【特集】 法隆寺五重塔が「地震で全然倒れない」納得の根拠 東京スカイツリーにも導入されたすごい技術 [朝一から閉店までφ★]
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法隆寺五重塔が「地震で全然倒れない」納得の根拠
東京スカイツリーにも導入されたすごい技術
シ : 暗黒通信団
2022/06/19 13:00
日本の科学技術力の低下が懸念されていますが、歴史をたどると日本で発明された優れた技術がたくさんあります。
今回はその中から、東京スカイツリーの地震対応にも採用されている「法隆寺五重塔」の世界最古の木造高層建築技術について、RikaTan(理科の探検)誌編集長の左巻健男氏編著『世界が驚く日本のすごい科学と技術』から一部抜粋・編集してお届けします。
https://toyokeizai.net/articles/-/597424
五重塔は全体的にユルユルの構造
法隆寺は奈良県生駒郡にある寺院で、1300年以上昔に造られました。五重塔を含むいくつかの建物は、現存する世界最古の木造建築で、日本で初めて登録された世界遺産です。実は1000年以上昔の木造建築は世界の中でも日本にしかありません。火災をまぬがれた幸運もありますが、世界有数の地震国日本で高い塔が倒壊せずに残ってきたことは驚異的です。
仏教寺院の建築技術は6世紀後半、仏教とともに朝鮮半島から伝わったといわれていますが、五重塔に使われている技術は、朝鮮半島にも中国大陸にもない日本独自のものです。総重量1200トンを、いったいどのような技術で安定化させているのでしょう?
五重塔は、中心に立っている桧(ひのき)の柱(心柱、しんばしら)と周囲にある5層の瓦屋根(庇、ひさし)からできています。塔の重量はほとんどが庇にあります。
しかし実は心柱の周囲は吹き抜けになっていて、階段すらなく、各階の庇とは直接つながっていません。心柱が他の構造と接しているのは屋根の部分だけです。心柱はただ地面から立っているだけで、庇自体の重量を支えているのは心柱とは別の16本の柱なのです。しかも、ある階の庇は下の階の庇に間接的に乗っているだけで、構造は階ごとに独立しています。
つまり法隆寺の五重塔は、実は全体的にユルユルの構造なのです。
さて、各階の庇は上にいくほど、小さく軽くなっていますが、これはデザインのためだけでなく、それ自体が五重塔の地震対策に大事な役割を持っています。
大きな地震が来ると、各階の重量が違うためタイミングがずれて揺れます。自転車と軽自動車とダンプカーが同じ力で加速したら、進む距離が違ってくるようなものです。
その結果、各階は地震のとき、しばしば逆向きに振動し、各階の重心の変化は塔全体としては打ち消しあうことになります。塔が全体として大きく傾かなければ、塔を構成する木がしなって、その揺れを吸収できます。
五重塔を倒すほどの地震は、地球上に存在しない
https://toyokeizai.net/articles/-/597424?page=2 俺すげえええええええええええええええええええええええええええええええええええええ 1000年前にこれ考えた奴、この時代に転生してこないかな 1200トンを支えきる技術がなかったから少しずつ分散させた
それが逆に良かったのよ 攻撃する方も奈良や京都は対象外にしてたんかね
へたな疎開先より安全かもしれんな 自身は起きてたし当時でもそこクリアしないと建てさせてもらえなかっただろうからな 穴を大きくし過ぎたんだけどすぐ火事になるからとほっといたら
怪我の功名で発見された技術 心柱の根本が腐っていて宙ぶらりんになっていたのって、この五重塔じゃなかったっけ
なんか偶然に地震に耐える造りだった気がする >>13
革新的な技術って失敗から生まれること多いからね 紀元前に地動説を発見してた文明もあるし
古代メソポタミアでは白内障の手術も出来たらしい、ただし麻酔無し スーパーコンピュータも無い時代に
何故、それでいける!って判断できたのよ コンピューターも無い時代に凄いよなあ
考えた人間違いなく天才だわ 奈良なんてそもそも今まで大地震なかったろ
震度7くらい来たら余裕で倒壊するわ 国宝の塔の修理は見に行った事がある
中央に写ってる心柱は最初からのものだけど、その他は交換したものが多いみたい
https://i.imgur.com/cKFfZGz.jpeg
交換した部材は焼印を押してた
https://i.imgur.com/Ftm11wZ.jpeg 日本スゲー!
日本には四季はあるし
水道水飲めるの日本だけだし
法隆寺地震で倒れないし
日本スゲー! 倒れないって言われるとインチキしても絶対に倒したくなるよね >>1
大きな地震が来ると、各階の重量が違うためタイミングがずれて揺れます。
自転車と軽自動車とダンプカーが同じ力で加速したら、
進む距離が違ってくるようなものです。
まだるっこしい表現だけど、間違いではないのか。
F=ma, 同一のFに対してmが違けりゃaが違う。
x=at^2/2, aが違けりゃxが違う。 三重の塔くらいならあちこちにあるが
地震で崩れた
って話は案外聞かないもんよ
(´・ω・`) 凄いなぁ
そういう理屈を理解してこの時代に建てたって事だよね
オーパーツみたい >実は1000年以上昔の木造建築は世界の中でも日本にしかありません。
こんなこと書いたら不審火起きちゃうだろ! 小学校の国語の教科書に宮大工の西岡常一さんの文章が載っててその中にも少し出てきたっけ。 >>41
そうだけど何か問題が?
人間の体もそうだよね >>40
日本国内では建て直しや移築もアリアリであまり気にしてなかったのかも ダンプカーがどうたらとか
例えが下手だな
>>1の記事書いたやつは
工学的理解が出来てないようだな >>5
国の偉い人「その技術を国のために活かしてほしい!…ボランティアで!」
今の日本だと多分こんなオチ >>5
知能は今も昔も変わらん
テクノロジーが違うだけやから
結果は同じ そりゃ揺れてしなりまくっても破損しないようゆとり隙間遊びだらけの
住居には全く適さない工法だからだろ。 >>40
文化財はそれなりに消防設備ある。
消火の水のがヤバいくらい。 >>1
これ小学校ぐらいで習うだろ
何を今更ドヤってんだ 建ててる途中で伽藍消失、さらに聖徳太子の後を継いだ山背大兄王が蘇我氏との軋轢で資金難
宮大工たちも蘇我氏に干されるのを恐れて至る所手抜きと中抜き、内装省略
完成時点であちこちポンコツ、それが逆に幸いして1300年の風雪に耐え今に至る
さすが聖徳太子の加護の尊さ有り難さ
だったりしてな 過去には100m超の塔がいくつかあったけど落雷で燃えているんだよね
京都相国寺六重塔は109mあったとされるけど1470年に落雷で炎上倒壊している
日本でこれを越える塔が建設されたのは、大正10年(1921)の原町無線塔で201m 最初は朝鮮から伝わったまま建てたんだろうけど、日本じゃ地震や災害が
多すぎ破損多すぎで役に立たなかったんだろうな
そして技術磨いていったらオーパーツみたいな耐震強度の塔になったと >>1
法隆寺の建造技術は日本の発明ではなくて
渡来技術だろ 地震や台風の際は揺れてしなって擦れ軋む音が煩いよなジャップ木造在来工法の住宅は。
隙間だらけでエアコン効かないし土埃や虫も入りやすいのでジャップの工法は粗悪だよね。 まず中国ヨーロッパは石積みの建築が多数なうえに
100年おきに戦争が起きて破壊されているからな
日本は建物に仕える石が少ないから木造ってのもあるし >>18
一番下のは裳階っていうスカート状建築装飾
薬師寺東塔が進化型
誰も指摘しないんじゃなくて、あんた以外皆知ってるだけw そもそもスカイツリーの技術じゃなくてスカイツリーがパクり
火を消すには温度を下げるか酸素を奪うしかない
水は手っ取り早いから使われるが規模が大きいと逆効果 木材は軽いので倒壊はしないけど断熱気密性や遮音性は皆無 >>27
マグニチュード8クラスの大地震には過去何度も見舞われているよ 普通の軸組木造一戸建ても30年ていわれるけど、実は軽量鉄骨より長く80年持つらしいし 中国にも朝鮮半島にも無い独自技術と言い切る根拠は何だろ?
7世紀後半の木造塔建築は両地域には現存してないし、渡来系技術者の指導で建てられたのは明らかなのにね? >>1
日本が長いこと優れてると言われてた理由は技術力もあるが(技術力は同じ品質の商品をより多く作れる力)、アイデア力がもっとも大きいよ たくさんの失敗の後にこれが出来た訳でいきなり出来たんじゃない >>31
な?ムカシバカリふりかえるだろ?itこうしんこく >>8
実際、アメリカの空襲でも外されたのよ。
核の投下先も、そういうこと込みで広島と長崎になったのよ。 五重の塔は倒れなくても他の建物は倒れまくっとるやろ
しかも五重の塔って中に人が住めんし
いつも入れる四天王寺の五重の塔に入ったことあるけどむっちゃ狭い じやあまず東京の新築物件は全て五重塔タイプで各庇に太陽光パネル設置義務付けで。 >>74
金属やコンクリートは下がっていくけど木材は強度が上がっていくからな >>82
礎石、塗柱、瓦、建築設計に使用する単位・・・これら全てが朝鮮半島から伝わったものだからだよ
逆に聞くけど、何故そうじゃないと言えるの? 設計が凄いのか大地震の来ない特異な場所に建てたのが凄いのか >>89
なーにが朝鮮だあそこはただの雑木林の道だ
歴史から抹殺されたシベリア方向にあるタタールの先祖の強大な国からだ >>93
おそらく日本の大工さんだろう
だったら何故五重の塔は日本の大工さんじゃ作れないと思えるのか >>84
ドレスデンは完膚なきまでにボコボコだったのに。 法隆寺はもともと九州王朝の首都である太宰府の観世音寺にありまし。内乱で関西の勢力に滅ぼされ略奪されました。 んなこと書いた矢先、明日辺り地震で崩れたらどうすんねん >>1
日本の科学技術の低下を嘆かないように法隆寺とか
それこそ嘆くわ >>77
中国の西部はともかく朝鮮半島含めて大多数は地震が珍しい地域だからな。それを考慮すると耐震への概念は日本独自だろうと推察できる。 >>98
大工だけじゃ建築物は造れない
設計施工管理責任者が必要
それが渡来系技術者というだけの話 >>106
日本人はほら穴に住んでた訳じゃない
ちゃんと進化の過程がある ホルホルホルホル
今現在誇るものが無いからって1000年前の技術自慢ですか? 法隆寺五重塔の建築技術は宇宙人から教えてもらった技術
日本人の起源はシュメール人で本物の旧ユダヤ人だから お城もちゃんと進化している
何故飛鳥時代奈良時代だけ教わったと思えるのか >>30
韓国すげーーーーーーーーーーーーーーーー!!!! >>5
ただ、この造りじゃ建物自体がオブジェでしかないわなw 法隆寺の塔に渡来人なんて来てねえよ、そもそもこれ火事で全焼して
7世紀に再建された物だしな
7世紀に朝鮮尺は国の政策で廃止されたから、朝鮮の単位ですら無いし 飛鳥時代から、同時期の大陸の多重塔とはプロポーションが違う。
庇の出が大きく軒が深くなって、多雨多湿の日本仕様になっている。 >>68
ぶらタモリで、パリが栄えた理由の
一つは、パリの地下に結構良い石材があって、地下の石を使って短距離ですぐ地上で綺麗な街ができたから
みたいなのやってた記憶ある
適当に見てたからか、記憶が薄いし解釈だの↑の説明も違ってるかもしれんけど笑 >>1
震度は7までしかない。
それ以上は、、、後は分かるな
規定したところで意味がない >>107
日本(倭)国内の建築技術が日本人の間で自然進化した結果が法隆寺五重塔なら、掘立柱建物からの進化途上建造物遺構があちこちで見つかりそうなものだけど、そんなものは存在しない
緻密な計算に基づく瓦葺き礎石建物が6世紀末に飛鳥地域「だけ」に忽然と出現した事実は、外国からの急速な技術導入以外に説明がつかないんだよ >>121
柱の跡があるでしょ
建物は残ってないだけで >>117
伽藍の配置もスケールが違うし
独自に考えられたのがわかる 古墳だって適当に土盛っただけじゃあんな形状のは出来ないよ >>122
掘立柱の跡は数多くあるけど
5世紀末より古い礎石建物跡があれば教えて欲しいな 普通に渡来人は居たろ
竈なんかも渡来人が伝えたらしいが >>129
技術革新や進化をもたらしたのは誰かな?
誰かに教えてもらわないと進化しないよ? >>129
進化していたものが一旦退化して、そこから徐々に進化したのかも それが現代 >>131
どうやって城は進化したんだ?
何故あんな巨大なのが建てられるようになったのか? >>30
朝鮮半島を経由した中国からの技術
いや、昔の中国大陸の文明は確かに凄いわ あの当時に日本独自の技術で法隆寺を建築してたとは思えない 瓦も百済から伝わったとなってるな
その時に作られた瓦が現役の瓦として存在してる >>140
逆で地震のある日本だからこそ発展したんでしょう >>24
小学生でも教えりゃ出来るような加工が出来ず無駄に材料をゴミにして
半日で現場から逃げたお前らは信じない、てか界隈で伝説化してるわ 脊髄反射してるネトウヨが居るのか
ほんとチョンとそっくり >>140
日本の古代寺社のように軒先があんなに長いのは、元となった中国様式には存在しない
日本人の魔改造能力は、今に始まったことじゃなくて、実は古代に既にあった w >>139
中国文明は素直にリスペクトするよね。
文革で全てを失った。 熊本城も崩壊した石垣は現代に入ってからの改修部分だろ
人間はどんどんアホになってるんだな >>148
わからないってのが正解
半島からの技術と決めつけるのも違うでしょ >>138
進化の延長にあるものと、旧来のものとは断絶や跳躍があるものとは区別して考えないと
明治になって日本に出現した西洋建築群は城塞建築の進化型じゃないだろw また日本凄いかよ
過去の日本人は確かに凄かったかも知れんが
お前らは人類史上最も劣ったゴミカスだからな? >>84
アメ公はそんな殊勝な連中じゃないで
京都は普通に原爆投下目標に入ってたわ
ポツダム受諾遅れたらほぼ確実に投下されてたで
だって、本土上陸作戦(味方の損失が甚大すぎる)の代わりに根を上げるまで原爆で都市焼き払い続ける気だったんだから当たり前と言えば当たり前だけどな >>128
掘立柱建築の一部にあるみたいだよ
https://blog.goo.ne.jp/gooogami/e/5741a3583861b23ab2db26e2e4ba43bc
> 掘立柱による建物づくりは、柱の根元が腐りやすいため、
徐々に礎石の上に柱を立てる方法(礎石建て、石場建て)に変わってきますが、
上屋+下屋=母屋+庇の方式は、そのまま継承されます。
平安時代には確立してるね >>156
盆地の真ん中に位置する京都は、原爆の破壊力を正確に計測するのに理想的な都市だと、投下目標に強く押す向きもあったらしい
ヤンキーにとってアジア人の古都の1つや2つ消し飛んだところで、痛くも痒くも無かった訳だ
その前に南九州の鹿児島宮崎辺りが原爆と毒ガスで住民ごと更地になっていただろうけどね 様式は日本独自でも、技法は中国に似てるんじゃね
技術的な技法が無ければ建てられない >>156
受諾しても聞こえないふりすればよかったんだよ
希望は与えるふりして摘み取るのが一番 半島の職人が作ったもんで日本人には作れなかったとか勝手に決め付けるなよ
日本にも大工さんは居ただろうよ >1
優れた技術を持ってても、それに奢ってて進歩を止めたらダメでしょ。
今の日本がその状態。
こういう記事が出てくると絶望的な気分になるわ。 >>1
駄目だ。たくさん出てくる庇が屁に見えてしまう・・・、 >>1
法隆寺なんて全部中国の技術だし中国の文化だぞ?
スカイツリーも神戸製鋼製のデータ改ざん鋼材使ってるから首都直下型地震が来たらおそらく倒壊する 法隆寺以前の高度な木造建築はどれくらいあったんだろう
当時の工具で精密な加工をするには、かなり経験を積まないと出来ないんじゃね >>1
お股ユルユルな地方のマイルドヤンキー娘が結婚もして子供がいて幸せな老後を送るのと同じ構造だな たぶんだけど1300年前の施工者はゆるゆる言われてショック受けてるわ
真面目にがっちり作ったつもりでいると思うの >>169
書いても分かるまいが、「手斧」とか「槍鉋」とか、かなり単純構造の道具しか無かった…らしい あと「鑿」はかなり昔からあった模様
「台鉋」とか「鋸」とかは、鎌倉以降になってから、ようやく普及してくる >>169
もっと高度なのがあったかもな
ショボい法隆寺が残ってしまった 実際問題、頑強ではなくて揺れ揺れで振動に耐える技術は地震だけでなく飛行機の主翼なんかもそうだしな。 あれ?お前ら関西人はどうこう言ってたんじゃなかったのか?w >現存する世界最古の木造建築
一々言わなくていいよ目を付けられるだろ
あいつらに >>172
見た事があるよ
奈良県の文化財保存事務所の宮大工が使ってた
昔の道具で加工するのはかなり経験が必要だと思った 吉野ケ里遺跡から五百年後だしそのくらいの進化はしてるだろう
まあ吉野ケ里遺跡は想像で建てたもんだけど >自転車と軽自動車とダンプカーが同じ力で加速したら、進む距離が違ってくるようなものです。
よくわからん 今の日本は刹那的だからな
歴史から学んで日本独自の知恵を見直すというのもありうるか
まぁ日露戦争の海軍参謀の秋山真之も日本の戦国時代の海軍の戦法も
かなり研究したみたいだからな
といっても旧日本軍は奇襲の桶狭間の戦いが好きだったからな
まぁ日本はいつも海外に比べて劣勢だから奇襲作戦が好きになるのも仕方ないか >>172
写真があったわ
比較的若い宮大工が多かったんだけど、これ実演してたのは棟梁みたいな人だった
カンナの無い時代のものなのかな
https://i.imgur.com/IKEyaEM.jpg 五重塔みたいに、とは考えたけど、スカイツリーにその技術を生かしたわけではない
五重塔の免震耐震の理論はちゃんと明かされていないので、634mに転用できない
スピリットだけ頂いた感じ >>150
微分方程式とかカオスとか体感してたのかな? >>189
こういうの昔の人は物凄い技術持ってたと思うわ しょうじき日本の建築技術なんて世界的に見たら全然大したことない
はっきりいって朝鮮にすら負けていた
アーチを作る技術すら満足になかったのが日本(沖縄を除く) >>17
いやまあ世界最古の木造建築はやっぱ凄いんじゃね?
これはホルホルちゃうやろ 法隆寺五重塔は見事で
日本人の叡智の結晶です
昔の日本人凄いのに
今の日本人と来たら もうアホばかり
札幌 大便 五輪とか いい加減にしろ 建てかえの数倍の資金ぶっこんでりゃー、
木造建築だって数千年もつよ。 宮大工も減ってそうだし後継者や技術伝承大変だったりしそうだな >>207
町家のリノベとかあるけど、商業的に使う場合は手抜きやな
ガチもんの改修工事は税金が入ってるような家くらいで、民間が伝承するのは大変だと思う
奈良県は公務員として宮大工を抱えて若手も多いけど、公費がないと技術の伝承は困難なんだと思う わかってたわけじゃないね
いろんなデザインのを作ってみてたまたま倒れなかったのが法隆寺ってだけ >>209
そうなの?当時の先進国だった中国から学んだ技法なんじゃないのかなあ 地震計と同じ原理かと思ってたが違うのけ?
周りはゆさゆさ揺れても心柱は慣性で止まってるとかじゃないの 日本の神社や寺の設計士が凄い人なんだろうな。職人も木の年齢や種類に木目を読んで建築した跡が発見されているし
日本の歴史を細かく調べるととんでもない天才が随所に居るね。
名を残さず物だけ残すカッコいい人達 あんまり古い建物に住んでる人は居ないけど、重要文化財に指定されてる建物に住んでる人は居るな 現代技術じゃホルホル出来なくなったからな
過去の栄光にすがるしかねぇぇぇぇぇ! >>1
ガッチリ構造組む事は遊びが無い→対応出来ない
立地と荷重を上手く活かして最小限で最大のデザインだと思う
壊れる要素がないwww
技術は伝える人が居れば良いだけ
人間制作物に家も先生も評論も要らない
と言う事も教えてくれる建造物 多層塔は柔構造なんで地震には強いが台風にはやられるみたいだね
心柱の存在意義もいろんな説があって何が本当なのかよくわからんみたい >>216
隙間だらけの粗悪建物作る意味無いよ。
気密性皆無で極寒になるし埃や樹木塵や虫が入り現代の人間が住めるような建物ではない。 >>1
隙間だらけの粗悪建物作る意味無いよ。
気密性皆無で極寒になるし埃や樹木塵や虫が入り現代の人間が住めるような建物ではない。 >>1
日本の城とか寺とか居住に適さない劣悪な建物に住んでた昔の人は可哀想 >>25
やっと出てきた
ありがとうそれでは…
「1をもっと読め」 >>219
確かに
日建のツリー位でかくなって初めて用途スペースとして
生きるんじゃないかな >>1
倒れないなら倒してみようよ
どこまで耐えられるのか 百済に地震がないのに耐震技術が発達しようがないから偶然そうなったってだけだろう >>41
自民党もそうなんじゃね。開闢時の人は全員入れ替わり今はgdgd.
昔の自民党とは別物だとみんな気が付いていない。 >>1
コレはちょっと分かる気がする
自分の部屋にスチールの衣装かけがあるんだけど、コレが結構古くてネジもそこそこ緩んでいるのか、手でスチール部分を持って横に揺らすとゆらゆらと揺れる状態
このスチールの衣装掛けは、同じ部屋の腰くらいの高さの衣装ダンスの引き出しを吹っ飛ばして倒れた東日本大震災では、パイプにかけたズボンが落ちたのに、この衣装かけ自体はゆらゆらと揺れるだけで全く倒れもしなかった
大小様々の地震のたびにゆらゆらと揺れるけど、一度も倒れたことがない >>1
たぶん倒れるくらいの大地震がきたことなかっただけだと思う 本業の設計屋だけど、五重塔の免震技術はウソ。結果として構造的にそうなったというだけ
その証拠に五重塔以外の施設は地震で倒壊しまくってる
そもそも人の住めない単なるオブジェだしね
日本の天災に対する建築文化の真骨頂は、スクラップビルドに尽きるのよ
火災時には壊しやすく、また壊れてもすぐに復旧できるように設計や建材の規格化が世界一進化した。
また装飾の少ないシンプルかつミニマルな、日本独特の美意識が形成されたのも同じ理由。
それを後からやってきた欧米人が、近代建築の精神と共通するものとして称賛したわけ。
その建築の西洋的解釈の中から、古代の免震技術なんて勘違いが発生。
でも法隆寺に限らず、日本の古建築が脅威的な古さを保っているのは
数十年ごとの解体修理を行う宮大工の技術が、途絶えることなく現代まで続いてきたから
そして、それを可能とした日本という国土の平和さに尽きるのよ ピラミッドなんかも4700年前の建物だからな
クレオパトラの時代から見ても現代より遠い >>20
偶然
当時は失敗建築で、火災や地震で倒れたら今度はこういう風にちゃんと作ろうと構えてたら、
大きな地震で周囲の建物は倒壊しても耐えるわで、注目された。 >>234
失敗でもなんでもない
そもそも地震に耐えるように設計してないし、結果として柔構造になったというだけ
つうか日本の伝統建築において、例えば屋根瓦とか耐震的には不利な要素なんだけど
火災による類焼を防ぐために普及した。
何十年かに一度の地震で倒壊するよりも、火事の方がよほど頻繁だったからな
日本建築の防火技術は明治維新まで殆ど進歩していない。
都市部は何度も大火で焼け落ちてるけど、その度に木と紙で作り直すだけ。
日本建築の真髄はスクラップ&ビルド。しかも世界に誇れるレベルで。 法隆寺もあんまり自慢するとどっかの外国人が嫉妬しそうで怖いな 人が住める構造じゃないんだから鉄塔と同じだろ
全然凄くないわ
今までで凄いと思った木造建築は会津さざえ堂だな まあ鉄塔はブレス式だし、木ラーメン架構の五重塔とは全然違うけどな
栄螺堂は面白いけど小さいので、大規模かつ高難易度な日本伝統建築の頂点は、天守閣建築だと思うわ。
素人目には分かりにくいかもだけど、日本大工のチャレンジ精神の塊 >仏教寺院の建築技術は6世紀後半、仏教とともに朝鮮半島から伝わったといわれていますが、
しれっと決めつけとるが
伝来経路は諸説あるやろ
朝鮮半島スルーの遣隋使船は多い >>62
懐かしい、今はなき無線塔。最初にアメリカから受信したニュースがケネディ暗殺とか。長年町のシンボルでした。 たくさん建てられた塔のうち法隆寺がたまたま偶然そういう建てられ方したのでは
そういう建てられ方が普及してたのなら他にも塔が残ってるはず 日本の巨大な木造建築が千年後も美しい姿を留めてるのは
中国で発明発展した斗栱の技術のおかげ 法隆寺は地盤がすごくいいって西岡棟梁が書いてたっけ。
江戸期の修理で使った松材が、最初からある桧の柱梁よりも
先に劣化してたとか、いろいろ面白かった。 法隆寺は前まで行ったけど悠久の歴史って感じであれは雰囲気があって良いな
出店が雰囲気を壊してるけど >>53
少し前の日本だな
名誉が欲しい馬鹿共が現場が身を削って作り出した技術をばら蒔いた あんまり褒めてると、どこかの国の連中が、「法隆寺の五重塔は韓国人が強制徴用されて、そのなかの優秀な韓国人技術者が設計した」とか言い出すぞ。 ブラタモリでどこかの五重の塔は
欠陥だらけで昔から補強しまくって何とか保ってるってやってたな 後年のものなら、経験上から設計してるんだと思うけど、初期のものは偶然の産物も多いんじゃね
今みたいに建築学やコンピュータで計算してなら最初から優れたものも作れるけど、昔は失敗を繰り返しながらの経験で技術が向上したんじゃないか 日本は昔から自身が多かったんだろうこれだけでも過去の事が良く分かる 奈良も南海トラフで地震はあるんじゃないか
奈良の中部はそこそこ揺れると思う
でも寺だけではなくて、江戸時代初期に建てられた個人の民家もたくさんある
江戸などの大都市は、>>235のようなスクラップ&ビルドだけど、地方はそうでもないんじゃないか 俺らの世代が作った物じゃない物を凄い言われても惨めなだけだろ、今の世代は劣ってますという意味だから >>4
日本初の被害地震記録が正暦599年の奈良北部地震だぞ
耐震最強の建物がある奈良が日本の地震の始まりの地とかこれは何かの縁だろうか >>8
現代の戦略核は小さい都市に落として隣接の大都市を牽制する兵器だから、大阪を標的にされた場合は奈良や京都に真っ先に小型核を落とされる >>1
法隆寺の建造技術は
日本の発明ではなくて渡来技術だろ 地震に耐えるには、地面から浮かせて建造すればいいだけ >>73
減価償却とか耐用年数と寿命はちがうのである >>258
「梅雨と秋雨シーズンの長雨」
「絶えぬ地震」
「秋の台風シーズン」
これら日本独特の過酷な自然環境に対応する建築技術はまさに和国オリジナル >>263
今は野ざらしの鎌倉大仏はむかしは立派な大仏殿に入っていたそうな
けど大津波で仏殿は流されて、大仏さまだけは重さのせいで津波にも流されることなく、現在のような姿で残ったそうな その時代だからこそ、日本人の技術は凄かった。図面もなく、重機も無くて五重塔。今手仕事で建てようとしても、製材すら機械の力借りないと出来ない。電気、ガソリン無くては何もできない。ある意味退化。 木造建築物がこの時代になるまで残ってるのが凄い事んですが、五重塔のこの驚異の耐震技術が同時代の他の寺社建造物にも
後世のそれこそスカイツリーまで活かされなかったのは近代になるまで構造が解明できなかったこと。
それを建造時の千年前に使用されていたことに地球外生命体の存在がとかやってたな デブだから鎌倉の大仏さまの中に入るの躊躇するけどやっぱり毎回入ってしまう 朝鮮経由の支那渡来の技術なのだろうが、日本にしか残っていないのではなかったか
支那は古い寺院をバラして復建することがもうできなかった筈 >>265
ピラミットとかモアイ像とかどうやって作ったのか謎の技術が多いしな、重機も何も無い時代に人力で作っていたと、でも今の時代の人が人力で作ろうとしたら物理的に無理らしい、インカ帝国おそロシア >>271
モアイに関しては作業途中で放棄された現場が残ってるから、制作過程は判明している
不明だったのは海岸部までの運搬方法だが、有力説が最近実証されてほぼ定説となっている
分からないのは、作業場放棄直前まで盛んに行なわれていたモアイ制作がある日ある時唐突に中断して二度と再開しなかった理由だけど、これは永遠の謎だろうな >>272
森林資源を使い尽くしてしまったため、島そのものが住めなくなったから
古代文明が滅ぶのはたいてい河川沿いの森林資源を使い切ってしまうから
チグリス・ユーフラテス文明しかり、インダス文明しかり
日本列島が毎年黄砂に悩まされるのは、古代中国文明が黄河領域の森林を伐採し尽くして不毛の土地に買えてしまったから
絶海の孤島であるイースター島ではこの現象が誰の目にも分かる形で劇的に起こった 法隆寺を設計したのは日本人じゃ無い、新羅人が設計したんだよ
五重塔や奈良の大仏も朝鮮人の先祖と言われている新羅人が作ったんだよ インド人僧侶やペルシア人が来日してたほどには国際都市だった奈良 >>115
そもそも五重塔はオブジェだよ
中に仏像を安置してはいるけど、
伽藍配置の要件であるオブジェ >>160
連合国や米国では、京都に原爆を落としても、
政治的、心理的に日本に打撃を与える事はあっても、
軍事的にほとんど意味がないので、
軍港や軍需産業が残っていた広島や北九州を標的として優先して攻撃した
長崎に原爆が落とされたのは、既によく知られる通り、
北九州では上空からの被害確認ができる程度に晴れていなかったので、
北九州での投下を諦めて、
次善の策で決めていた帰り道の下にある長崎で原爆投下を決行した >>276
森羅人と、現在の朝鮮人には、なんの関係もありませんw
現在の朝鮮人は、モンゴル族唐繰り返し民族レイプと大虐殺を受けた結果、
モンゴル族の末裔になっていますw
だから、日本が朝鮮統治をするまで存続した朝鮮王は装束や文化がモンゴル族の猿真似そのもので、
古代に朝鮮半島にいた森羅人との習俗とまったく別個の文化と完全に判明している >>282
心柱に仏舎利を納める為のものなので、オブジェという事は無いだろ
建造物としてはオブジェ状態とは言えるけど 法隆寺の五重塔の舎利容器は心柱の根元にあるのな
薬師寺東塔は心柱の一番上にあった ふと思ったんだけど、心柱は宗教的な目的で作ったんしゃね
仏舎利を納めた心柱が重要であって、建物は心柱を守る為のものだったとか
後付で建物の耐震性とか理由付けしてるけど、建物より心柱の方が重要だったんじゃないか バベルの塔も手抜き工事でゆるゆるに組んでたら現代まで現存してた説 大昔は構造計算からではなく経験則で作ってたんだと思う
法隆寺が建てられた頃は、寺院建築で大地震を何度も経験したとは思えない
ユルユルが偶然上手くいって、その後もユルユルがよいという事になったんだろ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています