【速報】岸田、総務相に金子恭之(岸田派)起用の意向固める [ネトウヨ★]
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自民党の岸田総裁は、4日に発足させる新内閣の総務大臣に、岸田派の金子恭之氏を起用する意向を固めました。金子氏は初めての入閣です。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211003/k10013289291000.html 自由民主党IT戦略特命委員会
委 員 長 平井 たくや
顧 問 逢沢 一郎 棚橋 泰文 小坂 憲次 山本一太
副委員長 石田 真敏 岩屋 毅 金子 恭之 柴山 昌彦
馳 浩 平沢 勝栄 吉田 博美
http://m-ichiro-blog.net/wp-content/uploads/2015/06/150624_DNP%E6%9C%80%E7%B5%82.pdf
電波オークション来るな 安倍の弟のくせに何で名字変えてんの?
安倍性がそんなにやましいの? >>19
早稲田の商学部や社会
東大三回落ちたコンプ丸出し人事 東大受けるのは誰でも受けられる
息子さんが慶應と日大スポーツ学科と非公表
頭悪いんだろう
でも総理なんだからいいのにコンプ引き続き 志位 正二(しい まさつぐ、1920年1月1日ー1973年3月31日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍少佐。
終戦後シベリア抑留にあい、1948年4月にソ連諜報員となる誓約を行い[1]、モンゴルのウランバートルにあった「第7006俘虜収容所」において
諜報員、共産主義革命のための特殊工作員としての訓練を受けたとされる[2]。
1948年11月、シベリアより復員[1]。
1951年10月以降、G2在職のままソ連国家保安委員会(KGB)にエージェントとして雇われる[3]。
1953年11月、外務省アジア局調査員となる[1] が、「二重スパイ」の活動は継続した[3]。
1954年2月5日、警視庁公安部に自首し、自身がソ連の工作員(スパイ)であったことを認めた[4]。
しかし罪には問われず、その後、1973年3月31日、シベリア上空を飛行中の日本航空DC8型機の機内で死去した[1]。
親族:
甥 志位和夫(現日本共産党中央委員会幹部会委員長) >迂回献金問題
>熊本県の川辺川ダム周辺の建設業者から山崎拓自民党幹事長の選挙区支部に入った政治献金が、同氏の資金管理団体を経由して金子に寄付されていた。
>金子は当時無所属であり、政治資金規正法により企業献金を受け取れない状態であったため、山崎を経由したと見られている。
>金額は2000年に1000万円、2001年に1100万円に上ったと指摘された
ほんとスネ傷内閣だなw キムコさん「NTTからの接待が 今から楽しみです」 >>1
なんか知らんけど、順番待ちの無能ばっかり入閣させてる印象
ダメだこりゃ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています