>>846
設計時はそうでも陸軍が昭和18年(1943年)の秋ごろ
(海軍で言えば雷電の量産を中止し、紫電改と比較してるあたりか)
4式戦闘機疾風の増加試作機の評価中に
ブースト全開で不具合が起きる報告を出している
そのため暫定的にブースト+250oの制限を付けたが終戦まで改善はなく解除されることはなかった
海軍では改善策として燃料噴射装置を開発していたが
その理由が、オクタン価ではなくガソリン分留性の悪化だという説が近年は支持されている

これは日本軍に限らず、初期の固定式星型エンジンであるブリストル ジュピター(英)でも課題になっており
ジュピターは可変式バルブを採用し、混合気の流入を制御している
2000馬力の誉はさらに精密な燃料制御がないと上下シリンダーに均一な混合気を吸入できなかった
アメリカの場合は、ガソリンの分留性が良かったともいわれるが
この辺は私は資料をもっていない