【歴史】比叡山を焼き討ちした織田信長 神仏をも恐れぬ「虐殺者」か「演出家」か?〈dot.〉 [首都圏の虎★]
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略
●比叡山の焼き討ちが意味するもの
260年余り続いた江戸時代の太平は、徳川家康が宗教家たちとうまく付き合い利用したことに成功の一部があると言われている。そういう面からいえば、織田信長は最も宗教家たちと対立した為政者と言えるだろう。
信長の宗教弾圧の象徴とされているのが、元亀2(1571年)の比叡山焼き討ちである。比叡山とはのちの浄土宗の開祖・法然、浄土真宗の開祖・親鸞、日蓮宗の開祖・日蓮、曹洞宗の開祖・道元、臨済宗の開祖・栄西などが修行をした場所であることから、日本仏教の母山とも言われ、最澄が開いた延暦寺という天台宗の総本山のことを意味する。延暦寺ではこの事件のことを「元亀の法難」と呼び、歴史の悲劇のひとつとして語り継いでいる。現代に生きる私たちは、「神聖な神社仏閣に対してなんたることを!」と考えがちだが、時代背景からはさまざまな意見が出されていることをご存じだろうか。
●戦国時代までの大寺は大名と同等の勢力
織田信長は、戦国時代をまさに終わらせようとしていた人物である。多くの敵を力でねじ伏せ、ある時は謀略を用い、内部からの崩壊を仕掛けたりもした。この時代、大寺は大名に匹敵するほどの力を持っていた。加えて、宗派同士の争いを京の町中で起こし、あまつさえ対立する宗派の信者たちの家屋に火をかけたりしていたのだ。このため、寺の勢力維持のために僧侶たちは武装し、仏罰を恐れて満足に抵抗できない市井の民たちに対してやりたい放題のありさまであった。一方、こんな僧侶たちの暴挙とこれを許す富豪たちを、京入りした信長は嫌い、むちゃな要求を重ねた。京で富を謳歌していた豪商や僧たちは信長を見くびり、あろうことか寺は信長に対立する戦国大名に肩入れするのである。
●石山本願寺との10年戦争
比叡山焼き討ちの前年、以後10年も信長と対立する石山本願寺が信長軍に戦争を仕掛けた。元亀元(1570年)9月12日(旧暦)のことである。石山本願寺は10年の争いの中で衰退し、豊臣秀吉の時代に寺領を明け渡す。やがて宗派内で強硬派と穏健派が対立、徳川家康の時代に東本願寺と西本願寺という目に見える形で分裂をした。本願寺は、武将たちに危険な宗教とみなされたのだろう、徳川家康は三河領内で本願寺の信仰を禁じ(20年後に解禁)、薩摩の島津藩に至っては明治時代を迎えるまで禁教であった。
●2人の天下人の怒りを買った比叡山
さて、翌年の9月12日(旧暦)に信長は延暦寺の焼き討ちを命ずる。この時の信長軍が対峙していたのは、挙兵した三好三人衆と石山本願寺、そして信長を裏切った浅井・朝倉連合軍で、敗走した浅井軍をかくまったのが延暦寺だったのである。信長の和睦の提案を延暦寺は拒否、一晩のうちに比叡山は3万の兵に囲まれたという。信長軍が陣を置いたのが比叡山の麓にある園城寺(おんじょうじ/別名・三井寺)、ここは延暦寺のありように不満を持った最澄の弟子たちが袂を分かって、延暦寺の創建から100年もしないうちに起こしたお寺である。園城寺の創建以来、延暦寺との間で数十回に及ぶ焼き討ちなどを含めた争いが続いていた因縁の関係を信長は利用したのだ。皮肉なことに延暦寺は天下人により焼き討ちされ、園城寺は守られるのだが、次代の豊臣秀吉の怒りを買った園城寺は、ほとんどの伽藍と寺宝を破棄され、逆に延暦寺へ金堂(本尊の安置殿。本堂を意味する)の移転を強要された(現在の延暦寺・西塔[さいとう]の釈迦堂)。延暦寺と園城寺は、2人の天下人にしばらくは立ち直れないほどの打撃を与えられたのである。
略
全文はソース元で
https://news.yahoo.co.jp/articles/e606385157f5108615c087ef81c56fd01bec479b?page=1
https://amd.c.yimg.jp/amd/20200911-00000032-sasahi-000-1-view.jpg 最近の研究で比叡山焼き討ちは朝廷すら認めた合法行為とかじゃなかったっけ
信長自体も従来イメージの破天荒な革新的性格でなく、
クソ真面目のルール遵守絶対型で朝廷、幕府大好き超復古保守だったとか 比叡山の場合は
浅井・朝倉勢と呼応する武装勢力だから
若い頃はまだしも、晩年は誇大妄想的な精神病だったろう。
家臣も心配したが、それを解決したのが明智光秀だ。 仏門に対して「お前ら舐めてんのか?」と強硬に出たのは足利義教が最初。 比叡山焼き討ち、高野山の坊主数千人切り捨て、長島本願寺2万人焼き殺し
福井の一向宗門徒数万人虐殺、荒木村重の一族・家来・家族打ち首。
武田一族・家臣・家族を惨殺。織田の重臣を放逐・餓死。
普通に基地外だろ。 >>1
今の安倍の利権お友達バラマキ政治を見てると思うんだが、
信長はそういった既得権益を打破しようとしたんじゃあるまいか
あまりにも腐った相手だから、根絶やしにするしか方法は無かったのであろうな >>1
記憶が少し曖昧なので細部が違うかもしれんが、
過去に読んだ歴史書では、信長は「坊主が政治に口出しをするな」と数回に渡って警告をしたが、
比叡山は、たかをくくって警告を無視した。それで信長はやむを得ず、比叡山を焼き討ちにした、
ということが書いてあったな。 宗教を弾圧したんじゃないけどな、そういう視点で見ると本質が見えなくなるよ。 人は記憶型と思考型に大別できる
お経だけを唱えてる坊さん連中ってわけではないからね
領土を持ち、兵を雇い、時には強訴をする一大勢力
それが比叡山 一向宗は現代のたとえだとISISみたいな存在だったらしい
そりゃ焼き討ちもしたくなる ライターの勉強不足
当時の寺社は宗教勢力というより、土地縛り少な目の武装利権集団でしょw >>13
長島は弟が戦死したから、
絶対許せないマン状態だったっけ 「敵対するなら焼くぞ」って警告したのにな
それを無視されたら
後はもう実際に焼くしかないやん >>16
現代で言えばテロリスト部門(僧兵部隊)を抱えてたオウム真理教本部を壊滅させたようなものなんだけどな この時代の寺って袈裟着たヤクザだからな
しかも治安機関が不在状態
調子こき過ぎて殲滅させられたのは自明の理 明智光秀はドラマだと比叡山焼き討ちに反対してたことにされてるけど、
実際には自ら進んで焼き討ちしてる 比叡山の坊主は天文法華の乱で
京都の日蓮宗とかホケキョー系の寺を焼きまくったからね
35年後に今度は自分らが信長に焼かれただけ
(´・ω・`) 釈迦じゃねーし、
そもそも神仏でもなんでもねーよなコイツラなんて 強訴や呪詛で古来より朝廷を脅迫していた
カルト集団がまともだったと思ってんのかね
そら信長にこんな脅しは通用しなかったろう >>13
比叡山焼き討ち、高野山の坊主数千人切り捨て、長島本願寺2万人焼き殺し←さんざん抵抗した輩やから問題ない一族殺されたし
福井の一向宗門徒数万人虐殺←さんざんt(ry ちなみに上杉家も虐殺してる
荒木村重の一族・家来・家族打ち首←苦しい時に裏切ったから問題ない。そもそも苦戦してるとこの助太刀に来たのに裏切りってどうよ
武田一族・家臣・家族を惨殺←宿敵やからしゃーない。
織田の重臣を放逐・餓死←何度か許してきたけど裏切った人が多いからしゃーない。まあ一部は信長も悪いw 政治に関与さえしなければ、何もしねえよと警告したのに
関与して邪魔したからじゃねえか。 寺が悪者にされてるが、宗教者にあらず世俗化したのも事実だが、
悪行は一部に過ぎなかった。
単に、信長の権力志向に邪魔だっただけ。 ”敵勢力”に一定の猶予期間を与えたのだから、むしろ紳士的じゃね? この事象だけでも映画化したらめちゃくちゃ面白そうな脚本なんだけど
なんでしないの 僧兵だって虐殺してたやんか
むしろそっちの方が酷いんじゃね?
いつも信長が特殊みたいなこと言うけど
信長だけじゃないだろ なろうとゲームと漫画でメチャクチャやらされてるオジサン 僧兵で武装して宗派同士で戦争してたんだから焼き討ちされて当然。現実主義者だよ。 >>24
信長は日本を中世から近世、近代への扉を押し開けた人物だしね。
宗教に関しては信長以降秀吉、そして檀家制度を完成させた家康でほぼ現代に繋がるものを完成せてるしね。
現在の坊さんのイメージを作ったとも言える人物だし、信長が居なければ下手すれば仏教版タリバン
みたいなのが日本に居てもおかしくないしな。 明治期の歴史家、徳富蘇峰は信長の延暦寺焼き討ちを「偉業」と絶賛してる 信長はクリスチャンだったんだから寺壊して平気だったんだろう 比叡山城を焼き討ちしただけだろ
根本中堂とか焼いてないし 強い中央集権体制を求める者は宗教を嫌う
宗教は体制の反対勢力に成りうるから
共産党の宗教弾圧も同じ 信長の具体的なイメージは首狩り族の若手族長。
キリスト教修道士に操られて地元のシャーマンを焼き討ちした。理由なんか無い。 ハア?黙って抵抗しなけりゃ信長包囲網の中で抹殺されてるだろ。
生き残りかけた戦国時代だって。 まあ神仏を恐れてないのは確か
比叡山からわざわざ地蔵を回収して石材として安土城や坂本城に使ってるし
ただ一部の勘違いが言うように宗教を何でも敵視してたわけではなくて
従属的な宗派は普通に保護する
ただ単に敵なら滅ぼすというだけ 俺が子供の頃はヒトラー、スターリンに並ぶ虐殺者として書かれてることあったな 明智光秀の部隊は信長の命令どおり坊主を根切りにしたが、
羽柴秀吉の部隊は坊主逃げるの見て見ぬフリして逃したらしい
生まじめ光秀と人たらし秀吉の違い >>45
信長は西洋に関心は高かったが、クリスチャンではない 現代で言えばイスラム国を制圧したのと同じことだから ヒストリアによれば比叡山に焼跡ないらしいじゃん。
近くの貿易港町が焼かれたという話だが。 そもそも仏教はインドやろ 仏教伝来に限ったらこの令和の時代に中国経由の仏教は要らんで信長は時代を先取りしただけ >>4
古典的なものでも始めから否定から入るんではなく一旦は従って形から入る
ただしやっぱり合理主義者だからこれはダメだと思ったら合理化をスパッとする
義昭追放したり >>45
と言うか戦争やってりゃ気にしないだろ
ドイツがイギリスの教会避けてミサイル撃たないし
アメリカが日本にある教会避けて空襲してないし まあとは言っても焼き討ちはやり過ぎだよな
他にそんなことやる奴いなかったわけだし サイコパスだから、こういうことに理由もなければ演出もない >>47
嫌うと言うよりは宗教と言うものの本質をよく理解してたんだろ。
だからメリットデメリットを考え、保護するものはして、潰すものは潰したってだけだろうな。
多分神は信じてても宗教を信じてなどいなかったんだろうな。 時代劇で信長を完璧に再現するなら名古屋弁にするべきだよな
実際にそうだったんだし
島津義弘や西郷隆盛など薩摩関連の人物は時代劇でも普通に
鹿児島弁で役者も喋らされてるし >>57
そのインドでは仏教が廃れて、日本人僧侶がトップに立って復興運動やってるな。 神仏なんざいない
昔なんどパチンコで祈ったと思ってんだw 坊主が仏の教えを捨て
犯罪に手を染めてたから成敗した 小説や漫画だと、この頃の延暦寺はぼろかすに描かれてるけど、今の延暦寺はどう思ってるんだろう? 劇場型な演出だろうけど、激情家な部分で乗ってしまい
やりすぎて失敗した典型かもな
馬盥観ても良く分かるわ >>60
解決法はそれしかなかったし何年も交渉してたから割とまともじゃね 信長は当時の帝国主義的な世界潮流に染まっていた。
日本を絶対的な中央集権にして、世界に出ていくつまりだった。
そのため、キリスト教は情報収集と、むやみに敵を作らないために保護した。
それに反対したのが光秀で、私怨ではなく政治主義の対立。
多分、信長の野望は失敗して日本は植民地になっていたろう。光秀は恩人。 信長は長島一向一揆で川に流れる死体を見て大いに喜んだ。理由は手こずったから。 寡兵で大軍を破った戦いだと日本ならやっぱ桶狭間の戦いだな
駿河・遠江・三河を支配し、海道一の弓取りとまで言われた今川義元の軍2万5千を
小国尾張の一領主に過ぎない織田信長が3千で撃破し、義元の首級をあげた
兵力差8倍以上
まさに戦国最大の番狂わせ
熱田神宮の御加護かね?
当日雨が降ったのも出陣前に戦勝祈願したからか 信長の残虐説は、戦わずして相手を恐怖に貶めるプロパガンダ作戦。焼き討ちも同行者が
書いたものではなく、話を伝聞した物書きが、恐ろしいように粉飾して書いたもの。
信長の評価も再考されるべきだと歴史学者たちも言っている。 _
滋賀,すげぇえええええ 完全に大阪超えキタぁあーーーー
【現代的新しい価値・文化の創造】
1.ゆるキャラ(ひこにゃん)
2.イナズマロックフェス (西日本最大)
3.オペラ
4.ビワイチ(自転車 琵琶湖一周)、ウォータースポーツ、グランピング
5.ラッピング(路面)電車
【著名な観光地】
1.比叡山延暦寺、三井寺、石山寺、坂本・日吉大社、近江神宮、おごと温泉、びわ湖バレイ
2.彦根城、安土城
3.長浜黒壁、竹生島、多賀大社、メタセコイヤ並木、湖東三山・鶏足寺・永源寺(紅葉名所)
4.八幡堀、近江商人屋敷、水郷、ヴォーリズ建築(旧豊郷小 他多数)
5.信楽焼、琵琶湖博物館、佐川美術館、MIHOミュージアム、甲賀流忍者
【美味名物・食文化】
1.近江牛、鴨料理
2.鮎、ビワマス、ホンモロコ佃煮、ふな寿司
3.焼き鯖そうめん、近江ちゃんぽん、比叡そば、伊吹そば、来来亭
4.近江米、近江野菜、朝宮茶、近江の地酒
5.叶匠壽庵(和菓子)、クラブハリエ(バームクーヘン)
大阪 → たこ焼き(笑)串カツ(笑)ハルカス(笑)偽大阪城(笑)道頓堀(笑)橋下劇場(笑)
. >>43
信長は茶の湯の政治利用で名茶器による錬金術を作り上げたしな。
茶碗1つに一国の領地と同等以上の価値を付けたんだから革新的すぎる。
実際には天下を取ってないのに、戦国三英傑として秀吉家康と並び称されるには相応の理由があるんだろう。 >>75
●
_(_ < ・・・ であるか。
( ゚ω゚ )
' ` >>73
なんとも思ってないだろう
平家物語でも興福寺の荒法師どもが不遜に大暴れして平家に焼き討ちされてるけど
今じゃ国宝阿修羅像が鎮座する名寺として偉そうにしているでえ
(´・ω・`) 信長が現代にいたら創価学会は潰されるね。
理由は政教分離 信長は浅井長政の髑髏で勝利の祝杯をあげた。理由は裏切ったから。 令和の時代の日本の中国経由仏教坊主のイメージは農家他兼業で夜な々ベンツに乗って北新地あたりで見かけるイメージ つか寺ってのは国分寺の様に
地方支配の拠点だからな
国内仏教はそもそも隋の煬帝に倣い、国内支配統一に天多利思比孤が普及させ利用したのが始まりで
人心掌握術一つだよ。
戦国時代武装権力集団化した比叡山は僧侶と偽る武士と同じ。信長に対抗する権力集団化だから滅ぼされただけ 地方でくすぶってる田舎民や東京の底辺民は名古屋に来れば救われる
一生田舎で暮らすのか?まだ東京で消耗してるのか?
名古屋は最高だよ
日本第3の都市で仕事も多いし給料も良いし
味噌カツ、ひつまぶし、どて煮、きしめんなど美味しい名古屋飯も沢山ある
東京・大阪両方面にすぐ行けるし、京都に日帰り旅行も出来るし
市内には徳川美術館、熱田神宮、名古屋城、東山動物園、名古屋港水族館など
周辺にも伊勢神宮、犬山城、下呂温泉、郡上八幡など観光名所も多い
JRと地下鉄と名鉄と市バスがあるから車がなくても生活可能
大都市の割に物価も住居費も安い >>66
「〜だぎゃー」とか言う秀吉は漫画で探せばありそうだけど、
信長は探してもありそうにない
宣教師の記録だと、確かに信長も尾張弁ぽい やりたい時にやりたいようにやる。ただそれだけ。
そのやりたいことに人死にが絡んでくるとき、非サイコパスは
なんだかんだと論理を構築するが、サイコパスにはそれがない
(もちろん表面上は作ったりするが、実は、ない。)
やりたい時にやりたいようにやったら人が死んだ、理由なぞ何もない
信長はサイコパスの典型 神や仏とか、存在しない物を祭り上げた詐欺師を皆殺しにしただけだろ?何が悪いんだ?
信長が悪だと言うなら、本物の神や仏に今すぐ会わせろと言いたいね。
無い物をどうやって出すか、言い訳するかを見たみたいわwww 秀吉は勝手に結婚して家庭を持った側室を鋸引きの刑にした。 生活面で言えば京阪神や名古屋が一番バランス良くて暮らしやすいよ。
大都市の割には住居費・物価が安いし、商業施設や娯楽などの一通りのものは揃ってる。
イベントや巡回展も基本的に回ってくるしね。
仙台や広島は都市のレベル的に色々物足りないし、
札幌や福岡はそこそこ都会だけど、東京・大阪まで遠過ぎるから、
ちょっと遊びに行くだけでも交通費や宿泊代がかかりまくって大遠征になってしまう。
金持ちなら東京が最強だけど、住居費が高過ぎるから庶民にはきつい。
娯楽なら東京、コスパなら名古屋、飯なら京阪神が最高。 長島でも親族何人も殺されてるしな。
「降伏したい」と言ってきた一向宗に
降伏許すって嘘言って
女子供含め一網打尽に
殺しまくったぐらいだから
よっぽど怒ってたことは確か。 >>79
土地を獲るための戦だった義元
敵将の命を取るための戦をした信長
戦の土台が違った 僧侶が武装して仏罰仏罰言ってたら、虐殺もしたくなる 名古屋ええよ
大都市の割に物価・住居費が安いから住みやすいし
名駅や栄には一通りの商業施設も揃ってるしな
それに交通でいえば名古屋は都会と田舎の良いとこ取り
東京に比べ駐車場代が安いから庶民が車持ちになっても全然負担にならないし
電車やバスの路線が充実してるから車なしでも生活は十分可能だしな
東京からの地方移住なら名古屋一択だと思う >>86
信長秀吉家康がやったのは宗教の従順化にすぎん >>66
現代の名古屋人も普通に標準語を喋るが(他に札幌人もそう言われる)、
信長も強い訛りは無かったと考えられる
なぜなら、織田弾正忠家(信長の家系)は応仁の乱以前は在京奉公しており、
尾張下向後も、祖父の代から超大金持ちで、
勤皇、中央志向の強い家だったから、山科言継らとの交流もあったから
言うまでもなく尾張国は斯波氏領国で、
奉公衆(将軍近習)も多く出している土地でもあるから
もともと室町幕府とつながりが深い、幕府の「身内」が多い地域なのさ ネット以外でも間違った方向に意思の固い奴って居るやろ聞いたら大概仏教徒 >>66
方言周圏論で方言の伝播速度は年間1km程度とされてるから400年前の信長は名古屋弁ではなく北関東辺り、
公家は駿河弁みたいな口調で話してたと考えられるぞ >>1
●
_(_ <ヒント> 信長の関心は国外に・・・
( ゚ω゚ )
' ` 日本が仏教を国教とする宗教国家にならなかったのはこのおかげ 信長は兄を城で騙し討ちした。目付役は将来を悲観して切腹した。舅は息子に殺された。正妻の記録は抹消された。
坊主が武装するからそうなる 京を散々焼き討ち虐殺してた仏教勢力の壊滅に民衆は拍手喝采。 >>109
信徒は無学な土民が殆どだから洗脳は容易い >>103
上洛説も今は弱いんだっけ
>>109
東と西に分かれて骨抜きになった
本願寺は他の寺と違って入場料が無料なのがいよね
京都駅からも近くて行きやすい 比叡山焼き討ちって信長で3人目なんだろ
よほど比叡山が酷いんじゃねーのか 足利義教と細川政元の比叡山焼き討ちや
天文法華の乱、園城寺(信長といっしょに延暦寺焼き討ち)との関係
などに言及しない評論はだいたいクソ(´・ω・`) 当時比叡山は現代で言えばイスラム過激派組織と同じ
信長が僧侶やキリシタンに問答させ論破された寺社を焼き討ちさせたのは、腐敗した権力集団の淘汰そのもの。
権力を削がれ対抗意識を露わにしたのが比叡山という仏教の総本山だからね >>1
宗教法人が武力で地域の支配してた時期なんだから、ただの勢力争いでしかない。
今の宗教法人が軍隊もったら国に潰されるのと同じ 神社仏閣が神仏を恐れてない武装勢力になり、武士の領分に手を入れたから虐殺されただけ
普通 というかすでに仏門の聖職者ではなく
今のような職業坊主でもなく
単なる富豪ヤクザだったしな 長島の最後は城から絶対に出れないように
柵で何重にも囲って城ごと焼き殺した。
耐えられず出てきた門徒を銃や弓矢で殺した。
殺しまくった。 >>81
滋賀(近江)は歴史好きにとっては魅力的だな 比叡山の中では全面的に信長が悪いことになってるの? >>97
東大寺焼いた平家一門の棟梁、平清盛も冷水が熱湯になるぐらいの高熱だして死んだしなぁ >>107
>現代の名古屋人も普通に標準語を喋るが(他に札幌人もそう言われる)、
名古屋弁でも今時コテコテの奴を喋ってるのは河村市長と年寄りくらい
でもほぼ標準語かと思いきや
東京に行ってこっちに戻ってくると「でら」「だがね」「だもんで」「ちょ」とか
聞くとやっぱ名古屋弁だなと再認識する
あと「ありがとねー」のイントネーションが関東と違う 発掘調査の結果、比叡山全山ではなく平地の交易をやってた坂本
中心だったらしいな。
ちょこっと焼いて、全部燃やしたというプロパガンダ。 平安期に荘園領主として栄えた勢力は室町戦国期に守護大名に半済令(兵糧調達名目で荘園分捕っていいよ)で
刈り取られてしまったが、寺社勢力は宗教上最後まで残ったので大名化した
ということではないかな? >>128
何度も講和破って攻めくる狂信者なんて殺す以外解決しないよ。 信長にしても家康にしても
割とふつーに人間くさい面あるよね 信長の発給文書で根切の言葉が使われてるのは本願寺と武田のみ
(天正2年)1574年8月5日付織田信長朱印状長岡藤孝宛
「大坂(本願寺)根切之覚悟専用候」
・(天正3年)1575年5月20日付(長篠合戦の前日)織田信長黒印状長岡藤孝宛
「此節根切眼前候」 最近の比叡山の座主は僧侶が人を殺すかと恫喝するが
戦国時代は僧侶が武装して窃盗や殺傷行為は普通にしてたからな。
歴史の真実はそんなもんだ 信長以後、日本で宗教間の武力闘争がなくなったこと
これが信長の恩恵 >>102
親族が相当死んでるからな一揆では、一揆には理由無いからなまともな領地運営してても豊かなら狙われた
奪うことしか考えてない時代 女の京都弁こそ至高
男の京都弁はなんかオカマっぽいw
>>140
信長より秀吉の方が独裁者っぽいよな >>118
そのかわり武装化させるまでの修行に時間がかかる。 >>1
天草四郎もオウムもテロをしたから弾圧された 当時の延暦寺は宗教家というより唯のハゲの武装集団でしかなく
延暦寺焼いたのも大半逃がしてから焼いただけ AERAなのに「安倍が悪い」が入ってないからやり直し! >>100
空海も最澄の愛人(愛弟子、ということになっているが)を奪ったのだからお相こでしょw そんだけ坊主が権力持ってたってことだろ
宗教で滅んだ国は数知れずだから徳川の宗教弾圧に引き継がれた >>139
信長は当時としては異例なレベルで甘い人なのよね。1回で処刑することは非常に少なく敵でさえ釈放してしまう
毛利元就や上杉謙信なんてそれはもう些細なことでも処刑しまくってたのに >>140
信長は甘すぎてやらかしがいっぱい
本能寺後の秀吉の書簡に「わしは信長ほど甘くない」とかいう記述があるほど >>144
それは違う。
仏門を徹底的に堕落させた徳川の政略が全て。
遊女の投げ込み寺は投げ込み寺ではない。 懐かしいな、アーチーチーアーチー燃えてるんだ廊下っての 宗教が力を持つと十字軍みたいに歯止めが効かなくなるからな 侍女殺しの件が事実ならば
それだけで冷酷残虐な殺人犯だろう
このような人物はきちんと
人間の屑として相応しい扱いとすべきで
決して偉人などではなく
金正日やヒットラーなどと同じ極悪非道な独裁者でしかない 神仏を盾に奴隷商売、法外な通行税、独占商売、税金で私服肥やしていた武装集団をぶっつぶした信長さん 一向宗と言えば
信長の話ばっかりだけど
家康も上杉謙信も朝倉義景も皆
手を焼いていた。
今もいるよね。なんとか学会とか。 当時の比叡山や本願寺は武装勢力だから
アルカイダみたいなもん 信長は、宗教が政治に口出しするのを否定しただけだからな。
その証拠に、本願寺が大坂から立ち退いた後は存続を許している。 今のヤクザが宗教やってるみたいな感じ。
「強訴」で検索。
信長・秀吉は弾圧したが、徳川は利用し、腐らせた。 >>154
でも武田には異常に厳しかったな。
処刑リストまで作ってたし。 >>154
浅井長政、松永久秀、荒木村重etc
ほんと甘いよね、信長 >>155
武装宗教勢力が存在しなくなったのは信長以降だから間違っていない(´・ω・`)徳川のは補強になってるだけで 他の神社とかではちゃんと戦勝祈願とかやって奉納とかしてたりするからね まあ仏教なんて目に見えない世界だからな
戦国時代なんてお坊さんが軍師になったり
お坊さんが武装して戦ったり
戦の対象になってもおかしくはない事はたしか >>162
なんとか学会はナンミョーだぜ
一向宗はナンマイダブ
(´・ω・`) >>154
正確には本能寺の変直後ではないな
出されてのは本能寺の変の3年後
(天正13年)1585年8月13日付羽柴秀吉朱印状脇坂安治宛
特に申し遣わす。神子田半左衛門尉(正治)の事だが、主君に対して口答えをし、あまつさえ臆病風に吹かれ法度に背く奴の事を思い出せば、非常に腹が立つので高野山からも追い払うことにした。
お前(脇坂)もこの事を理解し、半左衛門(正治)の事は申すに及ばず、その妻子に至るまでお前の領内に居れば追い払うように。
秀吉の御意に背く輩は、信長の時代の如く少々親交があったとしても、少しくらいは構わないだろうと許容することは言語道断だ。下々の者にもそれを徹底させ、堅く申し聞かせるように。 で、安土城とかにも地蔵?仏像を階段に使ってるからあれも信長の残虐性がどうとか言われる事あるけど
あれらは魂?みたいなものが既に抜けている、既に信仰されていなかった石仏類のリサイクルでしかないからね 同じケチでも
大阪人はオールウェイズでケチ
名古屋人は貯める時はとことん貯めて使う時は一気に派手に使う
という違いがある
これ豆な >>175
そもそも宗派が違う
何とか学会は日蓮宗からの系譜
一向宗は浄土系統
しかも日蓮宗と浄土系統は考え方で対立しているんやで で、あともう1人、比叡山を焼いてやろうと計画したけど
直前になってドタキャンした奴いたな
誰か名前を忘れたが >>100
最澄のために20数年ぶりに復活した遣唐使船に乗り込んだ泡沫坊主 空海が水銀を密輸した金で
密教を買ってきたのが本当の事、だから真言の仏壇には弘法大師 、大日如来、不動明王、だけだ
本来なら脇侍には空海の師「恵果」がいなければおかしい。
石仏とかを城の石垣や階段に使っていたのは信長だけじゃないし 毘沙門天の化身を自認する上杉謙信が一向宗殺戮しまくりなんだから完全に悪だろ当時の仏教は(笑) あなたにピッタリの宗教を選んでスピリチュアルライフを満喫しよう!日本仏教編
【平安仏教系】
天台宗・・・とりあえず仏教全般を取り扱う総合大学。座禅(止観)、密教もあるでよ。 比叡山からは親鸞、日蓮など数々の宗教指導者を輩出した。
朝はお題目(南無妙法蓮華経)、夕方は(南無阿弥陀仏)を唱えます。
真言密教・・・真言唱えて君も大日如来と一つに!大日パワーで現世利益 だ!
【浄土系】※日蓮宗とは相性最悪
浄土宗・・・阿弥陀様が念仏唱えた人を救ってくれるそうだから、 一心不乱に南無阿弥陀仏を唱えようぜ!唱えた数だけ救われるぞ! イギリスの宗教学者に「これは最早仏教ではない」と言われる。
浄土真宗・・・浄土宗の救済理論を深化させる。 阿弥陀様が救ってくれることは必定なので心配無用! ただ、念仏唱えて阿弥陀様に感謝だけはしとけ。
信心重視。 室町〜戦国時代には十字軍ばりの活躍で悪名をばらまいた。打倒信長!
親鸞会と言うカルト教団を産み出した。
時宗・・・浄土宗の救済理論をさらに深化させる。阿弥陀様は器が大きいので阿弥陀様を信じられない人も救ってくれる、ただ愚かなる者のように口に任せて念仏。
形式重視。レッツダンシング♪
【法華経系】※浄土系とは永遠のライバル
日蓮宗・・・彼岸(あの世)に思いをはせる他宗と違い、現世肯定。 唯一の正しい経典で、最高のお経である法華経の最高のフレーズ「南無妙法蓮華経」を唱えることで 君の仏性が目覚める!
攻撃的な布教スタイルでしばしば顰蹙を買う日蓮系の新興宗教を含めると日本最大の仏教勢力。
でもお互いを異端だの魔王呼ばわりして最高に仲が悪い。
【禅系】
曹洞宗・・・浄土宗も、日蓮宗も仏教本来から外れすぎだろ・・・常考・・・原点に立ち戻り、瞑想を重視して先ず自分だけでも悟りを目指すわ俺。
臨済宗・・・黙ってるだけじゃ駄目だろ常考・・・先ず座りまくって課題をもらっていい答が返せるような悟りを目指すわ俺。
黄檗宗・・・伝統を軽んじては駄目だろ常考・・・先ず中国からの伝統を重んじて悟り目指すわ俺。 仏教で最も一神教的なのは日蓮宗
法華経以外は全て邪教という認識だからな いきなりぶっ殺したんじゃなくて、勧告何回もしてるからな 今の黒人運動に正論でぶっこわしたようなもんだから信長さん 生臭坊主に踊らされた馬鹿百姓共に散々手を焼いてたんだから
元締め潰すのは当然だろ 信長は神道
肉をくらい、女を手込めにし、政治に口出しし、
武力をもち死後の世界の競歩を植え付け、
金に執着したなまくら坊主を駆逐しただけ
いまの坊主もまったく同じ
信長は正しい >>35
安倍はオウムに対してやり過ぎだった
あれで海外から日本は距離置かれた
やってることが中世だと 『豊臣秀吉』が『木下藤吉郎』だった頃
琵琶湖の南に『金目教』という怪しい宗教が流行っていた
それを信じない者には恐ろしい崇り(たたり)に見舞われるという
その正体は何か 宗教家としてちゃんと?やってた所はちゃんと敬ってたような感じ 信長は安土城に総見寺を作り自らを崇拝することとした。法論で法華宗を弾劾したりした。最終的には力の論理で部下に裏切られた。 >>167
信長が甘いのは身内に対してだから
誰にでも甘いわけはない >>11
違う
室町幕府は文字も読めない大名だらけで
行政は僧がやってたから取られた実権を奪い返すため これくらいやらないと潰せないんだから昔から宗教は厄介 >>1
馬鹿が真逆に捉えがちだけど
信長の方がむしろ宗教心に厚く原理主義的だったんだよ。
酒飲んで、セックスしてるような奴らは僧侶じゃない。
袈裟を着た騙りでしかない。騙りは仏教ではもっとも重大な悪行、無間地獄に堕ちる行為
信長としては悪意なんか微塵もなく正義執行という意識だったんじゃないかな。 >>155
信長→秀吉が基礎を作って家康が規定路線だったのを仕上げただけ
信長と秀吉が主勢力を衰退させなかったら家康は何も出来てない >>88
あれは、史記か戦国策かの話聞いたんだろな。と思うが、半兵衛か官兵衛のどっちからだろw そら死んでも極楽浄土が待ってると
洗脳される奴らが相手だし
冥土へ送ってやるしか洗脳を解く方法はねえわな >>213
当時は良くあったらしいな
日本人は首狩族なんだよなあ 浅井朝倉軍を匿ったからやろ
今後も拠点にされたらかなわんから焼いただけ 信長は真似しただけで三好だったか細川だったかがすでにやってなかったっけ 見せしめとか言論弾圧とか絶対してはいけないこと
プロレスラー女性が亡くなったことと芸能人擁護で一般人苦しめは全く違う 石山本願寺だって事実上の戦国大名みたいなものだったし
別に良いのでは? 当時の寺社は僧兵で武装してたから攻撃されたって分かってるだろ。
今の僧とは違うんだよ >>216
米軍「ジャップのカミカゼアタックは厄介だぜ」 >>167
まともに戦うこともなく勝頼が殺された武田方のふがいなさに激怒したのでは? >>192
そうなんだけど身延山へ行くと稲荷堂で坊さんが読経してるし日蓮宗の荒行って修験道のに似てるし一部のカルトが一神教化してるんじゃないか? >>213
あれは当時流行っていた信仰宗教みたいなものの作法で一応は供養の目的 安土城には仏舎利が置かれと竹林の七賢などが描かれていた。 >>10
祇園で水揚げとっかえひっかえは?
医療法人学校法人もやりたい法人だけどw 信仰する冥土へ送ってやっただけだろ
神仏のために生きるなら本望だろう 信長が死んだせいで日本は近代化が何百年も遅れたんじゃ
無かろーか? >>217
このスレにもいるけど、全然最新研究とか追って無いのに、昔の知識のままで歴史を語る人とか何だかなって思う
好きな風だけど、実は全然好きじゃないだろって 石山本願寺を信長が攻撃したのは地上げ目的
石山本願寺は今の大阪城の場所にあった
ただの沼地のほとりに蓮如さんという坊さんが庵を建てて説教の拠点にした
泥でぬかるんだ超不人気な土地
↓
蓮如さんを慕った信徒が蓮如さんちの近くに引っ越してきた
↓
なにしろ沼地なので土を外から運んできて人力で土地を改良した
↓
土地が改良されたら益々人々が引っ越してきた
↓
小さな門前町がやがて大寺院と巨大な門前町に進化
↓
信長「あそこが便利そうだ。貿易拠点にもなる。城を建てるから立ち退けwwww」で武力行使
信長は糞中のクソ 【一向宗の対応一覧の歴史】
信長‥一向宗ムカつく!ぶっ殺してやる!→比叡山焼き討ち、長島一向一揆etc
秀吉‥一向宗厄介やなぁ‥なんか雑賀と組んでウザいから纏めて討伐するか→紀州討伐
家康‥まだ一向宗いるのかよ‥面倒くさいから同士討ちさせるか→本願寺のお家騒動に介入し分裂させる 世俗権を持ち、政治に容喙し民を支配する存在も「宗教」に含むなら、たしかに信長は宗教の一部と激しく対立したといえるな
信長のやったのは政治と宗教の分離の先駆けとなる一手ではなかろうか?先進的だよな >>189
悪い坊主もいたろうが焼き討ち皆殺しはいかんだろうに
せいぜい追放すれば良かった
信長とかああいう独裁者は殺すという思考回路しかなかったのだろう
ヒトラーも同じ 皆殺ししたわりに骨が全然出てこなかったってね、延暦寺 >>107
だから今まで膨大に作られてきた大河ドラマ・時代劇で
信長はじめ織田家中に「標準語」を喋らせて
(これは足利王国で、奉公衆最大の出身母体である三河国の徳川家中も同様である)、
出自が卑しい秀吉のみに名古屋弁を喋らせてきたのは、おおむね正しいと言える >>236
世界中にある仏舎利を全て集めるとゾウさん2頭分くらいになるらしいぜ
お釈迦様は巨漢だったんだな 時代が違うからな。やったりやられたりの時代で敵対勢力が逃げ込んだ寺を許すわけないだろ。しかも武器や金を支援してるし。 まあこの記事は(苦笑)って類のものだけど
まあここ10年くらいの研究で信長像はもうずいぶん変わったからなあ
(というよりそれ以前の信長像はその当時の願望投影とフィクション由来で
ほとんどマトモな実像研究がされていなかっただけ)
20年前レベルでアップデートが止まってる「歴史ファン」とのギャップが大きくなっている
まあまだドラマ映画小説漫画ゲームなどコンテンツではほとんど20年前の信長像だけどね
(今回の大河ではなんとなく新信長像に手を出そうとする気配はあるけどまだわからん)
ただ最近、無駄に通説打破が振り切れすぎてるような論も出ているんで
そこはなんとなく坂本龍馬に対するものと似ているw
まあいずれにしても「無神論」「鉄砲戦術の先駆者」
「古習打破の革新主義」「兵農分離と楽市楽座なんたら」などっていうのは否定されているな 親戚が高額な離壇料を強要されたので
葬式仏教はほんと嫌い
信長様は現世に復活して全ての寺を焼き討ちしてほしい 比叡山には皇室とか公家の門跡いなかったん?
そこらへんがらみの可能性は? >>246
武装して石山本願寺に味方したのは瀬戸内の個人水軍や中国地方の武士達 暴力団は寺社が起源
狼藉の限りを尽くした比叡山坊主どもは殺されて当然 一番神仏を恐れていなかったのは、その時の生臭さ坊主共だろう
不信心どころか偽善者なのだから >>256
仏教迫害は深刻やからしゃーない
ヒンズー教やイスラム教にイジメられてるからね 信長はほとんど酒を飲まなかった。朝駆けを習慣とした。当時の教養的なことは一切しなかった。 >>231
最後に裏切られまくっていく
勝頼かわいそうだったよな(´・ω・`)
裏切り者の小山田信茂も妻子ともに
信長に処刑にされたけど。 昔座禅修行ツアーした時に
最初のあいさつで出てきた偉そうなでっぷりと脂ぎった坊主が出てきて
心と体を磨いてくださいって言ってて
お前あぶらぎって磨かれてる雰囲気ないやんって思った思い出
寺の裏の駐車場見たら高級車がずらり
寺のある山のふもとには風俗街とステーキハウスwwww高級車がずらりwwww 心頭滅却すれば、火もまた涼し。→ギャアーーー!!! 勝頼は本来武田家を継ぐ立場でもなかったのに継いで、金は父ちゃんに使い果たされてたりでちょっと気の毒よな >>255
信長は宗教や神を否定した訳じゃない
坊主でありながら自堕落で享楽に耽って、そして政治にも軍事にも手を出していた坊主たちを否定したんだわ
でもまあ、その高額請求してくる奴らも確かに同類かもね 一部生臭坊主はいたろうが
女と遊び金を湯水のような使ってい最上部坊主たちだけ処罰すれば良かった 当時の坊主は現代より生臭だからな
むしろ信仰心が篤いほど許せない存在だったろ 名古屋城の木造復元にEVつけろとか言ってる基地外どもを何とかしてちょ
江戸時代の名古屋城には無論EVなんてない
爺婆とガイジはマッチョなお兄さんに金払って担いでもらえw 比叡山が焼き討ちになったのって
信長が最初じゃないからなあ
何気に室町〜戦国期だけでも結構焼かれているんだよな比叡山
(というわけで別に信長は尖っていたわけじゃないw)
ちなみに一番こんがりハードに焼いたのは信長ではないんだよね >>2
仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺し、初めて解脱を得ん >>269
そもそもは武田信玄がやらかした各方面の戦略破綻が原因やからな >>254
全然否定されてませんが?(笑) 誰が言ってるのって話w
偶像破壊主義のノイジーマイノリティが騒いでるだけ┐(゚〜゚)┌
相手にする必要なし >>266
雄琴のソープ行って
スキンヘッドのヤクザと思ったら
坊さんだったっていうwww >>231
信長は信玄の時代から相当武田恨んでたよ
自分のことを棚にあげてって感じだけど、特に上杉と武田の和睦の肝煎(仲介)を信長がしてた時に信玄が徳川領に侵攻したことが発端となって武田は絶対に根切するって公言してた
甲州征伐の時も他には例がないくらいかなり念入りに自ら指示してるし、
不甲斐ないどころか勝頼含む武田方は侮れない強敵と見なしてたことが分かる 本願寺はただの坊主じゃないだろ
戦国大名と変わらない >>1
比叡山にいた僧兵は、四千人と言われている。比叡山は、数々の莫大な
利権を守るために、僧兵で固めた武装集団。神仏なんか、人を集めるだ
けの手段に過ぎない。 主に関所の廃止はキリスト教宣教師が希望し、信長はその通りにした。最も旧臣である佐久間信盛は洗礼を受け信長の異常な憎悪を受けて追放された。 そもそも延暦寺も武力もあるヤクザみたいなもんだったろ。勢力に入らないなら襲われて当たり前だし。
神仏とか都合よく使うなよ。根絶やしにされなかっただけありがたく思った方がいい >>8
仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺し、初めて解脱を得ん 当時の比叡山は腐り切ってたんだが
もう坊主でもなんでもねぇよ 明智光秀らの幕臣が暴走しただけ
信長は警告程度の焼き討ちに留めるつもりだった 奈良は仏教勢力の弊害が大きかったので京都に移らざるを得なかった >>280
俺がいった「20年前でアップデートが止まっている「歴史好き」との
ギャップ」を立証する返レスありがとね
まあ歴史好きでもない単なる無知かもしれんが >>267
敵に対しては呪詛かけるのも仕事だったんでね 武将レベルはともかく足軽あたりは嫌がらなかったんかな
まだ神仏を本気で信じてた時代だっただろうし まあ滋賀のいじめ体質は
比叡山からの伝統なんだよな 宗教家が面倒なのは事実や真実を
自分の都合で改竄してしまうこと
本件も後世に伝わるような物だったかどうか ここって寺の中の火みたいなの説明する僧侶いるけど3分くらいごとに
ずーっと同じ説明繰り返して一日終わるんだな
これが修行なのかなwと思うと笑えてきた 女子禁制の真面目な延暦寺だろ!
それでありながら信長は子供や女子も問わずに延暦寺にいた人間を… >>287
佐久間は自業自得、身から出た錆
讒言して水野信元を謀殺して、水野旧領を自分のものにしたりしてたからな
そして佐久間を讒言して「近畿軍団本部長」の地位を手に入れた明智は、
信長に佐久間と同じように責任を追及される前に主君を殺したというだけの話┐(゚〜゚)┌ 政教分離は信長最大の功績
今を生きる俺らですらその恩恵に与っている >>212
徳川の政略を舐めてはいけない
家族の死体=葬儀を仏門の人質にし、徴税と住民管理をやらせた。
寺社の中で何をやろうが(博打)、寺社奉行の胸先三寸。
テラ銭を溜めても本山に吸い上げられるだけなので、最寄の遊郭に出かけて、遊女と人生相談。
遊郭は幕府に莫大な上納金。
http://chushingura.biz/p_nihonsi/episodo/101_150/113_02.htm 俺達を攻撃できないよなってなめた態度で浅井朝倉の味方してたら
そら燃やされるわ >>295
むしろ足軽の方がヒャッハー多そうじゃね?
乱取りとかデフォの時代だぞ? お寺というから錯誤が起こる
武装宗教組織という方が正しい
中世期は神仏の神性をまとった寺社が人間の領域に降りてきた時代
信長秀吉はすでに武装組織の寺社が人間社会内でいざこざおこして面倒になってた時代に生まれた人だから非常識という感じじゃないんだよな
比叡山に関しては光秀がノリノリだしな 信長は京都が好きでは無かった。岐阜城や安土城が好きだった。常に暗殺に狙われていた。 >>293
お前、誰にものを言ってるんだ?(大爆笑)
それらの説を唱えているのは雑魚ばかりじゃねーかwwww >>265
裏切り者は妻子共々見せしめとして残虐に殺したところが信長、秀吉のダメダメなところ
結局織田も豊臣もほろびた
その点家康は妻子は別として敵の武将は切っても妻子は保護した
徳川は数百年続いた
やはり上にたつ人の器量の違いだろう つーか、僧侶のふりした俗物集団だろ
神仏は関係ない 仏教が腐敗していたからな
僧兵なんか仏教すら知らないならず者の集まり
弁慶も比叡山の元僧兵で
ヤバイ奴すぎて追い出された >>310
まあなんとなく釣りかなあって思ってたんだけど
それにしても頭が弱そう >>41
同時代の
ナントの勅令のアンリ4世くろうしてるからな >>311
織田は滅びてないけどな┐(゚〜゚)┌
源氏将軍や執権北条氏、
足利氏と比べれば、まだずっとマシっていう 清洲城は濃尾平野の平城で、この地域は夜襲での謀殺が日常茶飯事であった。 >>315
お前がな、文句があるなら具体論でかかってこい 私見だけど・・
信長にとってみれば、最澄の天台宗は邪宗で、空海の真言宗こそ
唯一無二の仏教だと思ってたんじゃないのかな・・
信長にとってみれば、天台宗は新興宗教扱いで、武装して歯向かってくる
邪魔な存在。だから焼き討ちして、三千人の僧を焼き殺したんだろ・・
・・と、考えてる。 織田信長はまだ敵対勢力への対抗に過ぎないんだからまだいいと思うがね。
松永久秀なんか敵が陣屋として使うかもしれないという理由だけで
東大寺焼き討ちしてるからな(笑 >>13
いや普通じゃないか?
問題ないよ
それだけ仏門に反していたのかもしれんし 比叡山だけやない
関係ないのに焼かれた自社や村は多数ある
民百姓に手を出す奴はダメだよ 比叡山焼き討ちはブラフ
島原の乱はガチ、発掘したら骨がわんさか >>311
見せしめるまで青天井につけ上がる倫理観の時代
改善が始まったのは徳川綱吉の武家諸法度の改訂と生類憐みの令以降じゃね? >>311
家康は信長の作った処刑リストに
載ってた武将も匿ってるしな。
バレたらえらいことになるのに。
土屋昌恒の子供も匿って
その子は後にどっかの藩の初代当主に
なってるし、
それだけしてもらえたら
最後まで忠節尽くすよね。
徳川家康はやっぱり大人物。 >>242
一向宗が大嫌いなのは島津家。中興の始祖「日新斉」が大嫌いだった。
おそらく信仰宗教の常として信者を洗脳して根こそぎ搾り取ったのであろう。
初期の天理教・創価・オウムなどの様に。
孫の義久は秀吉に願って島津領内では禁教にした。江戸末期まで。 叡山がタカくくりすぎてたんだよな
もう中世のように仏罰に縋れる時代じゃなかった ハンニバル vs スキピオ
劉邦 vs 項羽
諸葛亮 vs 司馬懿
リチャード vs サラディン
武田信玄 vs 上杉謙信
宮本武蔵 vs 佐々木小次郎
ヒトラー vs スターリン
アムロ vs シャア
宿命のライバルって他に何かある? あの時代の仏教は政治に近すぎた
てか権力者だからなあ そもそも大して焼き討ちしていない。足利義教や細川政元の攻撃の方が大事件だった。 信長は馬が非常に上手く、移動が速かった。
城攻めが岐阜城攻めで鍛えられ、岐阜三人衆の裏切りで勝利した。皆クリスチャンになっている。 そもそも信長というのは武将と思われているけれども、優れた外交感覚であったわけよ
折衝というかね
それがこういう運命になったのが悲劇でもあってね
この時の僧と信者は武装していたのね。それでもう天下統一のためには避けては通れず、
戦でも女子供が出てくるでしょう。あれで精神がオカシクなったのだろうとも言われているわけね
今は高野山で信長は眠っているのよ 昔は勇ましいと信長に憧れたが
家康の懐の深さと比べたら所詮ウツケだとわかり
ただの大量虐殺者だと感じたら嫌悪感すら覚えた 岐阜城はたまに行く
1年に1回行くか行かないかの頻度
金華山から一望できる濃尾平野はまさに絶景
個人的には東海地方で一番良い眺め 信長が焼き払う前に、三井寺がほとんど焼いていたのが最近の説 お前らがただうっとりとしてた戦前の偉人?たちも昨今少し
見え方変わってきたんじゃないの?
自分もしくは自分以下の人間の屑を奉ってたのかもな、という。
そりゃあ金モノ性欲の神奉ってれば未だに偉人として手を合わせたくもなるだろうけどさ。
とにかく
この国のというか世界の森羅万象は、己の一瞬の心の動きでさえも
これからはキリスト様の教えに照らして観るようにせいよ。
そういうこって。 のっぶ「比叡山をガチで攻めた六角定頼はスルーでずるい」
よっりー「しかたなかったんや」
てんのー「あれはしゃーない」 寺社と言っても実態は武力を持つグローバル企業のようなもの。
残虐というならば、消費税増税して深く広く死ぬまで養分を吸い上げる仕組みの方が残虐だろ。 政教分離が進んでいない時代
むしろ宗教をバックに何でもやっていた坊さん連中 >>190
まず、浄土真宗が仏教なのかも怪しい
浄土教は極楽往生教であって、釈迦が説いた仏教とはかなり違う 坊主の世界も権力争いやら政争に利用されたりとドロドロしてんだよね。
心頭滅却すれば火もまた涼しの坊主もそうよ。 信長を含めて戦国大名は殲滅するという戦争はあまりしない。その中で信長の宗教勢力に対する態度は異色であり、信長に宗教勢力に対する独特の考え方があったのか、宗教勢力が徹底的に信長を嫌ったのか。 まあ日本文化の面白いところで、信長はまたお坊さんがお墓に入れて祀るというね
これだから東洋は相対的価値観なんだろうね。絶対的価値観だとどちらかが悪者にならざるを得ないけれども
天下統一がなければ平穏な世の中は不可能で大変だっただろうからね
絶対に通りたくはない道ではあったでしょうね >>336
あんまり外交上手でもないけどな
同盟結んで格上の相手怒らせるってのわりとやらかしてるw 信長は京都に滞在することはほとんどなかった。京都ではほとんどが敵だったから。安土でもほとんど敵だった。岐阜では道三の古参だけ味方だった。若い時は良いあんちゃんだったんだろう。 大河の前田利家で北陸地方での織田家の活動が注目された時に、北陸地方で発掘された瓦に
「織田家は捕らえた信徒を磔釜茹でにし鬼のよう」ってな事が書かれてたと紹介されたの憶えてる >>344
悪いのは信長にしないと、内輪の醜い縄張り争いがばれる、 「神仏に逆らうのかっ!」
(おいおい、妻子と一緒に住んで、魚獣食ってる坊主が言うか?w)
「罰が当たるぞ!この不信心者メッ!」
(女囲って、肉食って、人殺しておいて言えるんか、あん?)
所詮は単なる権力の隠れ蓑。
虐殺? おい、武装勢力だぞ相手は。w 今でいう○○教○○派武装勢力だから単なる拠点攻撃の一環だろ
非武装ならいざ知らず、僧兵という兵がいるんだから
むしろ宗教を盾にした軍隊なんだから宗教家から見ても撃破するのが正解じゃないか? >>206
義教自身が坊主だったし、義教もブレーンとして醍醐寺の座主に頼っていたぞ? 本願寺は根切すると公言しながらも狙いはあくまで武装兵のみ
(天正6年)1578年4月3日付織田信長朱印状
明智光秀・長岡(細川)藤孝宛
その表での麦は悉く刈り取っただろうか?(刈田狼藉)油断なく申し付けることが肝要である。
そしてお前達の手が空いたら、大坂に籠城している一般の男女は赦すので、早々に城から出てくるようあちこちに立て札を立てるように。
(本願寺の)坊主以下それに連なる者たちは赦すことはできないので、そう心得ておくように。 NHK−BS[英雄たちの選択」で、光秀が建てた城の石垣を現地取材してたが
石垣に戒名を書いた大量の墓石やお寺のの石灯篭などが使われていた。
戦国時代は古い墓を暴いて墓石を石垣に有効再利用したり、合理的。
光秀も率先して比叡山焼き討ちしたらしいし、簡単にキリシタンに改宗する
戦国大名も大勢いたり、江戸時代の武士みたく教養ないし文盲も多いから
仏罰を恐れたり悩んだりしないんだと思う戦国時代の人は。
一向一揆とか大阪本願寺の僧兵とか、戦国仏教寺院は当時の大地主で
戦国武装大集団。 >>4
つまらないなあ。
信長くらいは残虐でサディスティクで超合理主義者のままにしておこうよ。 あの時代、領地経営の整理しようとすると
寺社が握ってる権益(市と徳政令免除派生による金融と不入権)は整理せんと立ち行かなかったからな
仕方がない 信長はイエズス会巡察使の謁見の際のみ最高の馬揃えを行った。自らの飼い主を知っていた。 延暦寺も予告したんだけどね。一度突っぱねたら懇願されても二度と許してくれなかった(笑) 今も現役バリバリのイスラムとか、やっぱり要所要所でウザいローマカトリックとか見てれば、信長の偉業がよく分かるよなぁ >>357
それは合衆国福音派への当て擦りか?(げきおこぷんぷん) 延暦寺の僧兵に京の民は恐れ苦しめられていた
信長の行為は京の民には支持されていたのは事実
女子供と言っても僧兵の妾やその子、脱走した娼妓を匿っていたに過ぎない
そもそも、何の生産活動もしてない寺が数千の僧兵を養えていたことが
悪事を働いていた確固たる証拠
現代の言葉でいうとテロリスト集団 >>244
権力者一人なら追放で良かろうが
僧兵の大集団となると追放してその後どうなんのって考えたら放置できないだろ 現代で言えばただのマンション建て直しみたいなもんやで >>27
本能寺はそのときに要塞として建て直された >>13
まー、当時としては普通やなぁ。
秀吉なんかも気に入らない家臣を放逐しとるし。
伊達政宗なんかも敵をなで斬り(皆殺し)にしとるし。
朝倉も徳川も宗教勢力と戦をしとります。
信長のみ残虐性が強調されるのはあのゲームのせい? 宗旨宗派が違っただけだろ
異教徒に厳しいのはキリスト教でもイスラム教でも同じことだ
信長さんだけが特別な人ではないのだ なんか仏教とその信者が善みたいなクソ浅井建前でもの書いてんな この馬鹿 つか戦国時代は徳川時代の様な
士農工商が厳格にされる以前の話だから
農民でも武装できたからな
少なくとも太閤検地以前は自己武装で身分問わず自分の身は自分で守れの時代だし 宗教弾圧なんてしとらんぞ。真面目に宗教してるところは庇護してる。 >>309
>>367
だから妙覚寺や本能寺といった要塞化された寺に信長は宿泊していた。 >>349
座主がそもそも有力家の次男以下だったりとか
攻撃されにくい立場利用して外交官というかネゴシェーターやったりとか
この時代はかなり権力握ってるよな もともとは聖性を帯びたアジールだった?
仏教が入り込んで、学問(魔術めいたもの含む)の一大センターとなり
跡目争いを避けるのと
かと言って殺すと当主が死んだ時にスペアがいなくなる
結婚させるとカネがかかるので
寺院に皇室や公家が継げない息子たちを突っ込んだ
(多産多死の時代であるから、なるたけ数多く産ませただろうしな)
荘園をいくらか持たされて、それを背景に
継げなかった息子たちが寺である程度の地位を占めることになる
寺に封じられた俗世の人だから、女犯とかももちろんやるし子どもつくっちゃう
アジールであることを利用して、際限なく権利を主張しだす
庇護を受けたい民草が集まり都市を形成し、武装をはじめる
公家や武家に並ぶ勢力として寺院が位置づけられる
(高貴な人のスペアがいる場所だから、きわめて政治的なものである)
継げない息子たち、世が世なら高貴な人になれたかもしれない者たち
その怨嗟を溜め込んだ場所が(一部)寺院と言えなくもないのか
そこを敵対勢力に握られてしまうと
スペアだから、錦の御旗として利用されてしまう可能性がある
だから、理由づけして潰さないといけなかった
呪術的なアジールとして匿ってほしかったとしても
それを認めるわけにはいかなかった
手を出すのが厄介なところではあるけど、それでもやらざるをえなかった >>4
>幕府大好き超復古保守だったとか
NHKの歴史番組で誰かが言ってたけど、
戦後になって今のようなキャラになったらしいね
それまではどちらかというと保守的なキャラだったとか >>327
一向宗嫌ってるところはいくらでもあるんだが 坊主が政治に口出しして通らないと武装して暴れ出す
こんなの制裁するの当たり前じゃん >>364
それで逃亡した武将を匿って恩を売り、
号令に呼応して武装蜂起するとなれば、
ただの豪族でしかない。 >>373
同じ一向宗でも本願寺以外の、派閥は本願寺に否定的で信長に味方していた そういえばキリスト教好みの信長に対して仏教勢力ほとんどが激怒、とか当時の史料にありそうなものだが聞いたことが無いな。 比叡山って時の強固な権力を握ってる領主に
都度制圧されてるだろ
感覚としては数年おきに勢力復活させる着飾って朝廷幕府に取り入った山賊
足利将軍も定頼も信長も必要に迫られて、仕方なしでゴミ処理してるからな 信長は甲斐攻めで初めて富士山を見た。その後自らを神とした。 寺なんて有名な戦国大名ならだいたい焼いてるだろ
焼かなかったのは武田信玄と上杉謙信くらいじゃないのか? そもそも一向宗の土台になった浄土系統も浄土宗と浄土真宗に別れて対立してるからなぁ 信長は、わりと丁寧やぞ?
比叡山にも最初は丁寧に、厳正中立でいて欲しいと申し入れしていた。それを破って嘘ついて朝倉や浅井を匿うようなことしたから信長ぶちギレさせた。
信長は、意外に単純なんだよ。自分を騙した相手は容赦しないというだけ 信長は仏教でも問答で正論通す寺は残してたはず
全ての寺社を焼き討ちにしてたわけじゃないからな >>392
両者とも一向宗と長年戦ってるはずだけど寺焼かなかったの? >>373
信長の残虐性を強調されたのは秀吉家康のプロパガンダ >>378
本能寺て調べたら日蓮宗の寺で、
織田家の宗旨が日蓮宗だからその縁で要塞化した上で宿泊所にしたんだろな、と思った >>392
謙信にしろ一向衆とは対立した時期もある うちは西本願寺派だがどうして西本願寺と別れているのか疑問に思っていた
信長と本願寺が争っていたとき最後まで抗戦していたのが東本願寺派になった関係で熱心な門徒のいた地域にお東が多いと聞いて滋賀に東本願寺派があるのを誇りに感じるようになった 海外に人を売ってた国
国内に人を売ってた国
信長はその次ぐらいの酷さだな
普通ってことだ
謙信は人を売ってたからもっと酷いしな 延暦寺は高利貸しや女衒紛いの事をやってたんだよな
あと敵対してた本願寺のある山科を攻めて焼野原にしたんだよね
自らが焼討ちされたのは仏教で言う因果応報だろうし、俺の出身地である山科の仇を討ってくれた信長は英雄だわ >>395
ていうか基本的に優しいよな
何回も騙されてるし。しかも同じ相手に複数回というのが意外と多い。 >>392
武田は善光寺から秘仏持ち出しやってる。
上杉も真言宗だったから、一向宗とは敵対して攻撃しまくっていた >>395
まあ元は浅井と同盟しておきながら朝倉に難癖つけて攻めたのが始まりやからなぁw 僧侶は金欲を捨てるべき、宗教が金や力を持ってはいけない ちなみに今の天台宗のナンバー2は瀬戸内寂聴な
これマジで 信長はほぼ夏至の生まれである。本能寺の変もほぼ夏至である。当時カトリックはグレゴリウス暦を導入中で、信長にも教えていた。 >>311
主君の豊臣家を根絶やしにしておきながら、何を言ってるんだ? >>402
ああそれ家康が本願寺のお家騒動に介入したおかげで東西に別れたんやで >>400
火薬ブローカーですよ本能寺は。種子島さんの菩提寺だった縁で種子島氏が火薬の材料売るための仲介やっていたのが本能寺。
本能寺は火薬沢山。そりゃ自害しても遺体は残らん 仏の名を騙って酒女暴力やりたい放題やってた破戒僧共が悪い >>373
基本的に敗残はなで斬り上等だよな
喧嘩して素手とか情けないことすんな斬り合えよ
ってのが常識の時代だしな 彼は改革者だった。
あの時代に寺社と戦う事は大変な勇気と決意が必要だったろう。
平清盛が御輿に弓矢を放ったことも有名な話だ。
強い僧兵を擁し権力者と癒着していた。今も京都では拝観料の取り放題だが、暴力装置は今はない。 >>2
おじさんは、そういうの、
嫌いじゃないよ(´・ω・`) 僧兵は僧侶じゃないよ。
坊主の恰好してるけど、寺が抱える傭兵。 当時の仏教組織って今以上に不真面目と言うか仏の名を借りた武装組織だろ
単に坊さんとか寺っていう見方じゃいかんよね 大名という呼び名は当時なかったが自社は教育商業政治医療の4つを仕切ってたから武家よりも力があったのは当然
そのまま京だけでも支配してくれた方がよかったのにな 僧は地方を渡り歩くからなまじ情報に長けてもいる。なので不満敵対勢力に対するプロパガンダ作戦。寺子屋に人を集めて演説揺動をして一向一揆など蜂起からの言い分聞いてもらったら解散、それまで暴れる。とか。ISがテロ人員集めしてたのとまったく同じ流れ。殺処分でちょうど良い。刀より火が楽だしな >>1
宗教絡みで数万単位皆殺しとか
世界史でも当たり前にあるだろ
聖バルテミーとか >>331
トムとジェリー
頼朝と義経
自民党総裁と自民党幹事長
SAOととある
ラクスとギルバード 信長のやった事でよく分からん事と言えば大義名分なしの伊勢侵攻が謎だわ
何の名分もなしに攻め込んで行ってよくもまぁみんなついてきたな、おかげでか三介様の手腕か知らんが伊勢統治には随分苦労したみたいだけど 創価学会の連中が今でも信長に文句言ってるの笑うわ
おめーら破門されてるごみのくせに >>417
それじゃ今の坊さん全員破戒僧になっちゃうじゃん 昔の寺社って兵力と領地があって麹を独占したり関税とったり一国以上の勢力だったでしょ 家康のお手本のような分断作で本願寺は骨抜きにされたからね。
現代まで東西本願寺が和解できないのに世界平和とか言ってるのは恥ずかしいね。 >>373
撫で切りは武将の文書によく出てくる文言だな
ほとんどの武将がそうだけど周辺大名に向けて戦果を過大に報告してるから、武将の文書も一次史料とは言え討ち取った数はほとんど当てにならない
伊達政宗も小手森城合戦の直後に最上義光に宛てた書状で
「女・子供は言うに及ばず、犬まで撫で切りにした」なんて言ってるけどこれも眉唾もんだな 叡山焼き討ちは足利義教もやっただろう
信長はそれを知って恐れずに実行しただけ 比叡山なんて権力者にたびたび焼かれてるジャン
余程比叡山が無体なことしてるんだろ。 >>406
柴田勝家も一度弟について寝返ってるのに許されてる。弟は二度目の謀反だから見せしめに成敗しただけで弟の子供はその後一族でも有力な武将になったから悪い扱いはされていない。
>>409
織田と朝倉は昔からのライバル関係だから
仕方ない。信長も越前一向一揆のあとほかの朝倉氏も根絶やしにしたくらいだから >>430
そもそもそうかは日蓮系統
信長がヤッたのは浄土系統が主の一向宗
宗派が違うし日蓮系統と浄土系統は解釈の違いで真っ向から対立してるからなぁ まあ、今で言う創価学会みたいなのが、
全国にゴロゴロあって武装して信心だけでなく、
実質的に地域を支配してたんだろ。
ならそれはもう宗教の皮をかぶった実質の戦国武将だわな。 >>423
公家階級や武士階級やらとのつながりがいろいろ入り組んでるから簡単にはいかんのだけどね 破壊僧まみれなのだから
なんの意味も無かった
クソ坊主軍団達 >>429
よくわからん言うが本拠地のお隣の交通の要衝とか
絶対押さえとかなあかんて素人でもそう思わん?
大義は後から付けるもんだろ >>426
フランスの場合
虐殺の数字が大きすぎて
日本が可愛く見えてしまう
明治維新の犠牲者よりパリコミューンのほうがずっと大きかったり >>428
村重のおかげで
蘭丸より寵愛された、愛人の小姓が戦死。
本願寺の落城遅れる
三木城の落城遅れる
無駄に一年摂津で時間費やす
なんてことになったから仕方ない。しかも
家族や家来おいて村重は逃げるなんて最低なことやったからもう擁護できん _ _
滋賀すげぇえええええ 完全に大阪超えキタぁあーーーー
【現代的新しい価値・文化の創造】
1.ゆるキャラ(ひこにゃん)
2.イナズマロックフェス (西日本最大)
3.オペラ
4.ビワイチ(自転車 琵琶湖一周)、ウォータースポーツ、グランピング
5.ラッピング(路面)電車
【著名な観光地】
1.比叡山延暦寺、三井寺、石山寺、坂本・日吉大社、近江神宮、おごと温泉、びわ湖バレイ
2.彦根城、安土城
3.長浜黒壁、竹生島、多賀大社、メタセコイヤ並木、湖東三山・鶏足寺・永源寺(紅葉名所)
4.八幡堀、近江商人屋敷、水郷、ヴォーリズ建築(旧豊郷小 他多数)
5.信楽焼、琵琶湖博物館、佐川美術館、MIHOミュージアム、甲賀流忍者
【美味名物・食文化】
1.近江牛、鴨料理
2.鮎、ビワマス、ホンモロコ佃煮、ふな寿司
3.焼き鯖そうめん、近江ちゃんぽん、比叡そば、伊吹そば、来来亭
4.近江米、近江野菜、朝宮茶、近江の地酒
5.叶匠壽庵(和菓子)、クラブハリエ(バームクーヘン)
大阪 → たこ焼き(笑)串カツ(笑)ハルカス(笑)偽大阪城(笑)道頓堀(笑)橋下劇場(笑)
. ゲームなんかでま未だに信長ラスボスか準ラスボスだし、みんなもそれを望んでるし、いまのイメージでもいいんじゃないか。 >>423
武装組織というよりは行政組織って表現の方が適当だろうな、ついでに知識人の集まりでもあるから今で言えば超エリート集団だよ >>440
朝倉攻めはライバルではなく朝倉が治めてた土地が経済の要所になっていたからなんやで
だから攻めたんやで
あの当時は朝倉が治めてた越前は小京都と呼ばれるほど栄えてたからね経済重視の信長は喉から手が出るほど欲しいだろうし 比叡山は焼き討ちされて上等と初めて言い出したのは確か林羅山のはず。で、この林羅山が出世のためなら何だってやる人物にして無論儒者にして近世歴史学の祖の一人の、はず、多分。比叡山焼き討ち是か非か論争の背景には仏教儒教の微妙な対立が実は今なお潜んでいる、間違いなく。 力つけた武装僧侶だろ
本当の意味でのお坊さんじゃないよ >>440
津田信澄か
信勝の子としては助命されたのに明智の婿になったせいで死んだとは災難すぎる >>102
それはやられたことをやり返しただけでしょ。 >>429
時間かけてあのへんの豪族を織田方にして、
最後に北畠を粛清した。
進攻目的は京都への交通路の確保じゃないの?
あの辺が昔は京都へのメイン道だったはず まあ、いまも京都当たりの大部分の寺は
金もうけ目当ての観光地
堕ちたもんだ >>423
不真面目もなにも
まじめに自分たちの命だとか、財産を守るために
武装してたんだと思うで? 命をかけて
仏教って聖性を尊重してくれる組織・勢力ばかりじゃなく
それこそ信長みたいに、攻撃してくるところもあるんだから
自衛も、攻撃的自衛も含めての武装だろう
神仏の力じゃ、あの世はともかくとして
現世利益を与えてくれるとは限らないわけで
自力救済をしなくちゃ、ほかの誰かに奪われ殺される
天皇の弟がいるけど、仮に彼が仏門に出家したいって言い出して
実際にどこかの山に籠もるにしてもSPがついてくるわけでしょ
どういう理由か、彼の命を狙う人はいるわけだろうし身を守らないといけない
体裁が悪いから、僧侶みたいな格好してくれって言われたら
応じないといけないかもしれないし
円滑に護衛の任を果たすのに、周りの僧侶といっしょに
お経を読むだののマネごとだってするかもしれないわけで >>429
おめえ馬鹿だろ?
とにかく東海道さえ押さえれば金が無限に入って来るし京にもすぐ行けるんだぞ 織田信長はキリスト教宣教師に操られていた首狩り族の若手酋長だよ。 >>434
ゴルゴに「修飾語を省いて要点を簡潔に話してくれ。」って言われるだろうなw >>455
△ 行政組織
○ 村(原発村と同じ意味) >>133
イントネーションが微妙に違うが、名古屋人は
気が付かないみたい。関東近郊とはちょっと違うが
当の名古屋人は判らんようだよ。 >>466
キリスト教とつながってるのはてつはうのブローカーやってた側だろ? >>445
家康によって分立認められた東が佐幕寄り
豊臣と繋がりあった西は倒幕寄り
維新後、明治政府に睨まれた東は政府への多大な献金や北海道開拓を買って出ることになる >>456
その理屈なら越前より若狭のほうが大事だろ?
若狭は京都への物質搬入ルートで、比叡山はその中継地である坂本や堅田押さえていたので信長的には比叡山邪魔だったはず。
あの辺は応仁の乱でも西軍側の兵糧補給基地になってたから >>465
あの当時なら東海道と堺、越前押さえれば交易ルート独占できるわな 現代で原発村や人事院なんかが、自ら傭兵を雇い入れて独立愚連隊、選民意識で他を排斥する。
そんな姿を戦国寺社に垣間見るかな。 >>41
政治への宗教勢力の過大介入を防いだのは大きいな なーに時のキリスト教従も容認してたよ
異教従のライバル消してくれたから
所詮は人間の欲と結びついた権力争い >>13
基地外は死ねば極楽浄土に行けるとか一般人を洗脳して武器持たせて戦わせた一向宗だろ 現代だと他にも傭兵を雇って法治国家内で武装したマスコミ。
まあ焼かれると思う >>460
生きていたら信長除けば成功していた臭い。
>>472
龍谷大は東だったけ? 外人の坊主が托鉢くるけどいい加減にしてほしい
回数めっちゃ増えてきてるわ >>473
その若挟含めた交易ルート確保の為の地ならしとして行ったのが朝倉攻めですよ 比叡山なんか僧兵だろ 何が神仏恐れぬ だ
そんな古い話しはいい さっさと宗教法人に課税しろ >>475
意外と部下には優しいし甘いぞ
部下の嫁さんから浮気しまくりの旦那叱ってくれって頼まれてちゃんと叱りつつも奥さんへの配慮も忘れないし >>483
まんまオウムじゃね
宗派の歴史とか正当性は置いといて
やってることは あの当時の地方の大都会は岐阜と山口だった。
岐阜のほうは道三が下剋上する前から東日本で一番金持ちな都会だったり。 昔の比叡山はアルカイダやISISみたいなもんだったろ。 比叡山焼き討ちの時皆殺しにしたんやろ
情け容赦なさすぎやで信長
一人でも残したら仇討ちに来るからとかいう理論 信長が焼いたのは仏ではなく、仏の名を騙り私腹を肥やす坊主どもだろ
現代にこそ信長が必要 スレ違いだが仏教が政治的に徹底的に潰されキリスト教が徹底的に禁教にされた後の天下で儒教が隆盛を極めたのは、何だかなあという部分とむべなるかなという部分がある。 パヨク教師が大好きな織田信長。
「民間人虐殺しましたよね」
と質問したら発狂するんですよ >>493
宗教的な地位が強固だったから
そんなハンパ者じゃなくて主要派閥 比叡山は上皇天皇でも自由にならなかった圧力団体
宗教、土地、金、軍隊を持ってるので手がつけられない
比叡山興福寺本願寺辺りの戦闘力たるや
これを使って朝廷幕府大名他宗派を恫喝することもしばしば
ヨーロッパと違って金貸しもしてるから更に手に負えない >>475
部下の奥さんの愚痴を聞いてやって夫婦仲の仲裁するなんて寛容な大名ほかにおらんよ
こういう関係を築いてたってことは部下にむっちゃ優しかったんだと思うよ 宗教なんて金儲けの手段でしかない
信長はそれを分かってただけ >>487
敦賀押さえるため?
>>489
「あのハゲには勿体ない嫁なのに、あのハゲの浮気は怪しからん」なんて手紙書いたんだったけ?それもらった嫁は大満足だったとか。
その嫁も「浮気してるけど、最高なのはオマエだけ、オマエにしか本音言えねー」とハゲに手紙攻勢されて大喜びだったとか 信長の時代に精密攻撃の技術があれば
比叡山の仏教勢力の中枢だけをピンポイントで攻撃してジェノサイドなんてしなかったはず >>497
関ヶ原か不破関越えたら東国なんじゃないの? >>502
いや有名な大名だと割とその手の逸話あるだろ
毛利元就とか確か武田信玄とかも >>482
見方変えれば
実家にいろいろと便宜をはかってもらいにいった
乱暴な方法で
実家を継ぐことは譲ったんだから
それ相応の見返りはほしいよって話だね
実家の台所事情がどうなってるかなんか知らんし
スペアの世話もできないのなら、おまえ引退して
俺に代われや、みたいな話にもなるだろうしなぁ
実家(を継いだ奴)がやってくれないなら
自分たちでやるしかない、自力救済と
で、朝廷は自分たちでどうにもできないから
武家に頼るってことになるわけだ そもそも信長の前に細川政元が比叡山の焼き討ちしとるがな >>502
部下の嫁が気軽に相談できる気性ではあったんだよな >>502
いや・・・部下にやさしくはないと思うぞw 津島熱田琵琶湖敦賀堺をおさえた信長は無敵
あれだけ苦戦しても何べんも建て直してる >>331
浦和 大宮
前橋 高崎
三条 燕
弘前 八戸
静岡 浜松
長州 会津 >>489
お土産ありがとう。そういや、前より綺麗になってるねー。
そんな貴女にハゲネズミ(秀吉)が不満とかとんでもないだろ。アイツに貴女以上の人はいないし。気にせず貴女らしくいてね。でも、言いたいことを全て言うのではなく上手に扱ったらなお良いね。それと、この手紙はハゲネズミに見せておいて。
だもんな。夫婦喧嘩の仲裁もする上司ってマメすぎだろw 山城みたいなものだし、焼き討ちとか
自分が出火して延焼したのかもしれない >>484
龍谷は西
東は明治以後、活動地味になる 宗教が政治に口をだすな
世界的に見ても政教分離の先駆けだぞ >>511
ブスを嫁にしたら、嫁の実家は絶対忠誠誓ってくるわとブスを嫁にした名将いる。
事実、嫁の実家は予想以上の働きしていたとか >>502
1001は選手を殴って奥さんに贈り物をするというセコいことをしていた
本音では恨まれてただろう >>4
松永が実はまともだったりと最近は変わってきてるのに、昔の記憶のままアップデートしないで記事書くの多いよな ジェノサイド繰り返すんだから、イカれてたんだろうな 朝倉辺りの家臣でノンビリ過ごして滅ぶか実力主義の会社でしのぎを削るか迷うな 30年前の中学生の作文かと思った。
仏教的な考察が一切無し 寺とかは割と焼かれるし、信長だけ残虐って事もないんじゃないか。足利義教だって
、細川政元だってやってたし。むしろ、信長よりもサクッと撫で斬りにする秀吉が一番怖い 信長は偉大で偉業だったろな。300年前の思想、思考で選択したにしては現代に通じてる部分ありすぎる。結局名残があるわけでしょ。時代の政権は前政権を悪者扱いするって多いし。お上に睨まれたくはないから歴史書だって忖度入るさ。それでもこの信長様的な扱い。魔王とも言われるだろなw 宗教弾圧とは別の話。
織田に敵対する兵を引き込んで京のすぐ近くで圧力かけてんだから明確なただの敵対行為 >>527
あの人は試合では厳しかったがそれ以外はかなり優しかったと聞くが? >>4
未だに浅井親子と朝倉の髑髏で盃作ったとか思ってる奴もいるからな 命令はブラック信長
実行者は、光秀とブラック企業の社員 >>515
義教も政元も軍事攻撃しただけで寺本隊には火つけてないぞ
比叡山には軍隊が居たからな
信長は山ごと全部焼き払ったから古いもんはなんも残ってない >>538
信長は下戸で酒飲めないからな。
創作だよ。 >>537
まぁ人によっては冷遇したりもしてたし
>>527みたいなバカアンチが湧くのも分からんではないな 信長はグローバリスト
寺に対して思い入れが少なかったのかも 寺を焼き尽くした業で自分が焼き殺された
しかも寺で
武将が寺で焼き殺された例なんて信長ぐらい
因果応報を体をもって証明した人 あー、でも会社が急成長した後におなくなりになってその後継者競争に加われるなら信長会社も良いな
アレクサンダー会社も
やっぱり創業者一族の会社になるよりは面白い >>538
え?正月の祝の席に招かれた公家の記録に金箔施した首出てきたと記録あるけど 池上本門寺の坊主のオープンスポーツカーかっこいいすね
仏の御心ですね 織田無道をさらに悪くしたようなやつだらけだったんかな当時の大寺は >>544
実際に孔明の子供は、嫁の子供ではなく愛人に産ませた子供だったりする。孔明が俺の財産は家と少しの畑と、愛人が一人いるだけですと言っていたから >>542
比叡山焼き討ち(ひえいざんやきうち)は、明応8年(1499年)7月11日に細川政元が行った比叡山延暦寺を焼き討ちした事件。
明応8年7月に入っても様子を伺っていた政元だったが、ついに内衆の赤沢朝経と
波々伯部宗量に延暦寺を焼き討ちするように命じた。
2人が率いる軍勢は11日に一斉に比叡山に攻め上り、根本中堂・大講堂・常行堂・法華堂・延命院・四王院・経蔵・鐘楼などの
山上の主要伽藍をことごとく焼いた。近江に進軍していた義尹と河内で挙兵した畠山尚順も細川軍に打ち破られ、政元は包囲の危機を脱した。 歴史修正主義者だ!って弾圧する連中にとって
信長は残虐な殺戮者でないと困るのかな? >>550
安土城に移ったあたりで家督はすでに息子の信忠に譲ってたし
信長自身は創業家一族会社にする気満々やったんやで
結果的にそうならなかったというだけで 仏の道を歩きながら、天皇家を脅し市民に高利貸しをやってる坊主の方が、遥かに神仏を恐れて無いんだけどな 宗教弾圧ではない、政教分離。それが武力によった、ということ。事件の前も後も、宗教活動は何ら規制していない。これを宗教弾圧とか言うとこが、日本の歴史教育のダメダメさを現しているし、本質的な理解が進まない所以 というか、三好長慶が後20年くらい長生きして優秀な兄弟嫡男が続々と死ななかったら
三好政権は織田政権みたいになったんだろうか >>553
中世では知識人跡継ぎ以外の公家武家の子供は寺に入るしか無いので西欧と同じくやはり文化の中心 >>548
その理屈なら、山道で家族ともども全滅した武田勝頼は、どれほどの悪人だったのかw この文だと、法然らのほうが
焼き討ち後のように誤解される。 ローマ教会の横暴や分裂も当然耳にしてたと思うし
、我が国の仏門連中と一緒なんて話してたかもな >>557
先代の信秀前CEOの時はきちんとした会社組織だったろ?
しっかりした役員も組織もある >>249
骨が出て出てこないならそんな死んでないな
信長残酷って宣伝したくて秀吉か家康が大袈裟に広めた >>502
おね宛の書状だけでそう判断するのは正直難しいな
現存してる信長自筆の書状って10通もなくて女房(自分の妻や家臣の妻、侍女等)宛の書状もおねの他に2,3通しかなくて内容もおね宛のもと違って簡素なもの
逆に伊達政宗や豊臣秀吉は自筆書状が多く残っていて割と人物像が分かりやすい >>532
一族経営で時代遅れのやり方をやり手専務(社長の大おじ)の顔で支えてたのが専務死亡でこの先どうすんの、なところだぞ 南京大虐殺と同じで宣伝でしょ
越前や長島の一揆は本当に皆殺しにしたもよう >>557
誰もが認める後継の信忠が一緒にやられちゃったのがな >>557
蘭丸や自分が起用した小姓を官僚として、重臣や一族も排除した独裁体制にしようとしていた感じ。江戸幕府に似てた体制。
江戸幕府も一族や親藩が政治に関与できず、十万石前後の普代家臣が運営していたような体制目指したんじゃね? 最近は焼き討ちしてないって言われてなかったか?
焼けた後がないとかなんとかで
違ったかな? >>561
高僧が半グレにいろいろと説いて立派な僧兵として暴れてたと思えばいいのかな 殺人事件には時効は無いんだぞ!
さっさと被疑者死亡のまま書類送検しろよ! >>571
義景が若い設定をドラマじゃやらんからなあ >>538
そもそも戦国自体の勢力分類を知らない人もいるのでは。
・朝廷(修羅の国にした勢力)
・武家(信長、秀吉、家康なんか)
・寺社(最大が延暦寺、比叡山)
寺社は知的エリート、武将は野蛮人ののうきん、朝廷が血統書つきの正統派
て色眼鏡で、
これが悪いやつ、これがいきやつ、きゅんきゅんするーひとたちー
とやってる。 坊主が武装して刃向かってきたんだろ
戦なんだから寺が焼けてもしゃーない 信忠と一緒に政権の官僚衆まで全滅したからハゲネズミにとってはやりやすかっただろうな まあ確かにオウム幹部大虐殺を日本国民の大多数は現在も支持したしwww
別段問題ないwww 見境なく税金を巻き上げれば何度も恨みをかって焼き討ちにも遭うさ >>584
残った武力派旧臣を滅ぼしたのは秀吉だぞ デュークエイセスの奥比叡ドライブウェイの唄は今でもなにかの拍子に脳内に流れてくる 織田っちはアレじゃん南蛮かぶれ()だったし
比叡山だけじゃなくて寺衆の生臭ケンカ野郎どもをどうにかしたかったんだと思われ
今の坊主も生臭だらけだし当時からそういう悩みはあったんだろ >>561
足利家は門跡寺院に男子を押し込んでイザというときの将軍スペアに起用。天皇家の宮家や門跡もその役目。徳川幕府は尾張家紀伊家をスペアにしていたのと同じ まあ、そもそも寺自体が石清水八幡宮みたいに、軍事拠点として有用な形になっていて
陣地としてよく使われるからね >>1
比叡山が好き放題だったからだろ
留学僧で貿易しまくって、貨幣も管理してた。 だいたい戦争中にいっちょ噛みしたらどうなるかなんて考えなくてもわかるだろ
攻撃されるのが嫌なら徹底して中立の立場貫くしかねえじゃん >>577
発掘調査しても形跡が全くないらしいな
信長公記にも人伝や噂みたいな感じでしか被害が語られないし誇張して喧伝したのかもしれん
この記事は認識が古すぎる 信長は神社には手をだしてないぞ
キリスト教も害がない限りにおいて放置だ
当時の比叡山を神仏というのはどうかと。
あれはイスラム国みたいなもんだぞ。
あと、アメリカの自警団がのっとって警察いらねーって言ってる街みたいなもんだ。 >>545
自分的には野村が一番名将だった気がする。
そこら辺にいる人材を使って大勢建て直してるわけで 織田信長が奉納したと伝えられる鎧見たことがあるが南蛮鎧ではなく普通の室町時代の鎧だったぞ 戦国時代の比叡山延暦寺は酒池肉林状態で多くの僧が堕落していた
これは比叡山に限らず、他の宗派でも見られたことで、
歴史上は信長が反対勢力(信長に帰順しない勢力)を
討伐したとされていますが、堕落した仏教を戒める為に、
見せしめとして比叡山を焼き討ちしたという説もあります。 南蛮鎧は秀吉以降に入って来たんじゃ無いかな
あれはイメージだろうな 遺族が疲弊して思考が停止してるタイミングを突いて金を巻き上げていく
振り込め詐欺集団と何ら変わりない >>206
>室町幕府は文字も読めない大名だらけ
馬鹿すぎ
下剋上の戦国大名にはそう言うのいないでもなかったが
出自が名門しかなれない室町の守護大名に文盲なんているわけねえだろ、低脳 >>577
発掘調査で小規模な火事があっただけで
焼き討ちは比叡山のプロパガンダだだた。 信長が一方的に悪く言われるけど
貧しい民へ坊さんが高い利子で金貸したりして色々無理難題で民を苦しめた。
今だとヤミ金みたいな。
信長がそれでは民が貧しくなる一方だと
それも攻めた一因らしいよ。
僧兵だから邪魔というのもあったろうけど。 >>599
司馬遼太郎の本だと「玉石共に潰す」と言わせてたね「高僧も止められなかったのが悪い」と >>591
増上寺の門跡は代々皇室の親王から迎えていたんだよな
それでも官軍に攻められたが
>>603
豊臣秀吉や蜂須賀小六みたいのも本当の庶民なら織田家に就職することすらできなかったと言われているな >>577
最近は焼き討ちはあったけど根本中堂とか大きな館を焼いただけで総山ではなかったし撫で切りもなかったって説を唱える研究者が多いな
信長研究で有名な金子拓とかもこの説唱えてるな 武装してた半グレ集団
オウム真理教的かつ関東連合のような幸福の科学的要素を持ってたような感じ? 光秀もすすんで参加してるし、信長だけの意向じゃないだろう、兵士抱えてたんだから討たれることもある これだけぬっころしまくっても文化大革命みたいにはならなかったのは
すでに日本の文明は次の発展に移っていたのか
それ以前のフェーズでは読み書きから記録を取る役目を果たすことで発展に貢献していたようだが >>588
寺社勢力から武力を奪ったのも太閤の刀狩り
信長と対立してなければ、秀吉が寺社勢力と対立して、後世に悪口を書き残されたことだろう。
「太閤とは、戦う意思と力を奪った魔王である。平和に生活していた(武装蜂起は正義のためー)我々の小さな(数万人かこいこんでますけどね)箱庭を壊した盗人め!」
とか 比叡山が神仏?w
僧兵集めて武力独立して税金を勝手に徴収
僧兵は酒も女もばくちもする下種くされ生臭坊主
根来衆なんていって貧乏人に金やるからとかき集めて、うなるほどある金で
種子島持たせて使い捨ての突撃兵に。やつらは仏を拝みながら腕の二、三本切られても
鉄砲もって戦うw
な、これが比叡山。wイスラム国ですやんw 政治力を持った実力のある組織に、神だ仏だのと言って保護する方がおかしい >>607
高僧はそういう連中に担がれていたから
力なんてない。客寄せパンダ。天台座主自体が名誉職。 >>596
延暦寺の管理する日吉大社焼いてるじゃん
比叡山は山王神道であって、神仏習合の聖地
仏教と神道をわけることはできない 比叡山の坊主どもがあまりにもガイジ過ぎて
信長はかなり耐えたほうだと思うよ(´・ω・`) NHKスペシャル信長では、
信長のスポンサーはキリスト教で、仏教弾圧しないとヨーロッパ製兵器を売って貰えなかった >>1
実家が天台宗だけど当時の御山は焼き討ちされても致し方無しと思うわw >>604
日本の 元祖被害妄想餓鬼乞食 って感じだな
つか仏教って乞食からの団体だもんなそういえば >>612
光秀が一番信長に忠実だったぞ?
容赦なく虐殺やったり、協力しなかった豪族は後日集落ごと皆殺しにしたりと信長真っ青のことしてる。だからその忠誠評価されて坂本もらえた >>543
部下にそれで「さぁ飲め」ってやったんだよ 比叡山焼き討ちの実態は延暦寺そのものではなく山麓の坂本が標的にされた。
だからこそ犠牲者に女子供が多数含まれていたっていうのが最新の研究結果だったはず。
坂本には延暦寺の高僧(実は、破戒坊主)の隠し妻や隠し子が多数居住してたので、相当な精神的ダメージを延暦寺に与えることができたはず。
また、門前町を破壊することで経済的ダメージも当然与えることができた。 キリスト教のアメリカが空襲するとき教会は
燃やしてないと思ってるのか? >>240
自分の中のイメージの織田信長が好きなんであって史実から検証され修正された織田信長のイメージは好きじゃないのかも
でもそれはあなたの言うように歴史好きとは違うよね 一面焼き払ったみたいな一般認識だけど、実際は「制圧」みたいな感じで、
火事も御厨か倉庫が焼けただけらしいな
宗教団が武装してたんだからいずれ非信者と戦争になっていただろ、オウムのように
いい仕事した信長 お坊さん達は武器のみ取り上げで済んで感謝しなきゃ本来の仏教啓典にお金集めシステムの檀家制度なんて書いてないよね。
お釈迦様はどうしたら極楽行けますか?と聞かれこう答えた。無理して隣の人助けなくても少し余裕がある時にその余裕を分けてあげるくらいで十分に極楽浄土へは行けると話した。
お坊さんは現代の社会においてもまだ多すぎる。削ろ 織田信長は猶予も与えて通達も出してたらしいけど光秀が突っ走って虐殺しまくったとかもあるな >>626
小説による創作
実際には化粧したドクロを飾っただけ というか大坂の陣だって関ヶ原の戦いみたいな平原での戦闘ではなく市街戦だったんだろ?
比叡山攻撃も山を焼いたと言うより城塞都市を攻撃したんじゃね? >>614
応仁の乱から戦国時代を経て徳川幕府が出来るまで
荒れに荒れまくっただろうが
文化大革命以上だわ >>633
偶像としての信長が好きならゲーム板にでも行っとけとしか 三英傑全員下戸かも知れないのか
まあ酒に酔ってたら合理的な判断は出来ないよな
酔いながら無敵の謙信はどうかと思うが >>609
それは寛永寺じゃね?増上寺は浄土宗の徳川家の菩提寺でしたというだけで。だから政治的発言権も大きく忠臣蔵浪士を寛永寺の法親王の助命嘆願理由に許すなんてことも検討された。
代わりに徳川の旧臣立てこもり事件起きたわけだがそれは仕方ない。 >>1
あれは、なまくら坊主とそれに仏罰を与えない仏に鉄槌を下したんだろ。 東大寺を喧嘩場所に選んだ三好筒井久秀はひどいよね(´・ω・`) >>641
敵のドクロに敬意を払ったと考えられないか? 単純に軍事拠点だろ当時の寺社なんか
それで攻撃されそうになると宗教持ち出すからそんなもん知らねーって奴が台頭してくると焼かれる >>240
最新研究とか言ってるけど、一番新しい「解釈」であって
新しいから正しいはずというのは違う
それならなんでも後から言い出したもんの勝ち >>605
当時の延暦寺はやってることがISISと変わらんな
どん引きだ >>612
自らすすんでやったわけではなくてあくまで信長の命令に忠実に従っただけ
光秀の書状見ても比叡山の麓の仰木の町を撫で切りにするとしか記載されていない
波多野兄弟の八上城攻めでも4,500人の餓死者が出ているとこの近辺の国衆に宛てた書状が残ってるけど、
これも光秀の一存で決めたことではなく細川藤孝と協力して兵糧攻めにしろと信長からの命が下されてる >>643
そっちだ
失礼
>>646
それ見た公家はバッドブルーになったらしいぞ >>625
光秀に管理させたってとこがまた色々考えられるなw >>641
それは供養の意味合いあるんだよ。
>>631
新教の国だから「異端のカトリックの教会がやられるだけ」的な感じだったんじゃないの?
連中たちは同じキリスト教でも自宗派以外は敵として排除するから。これはイスラムも同じでシーアはユダヤやアメリカよりも危険だと弾圧してるやん >>655
>それは供養の意味合いあるんだよ。
ねーよ
お前はサカキバラか >>655
アルビショア十字軍とか
異端に対してもさらにえげつないから
やつらは なんとまあ今の日本と状況が似ている
と言うよりこんなに大昔から構造が変わってないんだろうな
信長でさえ変えられなかった そもそもめっちゃ由緒正しいモンテカッシーノ修道院何かでも敵拠点になるからって名指しで攻撃目標にしたぞアメカスは
辺り一帯爆撃したらそこに教会があったとかそんなレベルで動揺するわけねえじゃん 安倍のドクロなんて飾りたくも無いわ
腐り果てるのに任せて溜池にでも捨てると思うが
ワザワザ敵将のドクロを杯にして酒を飲む
ここに愛を感じ無いか?
接吻してんだぞ?安倍のドクロにw >>651
光秀は本来仲介交渉役じゃね?
降伏を説得できなかったのは無能
>>655
めでたい正月に晒さなくても >>646
信長的には供養だったんじゃない?当時としては贅沢な漆や金を使いまくったんだから。
本当に貶めるなら中国の智伯みたいに尿瓶になってるわ。 >>658
どこが似ているのか
お前そう言いたいだけだろ >>643
京都の鬼門の比叡山延暦寺も、代々皇族が座主
江戸の鬼門に東叡山寛永寺も、代々皇族が門跡だな
寛永寺の法親王は江戸在住の皇族の代表
天台宗にたてつくとは皇室の威光なたてつくこと
信長の時代は皇室に権力なんてないけど 延暦寺は仏法の修行してない上に凶悪な盗賊団なので
信長に視察を命じられた明智に「根切りにする」とか言われちゃったくらいだからな。
仏寺に女ってだけでも破戒なのに美女であることを強調するとか。
昭和の末期の改築の時に考古学的な検証がされて信長が火を放ったのは事実ではなかった。
>>604
内部の一角の延焼跡は天台座主だった足利義教の可能性が高いよな。
足利義教を怒らせて義教と周辺寺社の僧兵に討たれた。
天台宗は周辺の寺社に放火するわ略奪事件を起こすわ政治介入で勝手に島流しするわ。
この時も討たれて当然のことをしていた。 石山合戦はともかく比叡山は同時代でも批判一辺倒じゃなかったと聞いた
比叡山自体が評判悪すぎたとか >>641
当時の感覚ではそれを珍妙としていて残酷とはしていない
現代の感覚で当時を語るなよ 足利六代将軍や松永さんに比べると、信長とか相当行儀が良い方よ。
松永さんの場合、有職故実に精通しておきながら、
あえてやるところが怖いんだけど。 焼き討ち虐殺ってとんでもない戦費がかかると思うんだけど本当にやったの? 当時の比叡山を神仏とか言うのどうなの
今でいうとイスイスみたいな連中だぞ >>662
信長的には供養www
ますますサカキバラだな >>651
なで斬り候と書状を送って諸侯に参戦を申し出た
やる気満々よ 伊勢長島の際の信長のアレだって、身内をスナイパーに次々殺された恨みみたいなもんだしなあ。 >>661
光秀は取次ではなく司令官だぞ
取次は堀秀政とか菅屋長頼の役目
そもそも八上城攻めでは光秀が一度こっびどく敗戦してるから信長が降伏は許さない構えで、光秀はそれに従っただけ >>672
仏教過激派 vs 信長率いる有志連合軍的な? >>672
比叡山から仏教が発展していったんだから
堂々たるメイン派閥だよ
そんな木っ端と比較しちゃダメ 比叡山の僧兵は京都の寺襲ってたのに逆のことされたら大袈裟に騒いでなぁ
光秀は麓の寺を焼いただけだろ 供養なわけがない
当時、自分を裏切った浅井朝倉に激おこだった
臣下に対し、俺を裏切ったらこうなるぞ見とけー!っていう大見得 室町ぐらいの全国の土地所有者見てるとかなり大寺系列なんだよな
朝廷幕府大名を凌駕する
力で寺社勢力を屈服させた安土桃山時代が近世の始まり
廃仏毀釈を進めた明治が近代の始まり >>15
大体そうだと思う。
その後比叡山にも本願寺にも禁教例出してないし、政教分離をしたかったんじゃないかな。 >>635
檀家制度とかは徳川が治世するにあたって
仏教を利用したものではあるのかな
原始仏教と中国あたりを経由した仏教はちがうし
日本にきて土着化した仏教もちがう
庶民に請われて葬式ってのをつくった仏教もあるし
葬式仏教と言われて軽んじられた仏教もある
自分がなんの仏教について
ものを言ってるかは、ちゃんと整理した方が良いと思うで
現代社会だけに限らないけれど
なんにもしないでも食っていける人がどれだけいるか?
ってのは、その社会の豊かさを表してるんだよね
坊さんに限らないで、大学教授だの、天皇なんかもそうだし
年金生活者、障害者なんかもそうなるかね
非生産的な人たちを削れって意見はわかるけど
坊さんだけってのはなんで? 天台宗は、最澄以降、皇室御用達の宗派で
権門にこびをうって庶民のことなんて全くかえりみなかったけど、
明治以降皇室が仏教から離れたからオワコン化した
広大な寺領も廃仏毀釈でとりあげられるし、庶民の信徒なんていないし
今は、庶民に人気の真宗、日蓮宗に媚び売ってる
比叡山にいくと親鸞や日蓮が比叡山で修行したスポットアピールの看板がたくさん
昔は真宗や日蓮宗を弾圧してたのに 敵将のドクロを杯にして現代まで残ってるんだぞ?
これは立派な供養の一つと考えられないか?
私だったらポットン便所に捨てる
信長は割ってさえ居ない
愛情を感じる
敬意だ >>657
他宗教への弾圧よりも、内ゲバのほうが凄惨になりやすい。
>>664
皇室としては天台宗や真言宗信仰で、天皇個人は禅宗信仰していたパターン多いぞ?禅宗の坊主に対して天皇や公家に尊敬され国師号出しまくってたからな。一休さんも天皇の兄として
尊敬されていたわけで 僧は自らが兵力となりヤクザ以上のみかじめ料や通行税を取り、民衆を巻き込むことで兵站・戦闘力を得て仏門に帰依した人間の行いどころか、人間として最低の行いをした。
それで信長に逆らってきたから潰して当然。信長はテロリスト集団を討った正義の人。虐殺者呼ばわりはとんでもない いや、全然おkだろ
都合のいい時だけ仏の遣いだのなんだのと言いやがって
普段は酒池肉林でカネ儲けし税金は払わないくせに政には口を出す
やられて焼き討ちは当然だな
てか宗教屋とかこの時代から全く変わってないよな
やってる事も現代と同じだしなw >>678
もともと将軍家や宮中公家とのパイプ役で信長に仕えていた実績もあるのでゆかりのある比叡山説得したんじゃないの? >>672
叡山座主は天皇の弟
カルトと一緒にしたらいかん >>675
和田秀純宛の書状みると分かるけど
「仰木之事ハ是非共なてきりニ可仕候」
比叡山焼き討ちに関してはたったこれしか記載がない
ここからは光秀自身がすすんでやったかどうかまでの心情は読み取れない 女色や酒色に溺れてる坊主なんて殺して当然
サヨクみたいなやつらだよな
普段は自分等から仕掛けておいて、いざ攻撃されると喚き出す >>689
自分だったら、が尺度の話なら、もういいから。 家の近所の山寺も焼き討ちに遭ってるけど、
当時の僧兵の勢力は討たれて然るべきかと思う
まあ、明智に倒された時点で詰めが甘いというか、間抜けというか >>694
天皇の弟が宗教の過激派グループに所属とか世も末
ただのカルトよりよっぽど悪い まあただ、武田信玄も叡山焼き討ちにに激怒したのは確かだ。
しかし、謙信は怒ってないんだよな確か。 >>697
デマ流すな
アカは宗教法人課税公約とかして昔からおまえらカルトの天敵だろw >>704
アラブの王族がISIS支援していたり
ビンラディンも高貴な家の出だったり 流石に奈良時代から続いてるんだからカルトでは無いわ
過激ではあったけど 信長がいなかったら、信長がキチガイ宗教の危険性を見破らなかったら、
日本もヨーロッパみたいな宗教原理主義社会になっていたかも、そう考えると織田信長公の偉大さがよく分かる
ドイツなどは、町民図書館、市民病院、市立幼稚園、国民の休日、政党名、学校に至るまで宗教の名前が付いてる
想像してみたまえ
上九一色村立麻原記念図書館とか、館山市池田泰作市民病院とか、顕如誕生記念日とか、聖親鸞社会党とか、
近代的な政教分離の概念からはかけはなれた、ヨーロッパのような中世社会になっていた可能性があった
信長は偉大なり 当時の一般的な考えからは許されるもんじゃないけど、長い目で見れば正しいことをしたとも言える 同じ比叡山攻めでも
秀吉ー戦うフリして、わざと見逃してる
光秀ー忠実に皆殺し
と差がある。 >>704
自ら望んで赴くわけではない
当時はどんどん寺に送られた >>708
400年経っても人間は愚かなままだな鬱… >>693
それに関する一次史料は見たことないなあ
憶測ではそうかもしれないと言うこともできるけど基本は信長の命令に忠実に従っていたということしか一次史料からは読み取れない
光秀宛の信長書状はほとんど残ってないけど縁の深い細川藤孝(細川家文書)に光秀のことがよく出てくるから、そこからしか分からないな >>699
あと塩分過剰摂取していた。動脈硬化進んで晩年はヒステリックになった。これだと本能寺なくても十年以内に死んでいた 現代は宗教だけじゃ無くて社会主義人権環境ポリコレに命かけるのもいるからな
更に複雑になってる >>683
こうなるぞ!見とけ!!!って当時は首実検で晒されるんだからあんま意味なくない? >>528
麒麟が来るではスルーかな
マチャアキとか岡村のシーンカットして僧兵との戦闘シーン増やしてほしい >>703
嫁的には「兄貴に逆らった旦那が悪い」としか感じてないんじゃね?もし悲しんでいたら出家していたし、再婚もしないだろ。 謙信も酒と塩のせいかなと思うから当時からやっぱり健康が一番よね!となる >>719
首実験はどの人もやったから
自分を裏切るとこうなるぞ見とけのケースにならない アルコール依存症でトイレで倒れてなくなった人も同じ享年49歳だったな >>704
ちがう、比叡山延暦寺自体がもともと天皇の支援受けてできた寺
座主は親王や摂関家(ただし座主はあまり比叡山には住まない、皇室も山門をうまくコントロールできない)
権門の威光によって信長時代まで好き放題してきたってこと >>722
健康マニアの家康が最終勝利者になるのは当然だ。 >>721
浅井のヨメというより織田家のファミリーって思いが強かったのか
小豆送ったりして >>686
戦国の世に吹き荒れた一向一揆(今でいうところのオウム真理教、子孫たちは浄土真宗をやってる)
それをなんとかするために徳川幕府が苦心のすえ考え出したものだよ
一向宗(これも仏教の一種だが)から、他の宗派へ改宗するものは、寺を作って葬式利権を与える
改宗しない者には、皮革食肉利権を与えて川の傍へ住まわせる(明治になってから部落と呼ばれることになる人々)
どちらも死体を扱うことを生業とさせることで、社会への復帰を模索した
これが江戸初期の状況
一向宗みたいなキチガイを抑えるための社会的費用が、世界一高額(ダントツ)な日本の葬式費用
江戸時代から、葬儀にやたら金がかかるようになったのはこういう理由
幕府は、この戦後(関ケ原、大坂の陣後)の一向宗を外様に対する抑えとしても利用した
その代表が、安濃津藩の藤堂家(外様でも別格の扱いではあったが、幕府はきちんと抑えを置いてる) 安土桃山文化を代表する作品で、絶対みんな見たことある狩野永徳の唐獅子図屏風が国宝ではないことを最近になって知ってビックリした エッ?ソウだな・・・今日は党首討論の映像も流しているせいかハッキングがひどいわな・・・。
音楽番組ではキーを2つ上げて歌うようにと伝えておいてあげてくれ・・・。
そっちのほうが女受けはいいだろう・・・。
編。完。 >>725
そういう意味では、中世権門体制の残りかすを信長が掃除したという感じかなあ。 >>25
昔比叡山に行ったときに、案内の坊さんも「まあ、あの時はうちも調子に乗りすぎてましたから」とか言ってたなw >>724
脳梗塞ですな。酒のおつまみにお塩や梅干しばかりだったからね。 >>723
認識票だの
DNA鑑定もないから
大将を討ち取った、なんてわかりゃしないよなぁ
案外、別人の農民やら足軽の死体とかでテキトーに済ませて
これは、名のある武将のものってことで終わらせるのが
暗黙の了解っていうか、作法だったのかもしれない 殺生禁止のはずが僧兵なんて野蛮な連中を飼ってるわけだから、仏教として破綻している。
仏罰とやらが当たるなら真っ先に当たってないとおかしい状態だが、そうならないから自分が代わって罰を与えてやる
というのが信長の考え。
信長は敵対しない宗派は庇護したりしてるので、焼き討ちをしても仏教全体を敵に回す構図にならなかった。
現代の考え方では、いかなる理由があろうと皆殺しは駄目でしょってことになるけれど、当時は戦国時代の生きるか
死ぬかの時代だから、敵対した以上情け容赦はしないという形になってしまう。
比叡山も一向宗も、他の宗派から「仏教から逸脱したことをするのでああなった」と言われ、何も言い返せないから、本来
あるべき方向に回帰したのだろ。 >>685
層化公明党の台頭を許してる今の日本は先祖帰りしとるがな
自民党の連中より信長が遥かに優秀 >>728
真言宗てことは「おんあぼきゃべいろしゃのう〜」って謙信も日々唱えてたのだろうか 退廃紊乱っぷりが凄まじかったらしいな、当時の御山は そもそも焼き討ち=虐殺論自体が後世の脚色によるものだってのが現代の通説だろうに
殆どの住人も僧兵も山を降りて比叡山を放棄してたから組織的な抵抗も殆どなく
もぬけの殻になった建物の幾つかに火を放っただけ
もしかしたらあえて大げさに触れ回ったのが信長陣営かもしれないってのはあるが 当時の比叡山はカルト&暴力団みたいな極悪組織だったので。信長は解放者だよ >>1
延暦寺 = アルカイダ = タリバン = 地球教(銀河英雄伝説)
宗教をかさに暴動、テロを誘導する軍事組織だから
延暦寺にいたっては裏で一向一揆を誘導し、僧兵が暴れ治安を乱してた
それを神仏の組織であるというのがおこがましい、ある意味、
マフィアや暴力団よりたちが悪い >>729
当時の嫁は実家のために行動するのが当たり前の時代で。嫁にとって実家は嫁いでも大事だった。そりゃ離婚されたら養ってもらうのは実家しかないから。
武士の家計簿でも倍返しの当主は、他家へ嫁いだ自分の姉にもお小遣いを定期的に支給なんてやってるくらいですし。 >>726
漢方を一部かじっていただけで塩分摂取量などは家康は特にひどかったぞ。
塩加減が適度だと食が進むからと周囲がまともに食べられないような量の塩を投入していた。 飛鳥時代から仏教を取り入れて政治文化が安定してるしキリスト教布教禁止の土台になってるから利点も多々ある
ただし、腐敗は駄目 >>722
謙信に関しては酒の影響も勿論だけど本人の性格もあると思うわ
謙信の書状で「馬鹿者」って言葉が家臣宛の書状ではなく他家宛の書状にいくつか出てくる
40過ぎても馬鹿者って書状出してるしこの言葉使ってるの謙信以外に見たことない
謙信はいつも怒ってたことが容易に推測できるから血管キレたんじゃないかな >>750
ただ、日本人は塩分の目安あんまり関係無いかもね
塩分過多の日本人の寿命長いもの >>742
はんどまじんばら、はらばりたやーとかね。
ハンド?魔神の腹?と子供心に思ったよ俺は家が真言宗だから。
謙信とパタリロ殿下は真言宗 >>714
島国だった日本社会の知恵なんだよね
東大寺も同じ
天皇家や公家の子供が送り込まれてる
そういう人は東大寺のトップとかになるんだけど、同時に行き場を失った人たちも受け入れて働かせたりして丸く収めるっていうか、そういう機能を持ってたのが寺だね
それを悪用したのが比叡山延暦寺で、治安の乱れた戦国時代には、酒池肉林どころか武装して民衆を殺しまくり誘拐しまくりのやりたい放題だったから信長がキレた
いつの時代も、宗教なんぞはキチガイしかいないわけだが、日本人に宗教=キチガイという認識を植え付けたのは
比叡山や本願寺の一向宗、それから大暴れしたキリスト教だろう(最近ではオウム真理教なんかもあったね)
信長が日本最高の英雄として皆の尊敬を集めるのも当然のことだろうね >>722
強大な反信長包囲網(将軍足利義昭、石山本願寺・一揆勢、比叡山延暦寺、三好三人衆、荒木、六角、
甲斐の武田信玄、相模の北条、丹波の内藤、近江の甲賀衆、伊賀の伊賀衆etc)
VS
敵だかけで四面楚歌の織田信長
信玄がタイミング良く病没したから命拾いした >>740
隠居して高野山に行こうとしたしな実際。 >>686
全然同じレベルじゃない人達を一緒にしないでほしいんですけど。税金免除されてるような。いまだに怪しさ満点のままお金愛する詐欺教祖生まれるシステムとか欠陥。自浄作用ない所がどうしようもない >>679
強大な反信長包囲網(将軍足利義昭、石山本願寺・一揆勢、比叡山延暦寺、三好三人衆、荒木、六角、
甲斐の武田信玄、相模の北条、丹波の内藤、近江の甲賀衆、伊賀の伊賀衆etc)
VS
敵だらけで四面楚歌の織田信長
信玄がタイミング良く病没したから信長は命拾いした >>762
ド田舎でマネーリテラシー皆無の武田が天下とったら日本は終わってた >>25
というか、寺は自衛しないといけないからどこのお寺も武装してたんです。寺自体が自治権もらった自治体みたいなもんで。
あと禅宗も大人しそうにみえるが、実はかなり武闘派の宗派で武器もってる。少林寺拳法なんてのも寺の護衛する手段だった。あと箒は槍や薙刀の長さと同じで掃除は軍事訓練みたいな側面あったりした 謙信が桶狭間で三国同盟崩れた瞬間に関東侵入するの惚れ惚れする >>738
だからそれを人の目で確認するための首実検だろ
嘘の首級なんてのが罷り通ってたんなら
討ち取ったはずの敵将が落ち延びてまた再起してきたみたいなのが頻発してないとおかしい
そういう事例はほぼ聞いたこと無いんだから人間の目で合ってもそこそこちゃんと確認できてたんでしょ >>750
家康に限らず当時の塩分摂取量って相当なものだったんじゃないかな
例えば伊達政宗は歳暮として鮭を他の武将に贈ってる書状が沢山残ってるんだけど、
仙台から関東や東海、京都の親好ある人に贈るのに当然腐るから、子籠(塩漬けにした鮭の腹の中に、塩漬けにした鮭の卵を入れたもの)で贈るようにって指示してるから摂取量は相当なものだったと思われる 今でも坊主は体育会系でガッチリスクラム権益守ろう
あるかないか
わからんもので商売するんだし >>757
武田信玄より勝頼の方が優秀であったことが近年は判明しているぞ。
信玄はなぜ長篠城の攻略を遅らせたのか不明だし、補強される前に攻略していたら戦況が変わっていた。
当時の兵法って仙術とかの類の御呪いのことで
風林火山と唱えればバフ効果があると思うアホらしい話だが。 >>767
実は桶狭間の前年の信長と謙信は上洛してるんだよなぁ 進めば往生極楽、退けば無間地獄なんて極端な思想を旗印に
してたのが一向宗だしなぁ・・・そんな連中と対峙したら根切り戦術しかないね
叡山もまた肉くって女だいて体鍛えて武装して信長政治の邪魔ばかり
根切り祭りも後の祭りよ 宗教団体が武装するとか、オウムと同じだろww
俺が当時武士だったら信長支持100% 勉強になるなあ。説が確定されるまでは好きな信長像を選択出来るのね 昔の坊主は戦争要員・傭兵みたいなのもいて
寺院ってのは武装した宗教集団だったわけで 『書状のとおり根本中堂二十一社ことごとく焼き尽くし、山におる者のすべての命を奪え……』
『サル!貴様!
仏などと申す者は木と金と泥で出来た木偶人形のごときものじゃ!
わしの命に背くか?!』
『地獄などと申すものは、
人の作った絵空事じゃ!!
よいか!
わしに従う限り、神仏などいっさい信じるな!
何ひとつ怖がるでない!』 >>750
>>769
脳梗塞よりも胃癌になりそう。
実際に家康や政宗は胃癌で死んでる。
野戦生活やってた人は塩分とりすぎの食事になってしまうから胃癌で死ぬ人おおい。
茶道に凝っていた人は長生きしたけどな。
カテキンはすごいんだろうなやっぱり。
上田ソウコは四代将軍くらいまで長生きしたし、細川サンサイもしかり >>769
同じ時代で同じ食事をさせられた周囲から不満が出て倹約を説くくらいドケチでもあるんだが。 >>761
同じレベル、とは?
皇室は税金免除されてるんだっけ?
怪しさ満点?
詐欺教祖とは?
天皇のこと?
日本神話とかでっちあげ
せいぜいが地域の土地神、一部氏族の氏神だったのを
日本全土の神みたいにしたのはけしからん、みたいな話?
戦中の現人神みたいのは酷かったですもんね
自浄作用がない、とは?
皇室をなくせ、とか、そういう人ですか?
自浄作用が働かず、天皇が残ってしまった、と?
>>768
再起ってカンタンに言うけど、そうカンタンなものでもないんでは?
攻める側だってバカじゃないんだから、相手の力を削ぐ
経済力なり、システムを奪うか、破壊再起不能にはするでしょう
敵将がいるだけで再起できるわけがない
再起できないのなら、名乗り出る必要もない
名乗り出て殺されるってのはロマンあふれるかもしれないですけど
まぁ、ないんじゃないです? 浄土真宗は武装集団化したこの一点だけを以て
信じたらいけない宗教だとわかるだろ。
称名念仏とか話にならない。
釈尊の思想を理解するには、まず瞑想から入らなければならない。 >>774
この考えには真宗内にもかなり異論があって、
揉めてる。親鸞がそんなこと言ってないだろ勝手に教義曲げるなと本願寺派以外の浄土真宗は信長側に味方した。 その頃の比叡山て僧兵が好き勝手やってたゴロツキ集団でしょ。 >>738
首実験は討った奴の評価をするためでもある
そんな適当なことやってたらカネが持たんわw >>263
今こそ天竺に行かなあかんな
悟空、沙悟浄、猪八戒、ついてまいれ! >>780
例外は蒲生氏郷と前田利長くらいかな
利長は52で亡くなったから早死にとまでは言えないけど 宗教は滅ぼしてくれて構わんが
貴重な書類や芸術品が失われたのは
大変残念 >>785
一向宗は浄土真宗ではない
出どころは浄土宗だが親鸞と別系統 >>769 冷蔵庫がなかったから大量の塩漬け、塩分接種の過多は仕方ないとして、想像だけども食する時は塩抜きしてたんじゃないかな。
昔ながらの製法の保存食を食べたことあるけど、水につけ塩抜きしてから焼いていた。それでも塩分量は多いと感じたけどさ >>775
日本政府にあたる?朝廷がめちゃくちゃ弱くて
自分のところの警察だとか、防衛もままならない状態でしょ?
近くに頼れる信長がいたから
それに泣きついたってあたりが正しいんでないかなぁ
支持とかって話になるんだろうか?
武士って言っても僻地の武士と
中央に近い武士でもちがうだろうしなぁ
雇い主がすっかり疲弊して
預かってた土地を実効支配した連中とかでしょ >>263
インドではヒンズー教の神の一人として仏陀は崇拝対象なんじゃなかった?
昔、猿岩石がインドヒッチハイクしていて仏教僧になったけど、その時も「巡礼ご苦労様です」とヒンズー教徒とおぼしき人から崇められ車に乗せてもらってたの覚えてる >>784
再起が簡単かどうかは状況によるかな
信長包囲網初期のころの敵とかはとりあえず毛利方に逃げておけば足利義昭のように何とかなった可能性が高い
荒木村重もそれで生き延びてるよね。彼は別に嘘の討ち取り情報は無かったけど
石田三成とかも関ヶ原で逃げ延びてたら何をやってでも再起しただろう 織田が叡山の領地を押領して朝廷の裁断にも従わず、返却しなかったのが発端
叡山は織田を嫌って朝倉軍を入山させて便宜を計った
織田、朝倉で一応の和議が成った後、信長が叡山に今後彼らを引き入れるようなことはやめろと言ったが、言うことを聞かないので攻めることとした
発掘調査では根本中堂と大講堂の焼けた跡はみつかったがその他の建物の焼けた跡がみつからない
山の上では象徴的な建物だけ焼いて、あとは‥山をくだった坂本を焼き討ちしたのか‥わからないが >>769
食い物は味噌、漬物、塩魚しかなかったからな >>792
蒲生は大腸がん?前田は梅毒だったはず。
蒲生は石田に毒殺されてんじゃね?と疑われたが治療した曲直瀬さんのカルテからして癌くさい。 >>795
なるほど塩抜きか
調理方法までは知らなかったな
なんかその辺りに関する当時の史料でも残ってると面白いのにな >>686
ついでに言うけど、仏教の何何がなんてどうでもいいわけよ。要は宗教と言う区分即ち道だろ。生きる道。ある者は藁にもすがるから盲信する。資本主義も源流は同じよ。道が見え進むために目的も生まれる。思想化と言えば聞こえはいいが見方変えたらただのテロリストだからね。資本主義自由主義社会の大枠ルールからだいぶズレてるから本来増長しててもいい事なんてない。徳がない奴が頭になりバカが話を聞いてたら中東のテロ人員宜しくだって話。坊さんに徳を感じない 義教は焼き討ちしてない。
脅してたら比叡山側が勝手に火をつけた。
実際に自分の手で焼いた細川とは違う。 >>1
僧兵が暴れ、世の一向一揆を誘導した、ただの暴力集団、
軍事テロ組織だから潰して当然 >>803
坂本城建設は比叡山関係施設を流用してるから大規模な焼き討ちがあったのか疑う。短期間で坂本城ができたのかんがえたら >>10
> 坊さんが高級車乗り回すのには腹が立つ
恐らくだけど>>1の時代も同じだったから焼き討ちされたのでわ? 信長は崇福寺とか保護してるのもあるからな
本能寺もそうだろう スキンヘッドの暴力集団で高利貸し
と言えば、比叡山 現代で言えばイスラム国みたいなもんでしょ焼き討ちする以外の選択肢ないね 信長公記では、比叡山を全殺ししたったわwwと書いてるけど
発掘調査では、燃えた跡が全体の1割、人骨無しで、嘘の記述じゃね?とされとる ここでぶっ壊したから日本では以降宗教戦争がほとんど起こらなかったって言うのもあるよね
キリスト教の規制もこれの再来になるのを恐れて全面的に規制したわけだし
そして日本人は謎の他宗教民族になった >>787
なるほど息子に鮎の焼き方のダメ出ししてるくらいだし焼きは難しいわな
細川忠興書状細川忠利宛
鮎が送られてきたが、この様な炙り方では駄目だ。カラリとなるまで炙り、汁気を飛ばすのが良い。
今度(鮎を)送る時はこの事を肝に命じるように。またあまり(魚の身に)切り込みを入れすぎるのも良くない。 日本人は神仏という名の前では神妙になるけど心得違いも甚だしい
オウム真理教を野放しにして好き勝手にさせたのもそれ
信長はそういう先入観がなかった >>813
信長が今生きてれば、生臭宗教に課税するよな >>809
勝手に過激派が焼身自殺しただけ。
>>814
浄土真宗も本願寺系以外は保護してる。
あと当時の商工業者に信者多かった法華宗は特に保護していた。もっとも信長は安土宗論してるように力持たないようにコントロールやってる そもそも坊主や神主、山伏なんてものは昔から大概ロクなもんではない イエズス会が来てからおかしくなった。黒人の奴隷を信長は引き取り弥助と名付ける。この弥助とイエズス会に騙されたわな 比叡山は公然と信長に反抗したんだから滅ぼされて当然
焼きうちする前に翻意するように説得してる
明智光秀も皆殺しにしてやりましょうと信長に言ってる まぁショバ代払えとかやってる事モロやくざだもんな
信長の暴対法だったんだろ >>818
端緒と言えばそうかもね
秀吉の刀狩り、家康の武士階級の特権化とかで一般人の非武装政策を進めたのが大きい >>803
近年の発掘調査じゃ僧兵の骨とかも見当たらないから比叡山には僧兵とかほとんどいなかったって言われてるね
おそらく坂本の街を僧兵が拠点にしてたんじゃないかって 廃仏毀釈という名目で薩長の連中が日本中の寺や仏像や経典を
焼きまくったことってマジで許せないよな。
薩長によってどれだけの文化財が焼かれたことか。 宗教を隠れ蓑に権力闘争に係わってる俗世クセェ生臭坊主だからしょうがねぇ >>797
そんな状況でこんなこと言われたら惚れるしか無い
「只今はおしなべて自分の力量を持って国の法度を申しつけ、静謐にすることなれば、守護の手入まじきこと、かつてあるべからず」 ●石山本願寺との10年戦争では一向宗の北陸でロシアソビエト革命からすぐに富山湾に核攻撃で深い穴をあけられた損失が石山本願寺側にとって痛かったが(富山米騒動) >>804
酢による保存や干物もあったのが確認されているけが圧倒的に塩分だろうね。 >>829
骨も残らないぐらい徹底的にやきつくした信長はひどいやつだ、ってことで 今の成金坊主見てると、まぁ焼き討ちされても仕方ないと思う部分もあるが、当時としてはアンタッチャブルではあっただろうな まあその結果の甘えびだったわけかもしれんがロシアソビエト革命103周年だったっけ >>830
薩摩と長州が日本文化を破壊しまくったことに触れるのはタブーみたいな空気あるよね
歴史を扱う番組とかでもその悪事には触れないし 京都の浄土真宗本願寺派の僧侶住職の後ぎ継が多く在籍している龍谷大学文学部真宗学科のボーダー偏差値は37.5と産近甲龍全学科中最低。
私大ランク1〜13の中で12とFランレベル。
合格者平均偏差値は47.8でやはり産近甲龍全学科中最低。
こんな連中が信者から大金を巻き上げてる。
織田信長は圧倒的に正しい。
https://i.imgur.com/BqDzLQt.jpg
https://i.imgur.com/HxTxShT.jpg 実際に焼き討ちしたのは光秀
信長を煽ったのも光秀
歴史とは美談で成り立つわけではない 今でいう朝日新聞本社を焼き討ちしたようなもんだろ? 信長論の三大無意味作文
比叡山がした天文法華の焼き討ちに触れない
本能寺の変で信忠に触れない 信長は相手を打ちのめす前に
きちんと外交や礼儀を尽くし、繰り返し警告を行い、その上で許容できない致命的な暴挙を行った(特に治政に障りがある)場合だからな
一向衆にしろ浅井にしろ朝倉にしろ比叡山にしろ将軍(ちゃんと失脚後も認めてるけどね)にしろ爆弾正や村木にしろやらかしすぎや 劣勢だった浅井朝倉匿ったからな
既に中立とは呼べない イエズス会のロシアソビエトコミンテルン革命にコントロールのついては
イエズス会のブラウン神父ものの推理小説をどうぞ その前に伏線がある。
1532年、京都の法華宗徒が近江の六角定頼と結託して、山科本願寺を攻撃し、本願寺焼き討ち(山科本願寺合戦)。
本願寺は山科から石山に移ることになり、1536年、比叡山僧兵と六角近江衆が京に乱入し、京都法華宗の21本山を焼き討ち(天文法華の乱)。
法華宗側には僧侶など10,000人以上(諸説あり)の犠牲者が出た。
延暦寺は戦略的拠点であり、信長もかねてから奪取したかった。
浅井・朝倉連合軍は兵を比叡山延暦寺に移動して体制を整え、比叡山延暦寺も、反信長陣営についた。
これに勝利すれば、戦略拠点としての比叡山を奪える形になる。 >>839
専門職だから良いんだよ
寿司屋の若旦那の中学時代の数学が100点でも
寿司不味きゃ意味無いだろ 織田信長は自分を
第六天魔王と呼称して
いたのだから、
神仏は敵でしかない。 >>806
塩蔵食品の塩抜きは今でも普通にやります 石山本願寺から浅井朝倉への補給路だろ。般若野の戦いの恨みで上杉が動かない内に潰さないと包囲殲滅されるよ。 >>794
三重県にある高田本山は、信長の長島一向一揆征伐で愛知県側から三重県側に逃げ出した連中のアジトみたいなもんだったのだろうが、ここは江戸末期までは一向宗を名乗ってた(というか、名乗らされてたんだろう)
もちろん今は浄土真宗を装ってはいるけどね >>79
あれは、作戦は慎重に進めていたのに
最後の最後で、信長のこと舐めたのがなあ
正面攻撃だったし、
義元が事態を把握できていれば逃げれたのw >>849
比叡山を逃れてきた天台宗のエライさんを匿った武田信玄が信長宛ての手紙で「天台座主 信玄」と大口を叩いているのを見て、信長が返書の中で「あんたが天台座主ならわたしはさしづめ第六天魔王」と軽口で返しただけ >>1
信長やった政策で屈指の英断だから
・寺という名の軍事テロ組織を壊滅
・暴れる僧兵を撃退、一向一揆の元を絶つ
・市民を苦しめる高利貸し、ショバ代要求を絶つ(楽市楽座は自由にできるようにした)
・女や酒で毎夜宴会する堕落した僧兵どもを駆逐
・坊さんの本来の職を全うせず、「中世の暴力団」を解体
信長だからこそ出来た英断である
(宗教という名に騙されず、粛々と軍事テロ組織を壊滅) >>849
それ武田信玄が天台座主の署名をしたのでシャレで返事に書いただけだぞ。
あと第六天は神社で普通に祀られている神様だからね。
天道の第六層の主神。 >>854
あれは今川の陣に氷の玉になった雹や樹木が吹っ飛んで来たんだよ
信長公記にも書いてある 水戸黄門が、徳川家の正当性をアピールするため
戦国時代を歴史改造しやがったからな 戦国時代の成り上がり辣腕武将、斎藤道三すら、
信長は凄いと一目置いた男だから本物 >>794
一向宗は本願寺派だぞ、親鸞崇拝だ
>>852
高田も浄土真宗だけど一向宗ではない。戦ってたぐらい 日本の仏教宗派を北斗の拳に例えるなら
多くの宗派を生み出した天台宗は南斗聖拳
一子相伝の真言宗は北斗神拳 >>311
家康だって酷いぞ
狡兎死して走狗烹らる
人気があった、一番の忠臣の大久保家を潰したじゃないか >>859
信長公記の首巻(信長上洛まで)はかなり眉唾もんだぞ
まず太田牛一自筆の原本がないし、1巻〜15巻は1冊1年ペースの編年体なのに、首巻は信長生誕の1534年〜1567年の出来事を1冊でまとめてあるし、その上編年体でもない
牛一が後に加筆したものを第三者が写したのか、完全に創作として書いたものなのかは分からんが、
なにせ信長上洛までは信長発給文書も原本、写しを問わず現存数が極めて少ないから史料批判も難しい 朝廷の保護をいいことに、やりたい放題だったわけだろ
肉酒女は当たり前で、高利貸しの挙げ句、人さらいのようなことまで
僧兵を揃えて強訴に及んでいたチンピラ連中 >>852
一向宗みたいな問題児を抱えさせて、いつでも暴発させられるぞって仕掛けな
藤堂家は伊達と並んで外様では別格で、だからこそその責任と厄介ごとを押し付けられたともいえる
藤堂家の治世で一度だけ起きた大規模な百姓一揆では、津城下へ攻めあがってくる百姓一揆にも焼かれもせずにむしろこいつらが裏で糸引いてたきらいすらある
宗教なんぞはいつの時代もキチガイのやるもの、信長公がいなければ日本もヨーロッパのような中世社会を脱することが出来なかったかもしれない
そういう意味では日本史上きっての、稀代の英雄と言っても過言ではないだろう 母親から愛された家康
母親から忌み嫌われた信長
(直接的ではないが)母親を信長に殺された光秀 延暦寺は財力に時の権力者が容易に手出しできないほどの権力持ってたし
もうすでに腐ってた >>861
斉藤道三は、信長との正徳寺の会見で、非礼を理由に殺そうとしたが、
信長が鉄砲隊を揃え、対話の時、きっちり正装してきたので斬れなかった
(大河や漫画日本史にも出てくるシーン)
この展開にいづれ息子たちは信長に滅ぼされるだろうと語った
信長の才能を一番最初に見抜いた戦国ビッグネームと言われる >>83
三國志の曹操は皇帝にはなってないけど皇帝になった劉備孫権とは格がちがうしな >>854
戦略的には義元の勝ちなんだけどなあ
三国同盟で後顧の憂いを断って三河の取り合いを勝利、内乱後の更に豊かな尾張を取りにいく
雪斎がいれば >>331
シャーロック・ホームズー
モリアーティ教授 つまり、坊主同士が殺しあってる時代なのに、
武士が坊主を殺してどこが悪いんだ?という話w
真面目に修行してる僧を殺したわけでもないし。
武装すること自体釈尊の教えに反している。 そもそも日本史において民衆含めた大量虐殺って無いんじゃないの?
権力争いの敗者に対してすら一族郎党皆殺しじゃなく島流しで済ませたりさ
比叡山焼き討ちなんて信じてる人今居るのかね? 神仏を盾に民衆をいいように操る愚僧供を苦々しく思っていたのだと思う >>868
元々織田家の出自は福井の神官とも言われてるし、
信長の先祖が尾張に出て来て熱田の宮と津島を擁して
大金持ちになり大成功を収めてるし、
まさに神社と尾張で大出世した戦国武将だから 当時の坊主って人間のクズばっかだったんだろ
信長が正義の味方やん 立憲民政党と裏で組んで自民党に対して傲慢な態度を取るようになった公明党議員を、自民党総裁の命令で皆殺しにするようなものか。
違うな。 今の創価学会を見てみなよ。
在日朝鮮人二世ソンテチャク(=池田大作)を師と仰ぎ、仏教とは名ばかりで、マインドコントロールで単純な言葉を何千回も言わせて脳を疲弊させ、冷静な判断力や思考力を奪うのが目的だから、南無阿弥陀でも南無妙法蓮華経でもour fartherでもAllahでも何でも良いのです。
要は、繰り返し反復させる事。
日蓮正宗から破門された段階で創価学会は既に宗教法人の資格は無い。
創価学会員に関しては、国民の権利である選挙権を放棄した存在自体が冗談みたいなもの。
外国人に選挙権を!とは言ってるが、全国に50万人以上も住みつく在日朝鮮人と韓国人の参政権だけが目的で、他の国の人達のことは全く考えていませけん。
信長の時代だから、こんなカルトまがいの宗教教団が焼き討ちされただけであって、全く問題はなく、むしろ危険因子がなくなって治安がよぬなっただけの話し。 京都から政権と首都機能を奪ったのは愛知出身(尾張と三河)の信長と家康
その前は頼朝が鎌倉作って全盛期京都と対立
都としての立場を力づくで奪われた京都
大阪は愛知人の信長に畿内を侵略され
続いて秀吉はボコボコにした石山本願寺の真上に屈辱と支配の象徴として大阪城を作り
抵抗した一向一揆の大阪人たちは同和地区へ追いやられて同和だらけにされた
さらに最後は天下統一とともに家康に征服された
いつも近畿中心主義をぶっ壊してきたのは尾張人や三河人
関西人は愛知への苦手意識が半端ない あの頃はみんなふもとに降りちゃって
一部の学問か修行好きな変人くらいしか山にいなかったので
ボロボロで本山寂れちゃってたからね ちょっとさわったら建物古くて崩れるくらい
そりゃとしをとったじい様たちはさすがに山暮らしは厳しいので
隠居所としてふもとにおりちゃって
山で修行するよりふもとでじい様の介護やる方が先代の直弟子として
山で威張ってるやつらと同格になっちゃうので
誰もが楽な方なしかも古い誰彼の直弟子と威張れるショートカット選ぶわな >>843
まあただ信長は気持ちわかってないだろおまえ的なところはある
久秀なんて二回も許してるくらい気に入ってるのになんであの扱いなのか
あの片手落ち扱いは久秀怒る気持ちはわかるw 僧兵率いる軍事テロ組織を壊滅しなかったら、一向一揆防ぐことは出来なかった
正しい判断、政策だった 信長は闇雲に仏教を排斥していない
生臭戦闘坊主を粛正しただけだ >>331
カエサル vs ポンペイウス
テムジン vs ジャムカ
イギリス vs フランス、スペイン、オランダ、ドイツ(時代ごとに) だいたい、仏に仕えるなら武器なんか持って人を殺しちゃいけないよ。ブツブツ唱えていりゃ良いだけ 女子供も皆殺しにしたのは、やり過ぎだけど
僧兵を討伐すんのは神仏関係なくね 坊主が国法を仕切ろうとするならば、何度でも信長が復活するだろう >>575
審判は将軍の身内だから実務をしないのは当たり前
将軍の実務をやるのは直属家臣の譜代 僧兵だからといって虐殺していいわけじゃない
チベットをジェノサイドした中国を認めるようなもの 信長がが初めてじゃないんだな比叡山焼いたの
学生の頃知らなかったわ 平安時代は、天台座主と比叡山の僧兵がナギナタや弓矢を持って、
神輿担いで朝廷に強訴しに行ったからな。
マジに昔からヤバい連中だよ。 まあ僧兵にも色々あるんだ。あまり責めないでやってくれ >>892
しかし大阪人はよそ者秀吉を地元の英雄のように言うよな
しかも秀吉の政治の舞台は主に京都だったのにな >>854
相当な切れ者だった義元が沈んだのは
やっぱり雪斎を失ったからだと思う
竹中半兵衛、黒田官兵衛を失った豊臣秀吉みたいなもの リアリストだろ
ま、今までの常識を尽く壊し新しい物を作っていったんだから天才には間違いない 当時の仏僧の方が仏教に背いてるだろ
比叡山の寺に仏罰が下っただけ >>877
朝倉宗滴なんかもそうだな。
まだ尾張を統一できてない段階で信長を高く評価して、
「長生きして信長のいくすえ見てみたい」とか言ってた。 日本の僧は、肉も食べてよいし、酒も飲んでいいし、武装しても良いし、
性行為して子孫残してよいし、贅沢しても良いし、身分制度があるし、
その上で免税、不可侵、信仰され、いいとこだらけ >>785
>>1にもあるけど、昔はどこの寺も普通に武装してたんだよ。 宗教にも色々あるからなぁ
創価とか幸福の科学とかw >>305
だからベースは信長と秀吉が作って上手く利用しだけって話をしてるんだけど何をとんちんかんなことぬかしてんだ??? >>892
名古屋圏というのは交易の要衝で、
巨大な勢力が育ちやすいというのはあるだろうな。 >>892
そういえば高校野球でも大阪 (大阪桐蔭、履正社)は、愛知・岐阜 (東邦、中京、県岐阜商、大垣日大)のチームを苦手にしてるな 現在の中東見てればわかるだろ
isやら革命防衛隊やらエルドランやらやばい軍隊組織だよ 犯罪やら暴力沙汰を起こして、居場所をを失ったクズ連中が
寺社に逃げ込んで、そのまま乗っ取った時代だろ >>902
あれは五代目の時も大阪にうつんのかって大分もめてたからな
だんだん東にいかれると今までなんとか日帰りできてたのが大変だったらしい
それでやっぱ神戸だろと 日本の宗教は信長、家康に感謝すべきだろ?
信長がきちんと牙を抜いて、家康が国家の下に宗教を置いた。
それによって宗教が安定した。 寺と言っても、領地を持って民衆から年貢(お布施)取り立てて武装してたんだぞ
実質大名と変わらん
しかも仏教の戒律を守らず女連れ込んで遊んでた(当時の寺は女人禁制)
金と欲にまみれた腐れ坊主どもに仏罰が下っただけ >>932
煙が見えたと書いてる公家の日記あんね
定期的に焼き討ちされてんだし公家にとっちゃそこまで珍しいもんでもなかったんじゃね そもそも比叡山焼き討ちの500年前に白河法皇が「賀茂河の水、双六の賽、
山法師、是ぞわが心にかなわぬもの」と言ったとされている。この山法師が
比叡山延暦寺の僧兵。 >>877
個人的には好きなエピソードなんだけど信長公記の首巻がソースという性質上、これが史実かどうかはまた別問題なんだよな >>935
延暦寺が僧兵率いる軍事テロ組織だったから >>933
信長、家康が統制してなかったら、今頃仏教は暴対法の監視団体だったな >>935
俺 の 邪 魔 を す る な 。俺のことよく思わなくてもいいから朝倉と浅井に肩入れすんなボケ 延暦寺ってお釈迦様の理念を利用した自己啓発集団でしょ?
あの寺は宗教なのかなあ? 佐久間へ
お前ダメダメやん
光秀を見てみろ、城下町豊かにさせてるわ
秀吉を見てみろ、たくさん金儲けしてるやろ
勝家だってもう最近は戦しまくりやん
最近だって…ああ最近は負けてたわ
でもやる気あるやん
お前やる気ないやん、柴田は負けても立ち上がって…そういやその前も負けてたな
でもやる気あるやん(だんだんと字が小さくなっていく) 一向宗、比叡山、堺その他土豪の数々。
要するに中世的な自治団体を破壊して、近世国家の基礎を作ったというのが、
織豊政権期だという理解で、今の研究水準でも合ってるの? 一向一揆では
城に閉じ込めて2万人を焼き殺してる。
女子供も含めてだ。
織田信長を殺しても天罰は当たらないと
明智光秀以外も考えていたはず。
信長はいずれ殺されたと思う。 >>413
秀吉の家は武家じゃなかったから
信長は比叡山以外にも、旧六角支配下にあった今でいうところの湖東三山(百済寺、西明寺)も攻めて焼き滅ぼしている
百済寺も西明寺も作りはまんま山城で、一向宗でも浄土真宗でもない天台宗のお寺
百済寺は聖徳太子が開いたお寺と言われていたけれども、お寺の体を装ってはいたけど実質的には六角氏の観音寺城を守るための要塞
実は信長の創った安土城は、この六角氏の観音寺城の同じ山にある(山の表と裏にあたる位置関係) >>895
逆だ
信長が大甘だからつけあがる奴が絶えない
もうひとつは信長は従来の配下を封建領主として据える統治法から脱却することを志向していた節がある
そこが身に付かない奴は表面的な処遇に不満を持つわけだ >>942
一向一揆を裏で糸を引いていたのが、僧兵率いる延暦寺という軍事テロ組織 >>785
寺が武装してたのは別に浄土真宗に限った話じゃないし
そもそも浄土真宗成立前から寺は武装してるよ
僧兵とか知らない? お釈迦様は他人に命令なんかしないけど延暦寺の坊主は命令や恫喝とか普通だもん
修行寺という名の人心コントロール洗脳訓練所だよ >>937
歴史上何度もあると言っても数百年のうちに何度かとかレベルだろ
人一人の人生の中では一度あるかどうか。ビビるだろ
最近の洪水で「こんな大雨人生で初めて」と土地のジジババが言うようなもの
長い歴史の中では何度も起こってるようなことでも >>944
最長のころから権威主義なんだし何が自己啓発だって感じだけどな
空海に笑われるで 一向一揆で焼き殺した2万人は
降伏した信徒だから
それを閉じ込めて焼き殺したとか
鬼畜以外のなにものでもない。 家康も根切りをやってたことを知らない奴がドヤ顔してるな >>946
頼みにできる身内も伊勢長島でいっぱい失ってるにも関わらず、
そういうこと言って、数少ない譜代を追いやるから、外様に寝首をかかれる。 そもそも比叡山に攻め入ったのは信長が初めてではない
以前にも他の大名が何度か攻めたが全て失敗している
それだけ比叡山の力は強大だった 歴史詳しい人の話を聞けば聞くほど信長はまともな人っぽいのに
なんで「第六天魔王」で「骸骨の杯でお酒飲む人」というおどろおどろしいイメージになっちゃったんだろうか >>944
聖徳太子らの仏教の輸入時点で鎮護国家だとか、釈迦の思想と関係ない政治利用の道具 宗教が金・政治力・武力もっていて
欲に溺れておれば、そりゃ、粛清するわな >>908
そんな強訴も400年くらい続けて怖くて誰も何も言えなくなってたからな >>955
空海とかダタの坊主だろ?
お釈迦様が可哀想だわ あれは宗教戦争
宣教師にいいように操られてたんだろ? >>952
少林寺拳法とかもその類やな。少林寺が自衛のためにもってた武術が由来のはず 噂では日本ではじめてパンティを履いた人、とおされている 魔王については、中世のいつもの縁起捏造神話によって、仏教伝来以前に
日の本を統治していたから、仏を殺して国土を返して貰う権利がある
という合理的な主張なんであるよ >>960
なお「骸骨の杯でお酒飲む人」は後世の創作以外に一次ソースなし >>967
あれ日本の四国の人が作ったって話があったような 合理主義者信長「ネットも電話もないはるか昔のわし等の世界をオマエラの感覚で理解できるとおもうか?司馬遼太郎の騙されるなよ(大笑)」 宗教とか信仰の違いで弾圧したなら宗教弾圧だけど
坊主が巨大な組織になりすぎて暴走してたから
そこからの対立の焼き討ちみたいだから
あんまり宗教的な理由は関係ないような気がする >>953
延暦寺 = アルカイダ = タリバン = オウム心理教 = 地球教(銀河英雄伝説)
マインドコントロールで信者にテロを実行させる、どうしようもないクズ集団
信長が撃退しなければ、後の天下太平は来なかった >>960
第六天魔王は仏罰必至と脅す坊主への厭味の自称
>骸骨の杯でお酒飲む人
それよりは酒を飲まないとされてるのにワインを傾けてる印象が強い方が謎(ドラマの演出のせいだが) >>950
実弟の謀反も一度は許したらまた謀反されたからなあ
また異母兄は一度で懲りて二度と謀反せず以後は忠実に仕えたからそんな奴ばかりでもないが 今でいえば、政治に口出しするからって、○○教全部焼くみたいなことだろ
すげえよな 大河ではまったくやらないけど石山本願寺とか武装化した坊主とたえず闘争
各地にに僧兵いたし、信仰の山とか巨大な僧兵砦。今度の大河の最初にちょっとだけ僧兵の描写があった 今でも仏罰が当たるって言われたら怖くて何もできないのに、
当時、仏罰なんて知ったことかよってやったんだもんな
相当な合理主義者だよ >>978
いやそこまでやってないから。
別に禁教とかしてないし。 そんな大昔の事どうでもいいんだよ。本当の事知りたかったら信長に聞いてこいよ。 >>960
なお織田信長は酒超苦手で甘いもの大好き。
よく登山と称して甘い菓子をたくさん食べる癖があった。
それ故愛知には喫茶マウンテンがあるのです。 >>965
ただの坊主だろうがなんだろうが釈迦の理念をどちらが継いでるかって言えば空海に決まっとろうが
最澄というか延暦寺は朝廷のご機嫌伺いのための仏教 >>974
てかこの時代は寺社の方が「宗教とか信仰の違いで弾圧」することもあったからなあ
岡山の松田氏なんか親子二代でそれやって吉備津神社だかも被害受けてる
宇喜多直家の謀略で滅ぼされたことくらいでしか話題にならない人物だけど
なお宇喜多は謀略のイメージは悪いが松田氏のせいで荒れた寺社を復興させたとか >>985
あのなあ
それ対人論法つかってるだけなんだよ
池田大作や大川隆法をなんら変わらん >>960
第六天魔王はフロイスの国元への報告書にしか記載がなく、これに関する信長信玄の書状の原本、写しとも現存してない
髑髏杯は信長の一代記信長公記には各大名を呼んで髑髏を肴に宴会したとあるが、信長公記より時代が早い安土日記には他の大名を呼んで宴会はしてなくて身内での宴会という記載になってる 当時の坊主は軍隊持ってやりたい放題だったんだけどな
武蔵坊弁慶みたいなやつが跋扈してたんだよ >>987
論法でもなんでもなくただの事実
根本の話を逸らしてカルト宗教持ち出すとかクソみたいな行為こそ対人論法の最たるもんやで >>935
だから焼き討ちなんてやってないんだって >>986
元は大和西大寺の被官、浮田が
どう流れて備中に行ったか分からない 宗教団体が武力を持つことが危険なのは中東社会を観察したらわかるよね
信長の功績はデカいと思うよ
政教はなるべく分離しておかないとならないというわけ >>993
そんな信長のシェフみたいな話されてもなあ >>992
空海もカルトやん
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