負けは負けだが
あまりに酷い損害にジューコフ訴えられかけたが、告発しようとした奴らをシベリア送りにして免れた
後にその事も含めてフルシチョフ利用されてジューコフは蹴り落とされた
まあ、ノモンハン誇張しすぎて対日で活躍した最精鋭部隊が、ジューコフが指揮してない場所で何故か戦ったりしてたのもあるがw 結局日本は軍人がパーだったのか、優秀だったのか、
どっちなんだ? 砲兵火力と輸送能力で劣り係争地の8割失ったから普通の負け程度だな >>363
ジューコフによると日本軍の現場の将兵は勇敢だけど、高級将校はあまり優秀ではなかったらしい。 将校は学校秀才が上にいけるシステムだったからな
特に平時が続けばそうなる傾向は強かろう >>350
そら列強の戦車軍団を目指して開発した虎の子戦車軍団を投入したんだからそらそうよ
が、結果は散々だったもんで夢の戦車軍団構想は潰えて以後は歩兵支援用にのみシフトしていく
日本の戦車開発の限界を知らしめたエピソードやぞ、ノモンハンは >>363
正解は両方だが、軍だけで見るから間違える
売国アカモン(共産主義)が、この国を破滅させようと
シナ事変以降は意図的に動いた
政界、官界、そして軍部上層まで介入 by近衛上奏文
牟田口、富永、木村みたいのが居る一方
硫黄島の栗林中将などの素晴らしい軍人も居る http://www.bekkoame.ne.jp/~bandaru/index2.htm
かなり前からあるサイト
面白い 売国アカモンは戦後もろくでもない事やってるがね
戦勝国に正義は全くなかった。それどころか民間人を大虐殺した
東京大空襲(東大は何故か空襲されず)を始め、
東京裁判でそれが明らかになった、さてどうする?
この時、日本の正義、大義、国民の生命と財産を犠牲にして
己の社会的地位のタメ、要は保身のために戦勝国の味方をした不届き者が居た、
それがお前らの大好きな、東京大学ってところよ(特に法)
名指しすると横田喜三郎、丸山、佐々木、小宮、我妻栄と憲法学者が多い
そいつらの系譜が今も続いていることをお忘れなく、
雅子さま本人に罪は全くないが、奴の親父(外交官)は横田喜三郎の教え子よw ノモンハンで負けた日本は日ソ不可侵条約を結ぶ
その直後に独ソ戦が始まる
いかに日本が情報戦に弱いかを象徴している 売国アカモンの目的は、この国の破滅と天皇制の破壊、
横田喜三郎は、天皇制廃止も主張して勲章貰った(飯塚と同じ)
その横田の教え子の娘さんが、
巡り巡って今上天皇に嫁いだとは皮肉だね イミテーション・ゲーム
提督の決断で例える情報戦
web小説しか書けないよ~ 勲章はオモチャ(ナポレオン)だからどうでもいい、ルメイに
勲一等差し上げた国だぞ。昭和帝は親授を拒んだが。 んで、ノモンハンの件に戻るけど
東大コミンテルンの目的は
「日本はソ連に敵いっこない、だから南進」と
印象付けたかったのではないかな
だから諜報部も、ノモンハンに向かう戦車隊?をワザと見逃した、
それでも、予想以上に現場が奮戦しソ連に被害が出たので、
どちらも想定外だった。日ソ、共に隠蔽する理由はこれが最も妥当 ハンターキラーの小説版 映画化される前に見たかったけれど、相変わらず、
時代遅れだなと痛感。電子書籍に賭ける あの戦争で何が悪かったのか
東大新人会、東大コミンテルン、太平洋問題調査会(IPR)、昭和研究会(朝飯会)
殆ど重複。こいつらが用意周到に、日本を破滅させようと計画した
太平洋戦争でなく、シナ事変から
それでも、天皇制の破壊は出来なかったようだ
ま、東大コミンテルンに軍部中枢を入り込まれたので、、
それをして、軍部が悪いと言ったら、そうなんだろうけど
参考程度にどうぞ。当たらずとも遠からず >>372
日ソ中立条約にはノモンハンは関係ない
糞ドイツがソ連と勝手に不可侵条約を結んだからだよ
日本はそれで内閣が吹っ飛んだし、それを受けてしぶしぶ結んだに過ぎんよ
その後のドイツのソ連侵攻はこれまた日本も裏切られた形
単に外交音痴な日本がドイツの自分勝手な行動に終始振り回せれたかっこう >>376
いや、対ソ戦にもっていくために後ろをソ連が暗躍するシナ勢力から突かれないためにも一撃を加えにいったんだよ
そしたら思いのほか勝っちゃって、これ行けるかもといってイケイケどんどんで泥沼化した
つうか、当時の日本にはソ連へ軍事コンプレックスなんか全くなかった
日露戦争、シベリア出兵はいうに及ばず、当時においても大陸に駐留した兵隊は現地ロシア人を虐めまくってたし、舐めまくり >>355
今井雅之の同僚が戦車で事故死とかいってたのはこれなのかな。ほかにもいろいろあるか… >>381
まあドイツとかと軍事同盟結んだ時点で終わってる
共産国の脅威を理解してなかったアメもアメだが >>385
狭い砲塔内で主砲射撃をしたら、砲が砲架をバックして衝撃を受け止める構造
なのだが、真後ろは非常な危険地帯
十分に注意はしているのだろうが、74なら装填手が危ない
今の10式とかは車長、砲手、操縦手の三人体制だから危険は減少している 撤退してハルハ河を渡るときにフル装備で川に入るから何人も流されたらしい
で、装備を下ろして渡ってきた兵士を上官が叱り飛ばしてもう一度向こう岸に下ろしてきた装備を取りに行かせてまた流されたとか
そんな様子をソ連兵が戦車から目撃していたとか ノモンハンで「負けたこと」にしとかないと何か都合の悪い人がいて草
日本軍の5倍を超える軍団と機甲師団を投入したソビエト側の死傷者数が25,000人を超え、
日本側の18,000人を上回ることが分かり、また日本の戦略的敗北と見られた停戦協定も
ハルハ河畔北東部で日本側が一方的に譲歩しただけではなく、南部では同程度の領土を
勝ち得たことも明らかになった。
兵員損失:日本側18,000ソ連側25,000
戦車損失:日本側29両、ソ連側397両
航空機損失:日本側160機、ソ連側251機
現在、この戦いは、「少なくとも引き分け」との評価もあり、論争が続いている。
服部、辻の関東軍参謀の独善、専行が大敗北を引き起こしたとされるが全くの誤りであった。
GHQの陸軍悪玉論のための虚偽宣伝であった。 損害はソ連のほうが明らかに多くて領土の得失も互角で微妙
これで日本軍の負け?なんで?
少なくとも「明白に日本の負け」とは言えないよ
ナチス・ドイツがソ連に攻め込むと(独ソ戦)、ソ連は極東の国境画定に関わる余裕を失い、
ほぼ日本側の主張に従い作業が進んでいった。
そして、ノモンハン以北は満州国外交部の調査通りに従来の国境線(停戦時のソ連軍の占領地とほぼ同じ)で、
南方のハンダガヤ地区は停戦前に日本軍が確保した土地は満州国領土とする、満州国
に有利な総合議定書が
1941年10月15日にハルビンにおいて調印された。
モンゴルはこの交渉により1,140 km2を領土を失ったと悔やんでおり、ノモンハン戦を
領土の争奪の視点から評価すると、日本側の勝利とする意見もある 公平に見たらどう考えても「負け」ではないよね
1990年代以降、ソ連の崩壊に伴いソ連軍の損害が明らかになると、ソ連軍の損害を少なく
隠蔽していたことが明るみに出た。またロシア側により発見された史料による「日本側の被害」は
日本側が公表している数値よりもはるかに多い人数を挙げており、互いに相手に与えた損害を
過大に見積もっている。
日本軍は決して惨敗したのではなく、むしろ兵力、武器、補給の面で圧倒的優位に立っていたソ連軍に対して、
ねばり強く勇敢に戦った、勝ってはいなくても「ソ連軍の圧倒的・一方的勝利であったとは断定できない」との
見解が学術的には一般化したと主張される。
秦郁彦も「一般にノモンハン事件は日本軍の惨敗だったと言われるが、ペレストロイカ以後に旧ソ連側から出た
新資料によれば、実態は引き分けに近かった」として、ほか「損害の面では、確かに日本軍のほうが少なかった」
「領土に関していえば、一番中心的な地域では、ソ連側の言い分通りに国境線が決まったが、停戦間際、
日本軍はその南側にほぼ同じ広さを確保してしまう。それがいまだに中国とモンゴルの国境問題の種に
なっています」と指摘している 独ソ戦はソ連の方が損害多かったからドイツの勝利と言ってるようなもんだな >>391
その数年後に獲得した領土を一気に失ったんだから負けは負け 損害の多寡で勝敗が決まるなら自爆テロで二人以上巻き込めば勝ちってことになっちゃうだろ
戦闘とは手段であって目的ではない
この辺を理解してないから頓珍漢なレスになる
拠点を奪取するもしくは防衛するという目的が達成できるなら戦闘は存在しなくても良い
というか戦闘がないのがベスト
戦闘が発生した時点で既に減点 >>394
その理屈だと国が崩壊して領土分割されたアホな国がw 火力差考えると日本陸軍の強さは異常
海軍?弱すぎて話にならん 損害が多いのを「一切関係ない」なんていうのこそ極論だよw
それの意味するところは戦術的な敗北だし戦術的な未熟、拙劣をさらすこと
でもあるし味方の士気を損ねて戦略予備を消耗するってことだから
結構重要なことなんだよ
もともと紛争多発地域だったあんな平原しかないような場所で結果的に
同程度がやや多いくらいの土地を奪取してるんだから負けとも言えない
>>393
ドイツはソ連軍に領土を洒落にならないくらい大きく飲み込まれてるうえに
非戦闘員の自国民を大量虐殺されてる。ノモンハンとはぜんぜん違う >>397
学校教育ドロップアウトした外国人のおっさんを選挙で国家元首にした国やな >>401
日本軍の完全勝利とは言えないけどw
客観的に見てすくなくとも敗北ではないよな 当時の日本の情報収集能力が低かったのは間違いないな 日本軍の兵力逐次投入がいかにバカだったかって、結論が出てるのに。
連隊長戦死なんて考えられない。
23師団の作戦失敗と敵軍を甘く見てたのが原因。
どうせやるなら、関東軍全力でやるくらいでなければ勝てなかった。
それをやったら全面戦争になるからできない。
たかが数百メートルの国境線の移動に、どれほどの血が流されたのか。
それも、見渡す限りの荒れ野なのに。 >>403
俺は、むかしのバンダイの漫画にあったように秩父の盆地で
陸上自衛隊の馬鹿と戦ってる気狂いなんけ
おらてっきり、谷川のプロテスタントの馬鹿の、似非右翼相手だと思ってたが >>9
歴史わかってるやつで東京なんて思ってるやつ一人もいないだろ・・・ >>397
満州鉄道株なんか株の世界では、政治リスクが現実になって株価堅調な株券が紙くずになった好例 >>406
そんな意見は戦術とも戦略とも関係ない
情緒的な反発の域を出てないよね
上級指揮官の戦死なんてあらゆる戦場でみられることだしな
もともとあの辺りは紛争多発地域だったんだよ
それがたまたま大きくなっただけ。で、日本側は2個師団未満しか投入せずに
結果的に領土の損失、獲得で均衡することに成功した 東京の馬鹿は、たた皮ずして勝つ、だったと思ったが
ずいぶん若造の仕官とやらが居たもんだな >>398
大砲の消費砲弾量は日本軍6.6万発に対しソ連軍は43万発だそうだ。
これほど火力に差があっては個々の兵士の強さは関係ない。
問題は関東軍は東京の本国からソ連と戦えともいわれてないのに、
独断ではるかに優勢な敵にむかっていったこと。 村上春樹のねじまき鳥でそこだけ読んだら印象に残り過ぎて
逆に別の話がどうでもよくなった >>166
> ソ連は補給用の鉄道を引いてから戦闘を仕掛けて来ている。
それは時系列がおかしいかも。
ノモンハンの東約120kmのタムスクまで軽便鉄道が敷かれるのはノモンハン事件の
あとだよ。事件の当時は、ノモンハンから北方に750km程度行ったところのボルジャ
駅などがもっとも近い鉄道拠点だった。ボルジャを通る東清鉄道が開通するのは日露戦争
のころで、ずっと前のことだ。
ちなみに日本軍の場合は、同じく旧・東清鉄道(事件当時は所有が満鉄に移ってる)の
ハイラル駅がノモンハンへのもっぱらの鉄道拠点となっており、距離は約200km離れ
ていた。 >>219
> それは戦術的な準備不足のレベルで、戦略的な準備はソ連がしっかりしていたぞ
それは正しい見方だろうね。
ただジューコフの着任からほぼ1か月が経って、7月初めにはソ連軍がノモンハン方面に
兵力と物資を集結させつつあったとはいっても、現地のノモンハンにはまだ一部しか配置
されておらず、縦深性のある陣地の築城もなされていない状況のため、日本軍の攻撃に対
しては脆弱だっただろう。
7月初めに日本軍が包囲攻撃を仕掛けてきたとき、ソ連軍は約120km後方のタムスク
から第11戦車旅団や第8装甲車旅団などを呼び寄せたが、日本軍のハルハ河西岸への渡河
という予想外の事態に追いつめられ、本来戦車と歩兵を組み合わせるべきところをそうせずに、
到着順に逐次投入して大損害を出した。しかし結果的には日本軍の前進を食い止めて追い
払うことに成功し、包囲の意図をくじいたのだから、正しかったのである。 >>415
> ノモンハンの東約120kmのタムスク × → ノモンハンの西 〇 >>351
> ソ連戦車、装甲車は日本の速射砲で面白いほど各坐炎上させている。
しかし日本軍の速射砲のほうも次々破壊されてしまって、力尽きた。やはりまともな戦車
がないと前進は続かない。
教育総監部編『ノモンハン事件 小戦例集』(成武堂、1941年)の戦例の第11に、「遭遇
戦において歩兵大隊が優勢なる敵機甲部隊の執拗なる攻撃を破砕しつつ展開掩護の任務を
遂行せる戦例」というのがあって、7月2日のハルハ河西岸の戦闘の一部の経過が書かれて
いるが、
午前10時から速射砲などでソ連軍の戦車・装甲車を撃ち始めて、その多くを破壊したが、
午後15時50分までに速射砲・連隊砲・大隊砲をすべて壊されて、機関銃だけでソ連軍の
戦車に立ち向かっていき、大隊長が戦死する戦いになってる。 >>413
関東軍の偉い人は勝手に戦端を開いて処分とかさなかったの? >>419
関東軍は、満州国から予算をもらって国防を委託されてたから
日本本国の意向を忖度する必要がない。 出血してでも結果をとるというジューコフの作戦方針は
この時点で既に見て取れるということかねぇ >>110
360万人失っても勝ってしまうソ連、凄すぎ >>419
処分なんかしたら反乱だわな
太平洋戦争末期の関東軍なんて治外法権状態だし >>420
金をくれるところが親分とか傭兵みたいだな >>420
じゃ満洲国の傭兵部隊にすぎないじゃん。 封印もなにも辻だろ。こんな既知より辻がどこに封印されたかちゃんと探しにいけよ、この研究家
どうでもいいゴミみたいな原野だったからソ連がやめてくれてよかったってお話 >>393
松岡が余計なことをしていなければソ連を後ろからつけたのに。 >>40
ドイツがソ連に攻めかかった時に後ろをつけばよかったのに。 >>429
だな
どうせ真珠湾で宣戦布告せずに攻撃するくらいなら
ドイツがモスクワに迫った時に日本も北進すべきだった >>416
そこら辺にはこちらも異論はない
結局あの戦いは日本の負け
ただソ連が宣伝し、日本や世界が受け止めたほどソ連の圧勝ではなく、両者の戦力差から言えば日本が思いのほか善戦していたことがハッキリした戦いって事だと俺は思ってる
日本側も現場レベルでは反撃に向けた志気がだいぶ高かったのも、そこら辺が理由だろうね >>429
>>430
松岡外相は実際そうしようと動いたんだけどね
やんごとなきお方の強烈な反対があって頓挫したが
もっとも統制の効かない振る舞いをしている軍に対する不信感も募っていたわけで無理もない >>432
その後の戦争に負けたのはやんごとなきお方のせい
こういうことですか? >>53
最大の闇シベリア抑留が全く話題にあがらない(ソ連の責任追及、外交問題にならない)点を考えても、中国だアメリカだ朝鮮だの次元じゃない闇を感じる。
各界相当内部に浸食されまくってんだろうね。 ジンオウガが出てきてSF怪獣ものになってしまって冷めたわ >>431
日本軍側は主力部隊が壊滅して係争地の殆どを奪われたのになぜそう思うかね。戦力差って言うけどそれは国力差だけから来たものでなく、関東軍指導部が
ソ連軍などそれで十分勝てると侮って向かっていった結果だよ。 >>418
日本軍側の速射砲は数が限られてるが
ソ連軍側は砲兵の砲撃の下に戦車・装甲車、歩兵が次々と来襲したんだから当然の結果だな
兵力が限られ増援が無かった事が問題。 >>420
国防を委託されてたのは関東軍じゃなくて日本軍だろw
在日米軍が勝手に戦争を始めたようなものだ
満洲事変以来、処分すべき所を放置したから統率が取れなくなっていた。 >>436
日本政府や日本軍中央の意向を無視してるから
大兵力のソ連軍に対して戦力の集中が出来ず、殆ど現地の部隊だけで戦ってるね
情報収集を怠りソ連を知らなすぎだな。 >>429
ソ連と戦争しても何も良いことないだろ
日本軍がシベリヤで氷漬けになっている間に独ソ戦終了して
怒り狂ったスターリンに復讐されるだけ
マッカーサーとスターリンなら、マッカーサーの方がマシw >>429
それを恐れて156万人以上の兵力をシベリア鉄道で動員してた
対応しきれなくなった日本軍は衝突を恐れてソ連軍と対峙しない方針を打ち立てた
ノモンハンの敗戦は検討外れな解釈と考察で全ての犠牲が無駄になった >>433
敗戦の責任はともかく、結果的に英米との戦端を開くに至った決断ではあったね
ソ連と戦う分には英米が敵対することはなかったと後年のイギリスだったかな?そういう分析はあった
でもバタフライ効果で蝶に嵐の責任を問うようなものだね >>436
なぜそう思うのかねってのが何を差しているのか分からないな
戦力差を国力の差なんて言ったつもりはただの一ミリもないんだが
日ソの全面戦争での話をしてるのではなく、ノモンハンの話をしていることくらい分かってほしい
君が指摘した部分に何の異論もないばかりか、それを踏まえた話しかしていないぞ ノモンハンでロシアが日本軍を研究させた事が失敗
あちらはノモンハン戦争といっている
こっちは事件だけど >>443
善戦したというなら戦力差も考慮に入れて戦うべきだろう。
日ソ全面戦争でなく単なる国境紛争なのだから。
君は関東軍のトップや参謀も作戦面で善戦したと思ってるの? >>418
そもそも、速射砲は自身を隠す場所からこっそり撃って戦車を
破壊するしか運用できないんですよ、少なくとも欧米の軍隊の
運用ではね、でないと一発発射すると自位を悟られてすぐに
反撃の砲弾で砲、兵ともに木っ端微塵。
が日本の速射砲隊は全く臆せず攻撃に専念、戦果は大きいが被害も
大きい、海軍雷撃隊の必殺の近接雷撃と同じ、戦記に残された記述
からも「命中」「命中」と叫んでいたのに、すぐに轟音と共に砲の車輪が
転がって兵は四散してしまったとある、自位を隠す場所が無い平原で
援護も無く迫って来る戦車に冷静に照準合わせ打ち続ける。
やってのけるのは旧日本軍だけだろう。 >>446
君はどうも前提を無視して話してる
俺はソ連の宣伝で常識とされていた程にソ連の圧勝だったわけではないって話しかしていない
俺の書き込んだのを全部読んでいないだろうから無理もないが、ソ連の方が準備をしっかりやっていた事も書いている
あくまでも戦術的レベルでの善戦だったことも書いている
ましてや上層部の評価なんかただの一度もしていない >>446
>善戦したというなら戦力差も考慮に入れて戦うべきだろう。
こういうバカがいるから補給軽視、軍備軽視になるんだろな
戦争ってのは事前にどれだけ準備できるか?だよ
マンガやアニメばかり見てるから少数で多数を打ち破ることを善しとする
開戦前に戦力で相手を上回ることこそ重要 >>449
それこそ絵空事、自軍の完璧な状態で開戦を
始められたら指揮官はなにも苦労する事は無い。
たとえば君の家族がプロレスラーみたいな暴漢に
襲われたとしよう、そうすると君は勝てっこない
と黙って見過ごすのかな、普通ならやられても
家族が逃げる時間は稼ぐ為にも断固としてやる、だろう。 >>423
独軍が東部に展開してた戦力がピークで400万くらい
ソ連が600万だったかな、言うほどに両軍に戦力差があったわけじゃない 兵隊を自爆覚悟で戦車に突っ込ませておいて、自分は戦後ものうのうと生きてた辻政信 >>451
その例えは国境紛争には当てはまらないだろ。
ノモンハンで日本側に何か時間的な制約があったの? ハルハ河戦争に従事したソ連兵の手記を日本語に翻訳したのを読みたい。
2000年代に手記を独自に翻訳したサイトがあったが消えた。
手記によれば従事した人の大部分が日本のシベリア出兵による虐殺を体験した家族、親戚が居た。
そのためうらみで敵討ちの気分がありこれは満州樺太への進出軍兵も同じだった。 >>424
放置したから太平洋戦争になったのかと思ってたわ 関東軍なんて幹部の逃げ足の速さはソ連軍も呆れたほど。
満州に攻め込んで必死で幹部を捜し回ったが捕まる兵、
T-34のキャタピラにに轢かれて死ぬ兵全て雑魚。
生きていたのをとっ捕まえて尋問したらとっくの昔に大陸を離れていたという。 >>174
>戦車の時代に歩兵突撃
そんな時代は無いが?
独ソ両軍でさえ実態は馬匹主体の兵站段列に支えられた徒歩主体の歩兵が主力。
>空母の時代に大艦巨砲
後知恵+事実誤認。
航空兵力の水上艦に対する圧倒的優位性が確証を得たのはマレー沖海戦。
そもそも帝国海軍の30年代以降の戦略構想は戦艦を主体としたそれでなく航空兵力による漸減邀撃へと変遷している。 >>423
戦死者も戦費もソ連の方が膨大だったが相手が降伏したから勝利
ヘイヘとかユーティライネンとかカタヤイネンとかマンネルハイムとかで有名な戦争があってだな >>174
そりゃすぐには切り替えられんさ
製造には年単位かかるし設計も同様
設計思想段階から考えれば相当の年数が必要
ちなみに戦艦大和や戦艦武蔵は大艦巨砲主義の象徴となっているがアメリカが巨大戦艦を作らなかった理由は技術的問題でもなければ航空機戦力の重要性にいち早く気付いたからでもない
太平洋と大西洋を結ぶパナマ運河を通過できるサイズの戦艦しか作っても運用上問題が出るため作らなかったに過ぎない
巨大戦艦を作らない代わりに空母に注力した結果が偶然上手くいったにすぎない サウスダコダ級もアイオワ級も作ってるわ
単にパマナ運河で制限があっただけ >>462
アイオワ級がパナマ運河を通れるギリギリライン
まさかアイオワ級が大和級と同等だとでも? >>329
興味深い話をどうも
やはり日本陸軍にとってノモンハンは負けに等しい戦いだったんだな 最初一個師団位なら小松原にやらせてみたらって感じで軽くやらせたら泥沼化してって兵力の逐次投入とか陸軍は孫子の兵法とか研究してなかったのか 損失、兵力比から考えて日本は善戦したとか逝っちゃってるけどさ、
独ソ戦での損害比やフィンランドの冬戦争、継続戦争の赤軍の損害を考えると
日本帝国はしょっぱすぎて笑っちゃうぐらいしょぼいのな
遥かに絶望的な状況のフィンランドとかもう赤軍をバッタバッタとなぎ倒してるの
寡兵なのにな
航空戦もそう
日本の97戦は活躍した? 蓋を開けてみたら正直大したことねーんでやんのなw
フィンランド空軍のキルレートを考えたらソ連空軍なんてカモネギそのものなんやがw 指導層がバカじゃなくてちゃんとした武器あればなあ。日本軍最強だったのに
肉弾VS戦車で死傷者互角だぞ。日本兵鬼強過ぎww >>468
5月に蒙古軍がチョッカイをかけてきた時の正面が復活間もない第23師団
(小松原道太郎師団長)。7月からの攻勢では新設師団では心もとないと
辻は最強旭川第7師団の全部投入を決意していたのだが、関東軍司令官
植田謙吉大将がそれでは小松原の立場が無かろうと涙ながらに訴えたため
渋々23師団+7師団から助っ人で4個大隊という不十分な形で入らざるを得なかった。
ソ連軍の兵力を低く見積もりすぎていたこともあり、7月にはハルハ河渡河で
左岸に進出して健闘もしたが、最後は数で押し切られてソ連モンゴルの主張する
国境線迄押し出された格好となった。 ソ連はヨーロッパで事が起きそうだから、背後の不安を取り除いておくために日本の戦意を砕いておきたかった。
つまり計画的に挑発した。
しかし、日本は始めはいつもの国境争いの小競り合いに過ぎないという認識しかなかった。
挑発の結果、ソ連は大規模な機甲兵力の示威に成功し、日本は以後ソ連に委縮してしまった。
この戦いで兵員の損害がどちらが大きいという事は戦略的に意味がない。 >>470
人間どんなに鍛えても精神力あっても撃たれたら死ぬから突撃成功させるには夜襲しないと無理
ノモンハンでもソ連の戦車撃破では速射砲が一番活躍してるし火力こそ全て
日本軍が勝ったり善戦してる戦いは常に大量の砲の準備がある 事実上の紛争なのに事件ということにして矮小化してるのがもうね >>455
> ハルハ河戦争に従事したソ連兵の手記を日本語に翻訳したのを読みたい。
シベリア出兵のときに日本軍に占領された地域で、かつノモンハン事件のときに兵隊を
送っている所というと、ザバイカリエ地方、ブリヤート共和国、イルクーツク州あたりか。
ググると、さまざまな手記が戦後〇〇周年の記念展で展示されたり、出版されたりしてる
みたいだが、ネットで原文を読めるものは簡単には見つからんな。
シベリアではなく、ウラル山脈の西の沿ボルガのペルミの近くのオハンスクで招集をうけた
兵士の手記はあった。
ttps://pereklichka.livejournal.com/426009.html
7月下旬にノモンハンに到着し、8月20日のソ連軍の大攻勢に参加、負傷してボルジャの
鉄道駅に下がり、27日に入院して、11月に帰郷している。日本軍の陣地の手前で窪みに伏せ
ているときに負傷してしまい、戦闘参加はそれで終わりである。
ノモンハン到着後まもなく自分の部隊の指揮官が、日本軍の狙撃兵によって頭を吹き飛ばされ
て死んだエピソードのほかは、わりと淡々と書かれている。 >>329
ノモンハン当時のソ連軍戦車はガソリンエンジンで火炎瓶で容易に撃破出来たはずだが?
日本軍に火炎瓶で多くの戦車を燃やされソ連軍ではノモンハンを教訓にディーゼルエンジンに切り変えたはず。 政府が紛争を拡大しない方針だったからな
軍と政府が方針一体だったら勝てたと思う >>475
おお、これは貴重な。
ソ連は既に解体しているが当時兵役だった人は何故か沈黙することが多い。 子供のころ、ノモンハンから帰ってきた兵士達を見てただならぬものを感じた。ノモンハンで大敗したのがわかったのは、戦後になってからだが。
もう年もとって、記憶もなくなってきているが、あのときの兵士の顔は忘れられないものの一つだな。 >>481
うーんほぼ現役時代じゃねーか、マジ?
自分60代で5ちゃん最高齢かなと思ってたが完全に負けたわ
うちの親父がそんなもんだが、PCどころかスマフォさえ使わない世代だが
これからも頑張って下さい、いやマジ? うちの爺さんもノモンハン事件の生き残りだった。
通信兵で基地にいたが、砲撃で破壊され、瓦礫に
下半身が埋まった時には自分の身体が真っ二つに
なったと勘違いして死を覚悟したと思ったそうだ。
この事件後、従軍した兵隊さん達は特別に兵役期間が
免除されて爺さんは大学に復学したそうだ。 >>478
まあ、もはや孫とかひ孫が家族から聞いた話として語っていいる時代ではある。
しかしロシアでもノモンハン事件の経緯の解釈がゆらいでいて、従来のように田中メモランダムを
発端とする日本の侵略意図を根拠として、ソ連が一方的に攻め込まれて防衛したといういわば
ハバロフスク裁判的(あるいは東京裁判的)な解釈と、
それとは逆にむしろソ連が日本を積極的に挑発したという、こちらも勢いあまって陰謀論的なスト
ーリーを多く含んでしまってはいるが、両方があって対立していて、素朴で真摯な体験談が落ち着
いた雰囲気のなかで評価されにくいという事情もあるのかもしれない。
ロシアにおいては、前者の解釈が現在の日本の脅威を誇大に印象づけて、防衛力の拡大を進めよう
としている右翼やシロヴィキの論調と相即していることは言うまでもない。 >>484
戦争にするとアメリカ中立法に抵触してアメリカとの貿易が止まる >>79
アメリカCIAだよ
中国を影でコントロールしてた >>100
マジかよ関東連合は実は大陸から来た
愚連隊なの? ソ連軍は、たとえ精神力が優れていてもそれが発揮できるのは兵器・補給の力があってこそである
という信念に至るほどの物質主義で、その根拠は、歴史というものは経済生産などの物質的条件に
よって動いており、精神面における思想はその反映にすぎないという唯物史観、つまりマルクス主義
にもとづいていた。
それに対して日本軍は、戦いを最終的に決定づけるのは白兵戦であるという白兵主義を背景に、
とりわけ精神力の鍛錬を重視する戦略思想をもっており、これは思想的な面では、当時反共思想・
反西欧思想として影響力をもっていた京都学派の哲学と、うまく共鳴していたのである。
すなわち西田哲学の周りに形成された京都学派は、物質によって精神が支配されているかのように説く
マルクス主義の唯物論に対して、精神の統一によって至ることができる直感の境地の優位性を唱えた
わけである。したがって京都学派の高坂正顕の歴史哲学にあるように、歴史の動きは物質に支配された
運命的な流れではなく、その都度主体が精神によってつかみ取る断絶の連続としてとらえられる。
まあこうした日本とソ連の文化の違いも、ノモンハン事件の底流にはあるだろう。 ノモンハンは日本軍の大勝利。
ソ連が勝ったなどいう輩は日共秘密党員。 >>492
アメリカに赤子の手を捻るかのようにボコボコにお仕置きされ
名誉も尊厳も全てを失った惨めな日本にはどうでもいい話
我々は命以外には何も持ち合わせない敗戦国民だよ この失敗がありながら、何故に是正されず大東亜の大失敗まで突き進んでしまったのか
ここはよく考えなければならないよね。この辺に日本人の弱点があるんだ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています