ドイツのナチス時代の裁判官にフライスラーという人がいて、当時ヘーゲル流の法治国家がじゃま
なものとされ、むしろ「世界観」で法を乗り超えることがもてはやされた一般的風潮に竿を差すか
たちで、明らかに手続的に十分でない審理で死刑判決を濫発したことが知られている。

フライスラーは裁判官であって検察官ではないが、もともとドイツの刑事司法では、検察官は法廷
における論争の一方の当事者にすぎない党派性をもった被造物などではなく、ある意味裁判官とともに
権威ある立場から真理の探求に加わる国家社会の守護者だった。

大正終わりというか、まあおおむね昭和から敗戦までの日本の刑事司法はこのドイツのやり方に大い
に影響を受けたわけで、ナチスが政権をとったあとはさらにナチス熱に浮かされて、裁判にあたって
は法律にこだわらずに実をとったほうがいいと大真面目に言われただけでなく、検察官には裁判官と
並び立ってそれを補完する役割があるという具合に、けっこう勇ましかった。
敗戦後に刑事司法がアメリカナイズされたなかでも、そのプライドは生き残っていったわけで、そう
いう「文化」も現在につながってはいる。