https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2Fcontent%2Fpic%2F20200426%2F96958A9F889DE7EAE2E5EAE4E0E2E3E7E2E6E0E2E0E2E2E2E2E2E2E2-DSXZZO5807901015042020000000-PN1-2.jpg?auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&ixlib=php-1.2.1&w=600&s=2b5a3d91a97cf15a9049c31e1839fd1e
新型コロナウイルスが拡大を続けるなか、世界で何十億人という人々が隔離した生活を強いられている。その一方で、30年以上も自らすすんで世間から離れて暮らす人物がいる。
1989年、イタリア半島の西方、地中海に浮かぶサルデーニャ島とコルシカ島の間で船のエンジンが故障し、錨が切れて漂流していたモランディ氏の双胴船は、容赦のない潮の力に捕らえられ、ブデッリ島に流れ着いた。そこで出会った島の管理人が2日後に引退すると聞くと、既に社会に幻滅しきっていたモランディ氏は、船を売って管理人の仕事を受け継いだ。
それ以来31年間、彼はたった1人でこの島に住み続けている。
「私がこの島で最も愛するものは、静けさです。冬の間、嵐もなく、周囲に誰もいない静けさ。そして、夏の夕暮れ時の静けさもまた好きです」とモランディ氏
https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2Fcontent%2Fpic%2F20200426%2F96958A9F889DE7EAE2E5EAE4E0E2E3E7E2E6E0E2E0E2E2E2E2E2E2E2-DSXZZO5807974015042020000000-PN1-1.jpg?auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&ixlib=php-1.2.1&w=500&s=cfaadc671d60389dfc8eb5b8b3ecd4f2
「ここで死に、遺灰は風にまいてもらいたい」
マッダレーナ諸島国立公園は7つの島からなり、ブデッリ島はその中でも最も美しい島と言われている。イタリア語で「ピンク色のビーチ」を意味する、スピアッジャ・ローザと呼ばれる世にも珍しいバラ色の砂浜があるからだ。色の正体はサンゴや貝殻の微細な破片で、激しい波にもまれ、長い時間をかけて細かく砕かれたものだ。
90年代初め、イタリア政府はスピアッジャ・ローザを「高い自然的価値」のある地域に指定した。ビーチは、そのデリケートな生態系を保護するために立ち入り禁止となり、訪問者はごく一部の限られた場所しか入ることが出来なくなった。それ以来、1日数千人の観光客が訪れていたこの島から、あっという間に人の姿が消えた。
2016年、島の所有権をめぐるニュージーランドの実業家とイタリア政府の3年間に及ぶ法廷闘争の末、裁判所はブデッリ島がマッダレーナ諸島国立公園に属すると判決を下した。同じ年、公園がモランディ氏の島での居住権を問題にすると、反発の声が上がった。モランディ氏への立ち退き命令に反対する1万8000人以上の署名が集まり、その結果、地元の政治家は彼の立ち退きを無期限で延期せざるを得なくなった。
「私は決して島を離れません」と、81歳のモランディ氏は語る。「ここで死に、荼毘に付され、遺灰は風にまいてもらいたいと願っています」。彼は、全ての命は最終的には地球と一体となる運命にあり、私たちは皆同じエネルギーの一部なのだと信じている。古代ギリシャのストア派哲学は、これを共感(シュンパテイア)と呼ぶ。宇宙は分けることのできない一体化した有機生命体で、永遠に流動を続けるという概念だ。
スピアッジャ・ローザ(ピンク・ビーチ)の砂の色は、波にもまれて細かく砕かれたサンゴや貝殻によるもの
https://article-image-ix.nikkei.com/https%3A%2F%2Fimgix-proxy.n8s.jp%2Fcontent%2Fpic%2F20200426%2F96958A9F889DE7EAE2E5EAE4E0E2E3E7E2E6E0E2E0E2E2E2E2E2E2E2-DSXZZO5807979015042020000000-PN1-2.jpg?auto=format%2Ccompress&ch=Width%2CDPR&ixlib=php-1.2.1&w=500&s=d75d04107f53c762c0613fd68fe1dcc7
モランディ氏は人付き合いを嫌う半面、海岸の保護に熱心に取り組み、夏にやってくる観光客に対しては、島の生態系について、またそれらをどのように保護すべきかについて話して聞かせる。
「私は植物学者でも生物学者でもありません」と、モランディ氏は言う。「植物や動物の名前は知っていますが、私の仕事はそれとは大きく異なります。植物の世話というのは、技術的な作業です。植物がなぜ生きなければならないのかを、人々に理解してもらおうとしているのです」
続きはソースで
https://style.nikkei.com/article/DGXMZO58078620V10C20A4000000