新型コロナウイルスの影響により品薄で高値だったマスクがちらほら見られるようになり、値段も落ち着いてきた。それを、政府が全世帯に配布する布マスク「アベノマスク」のおかげという人がいる。当の安倍晋三首相だ。もはや無駄遣いの象徴となったシロモノが、一般のマスク供給拡大に関係するとは思えないのだが…。(大野孝志)

◆山積み「売れず」
 火鍋、ホテル、タピオカドリンク、韓流アイドルグッズ―。東京・新大久保を歩くと、さまざまな店で山積みのマスクが売られていた。使い捨て五十枚入り一箱が二千〜三千円ほど。張り紙には「最終在庫」「原価マスク」の文字。「3980円」を線で消して「2300円」と値下げをアピールする店もある。

 火鍋店のベトナム人店長グェン・ティ・フェさん(27)は「ベトナムでマスクを扱う兄の会社から仕入れた」というベトナム製を売る。「マスク不足で売れると思って」始めたものの、手に取る人は少ない。

 ホテル支配人の男性(53)は「親会社が輸入し、この辺の店に卸しているようだ。皆、コロナで本業の売り上げは八〜九割減。打開策と思って売っている」と明かす。四月中旬は飛ぶように売れたが、最近は十箱だけの日もある。「周りでたくさん売っているからね」

 イスラム教の戒律に配慮した「ハラルフード」の店にもマスクの山。バングラデシュ人店長のサラフディン・モハマドさん(40)は友人のつてで中国から仕入れた。「売り始めた二月ごろは高く仕入れて高く売った。今はあまり売れないから、安く仕入れて安く売っている」

◆首相は自負、業者は否定
 彼らの言葉を裏付けるように、インターネットの価格調査サイトを見ると、今月七日は一枚三十三円だったのが、五日後には二十一円に下がっている。

 これを安倍首相は、四月二十八日の衆院予算委員会で「マスク市場に対してもそれなりのインパクトがあったのは事実。業者の中でも、ある種の値崩れを起こす効果にもなっていると評価する人もいる」と自画自賛。今月六日のネット番組では「こういうもの(アベノマスク)を出すと、今までためられていた在庫もずいぶん出てまいりました。価格も下がってきたという成果もあります」と述べた。

 一方で、千葉市のマスク輸入業者の男性(48)は「そりゃ、ないっすね」と一笑に付す。「だぶついていた在庫が市中に出てきただけ。今、中国からバンバン入っていますから。単に需要と供給のバランス」。同市の別の業者(59)も「首相の言うことは、意味が分からない。三月に中国がマスク輸出を解禁したから、出回るようになった」と語る。

◆もっと別のことに使えたのに…
 国内のマスクの八割は輸入品だ。財務省の貿易統計によると、不織布マスクを含む製品の今年一月の輸入量は前年同月より二千トン多い一万五千トン。二月に四千七百トンに激減し、三月に八千七百トンまで回復した。

 「マスクが出てきたのは、すごい勢いで生産したから。それが普通の経済理論」と経済ジャーナリストの荻原博子氏。「アベノマスクは四百六十六億円も使って不良品をばらまいた。そのお金を、重篤患者を救う人工呼吸器や、困窮学生の支援に使えば、どれだけ多くの人が助かるか」とばっさり。

 「供給増をアベノマスクのおかげと言っているのは、ネトウヨ(ネット右翼)系のニュースまとめサイトだけ」と語るのは、コラムニストの小田嶋隆氏。「首相には最も洗練された情報が集まる。なのにネトウヨまとめサイトしか見ず、正しいと思い込んでいるとしたら、信じられない。周りが何も言わない人ばかりなのか、安倍さんが耳を貸さないのか…心配です」

2020年5月18日 朝刊
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