針に塗った"屍"は『大当たり』と呼ばれている物だった。
『当たり』の作り方は古文書に書かれ、父の梶原隼人から教えられていた。蒸し餅を山羊の乳で煮て人肌に冷めたところで蜂蜜を混ぜる。それを離乳食として乳児に与えるのだ。すると稀に『当たり』ができる。
乳児の活気がなくなり、よだれを多く垂らすようになり、首の座りが悪くなると糞便検体から『当たり』が取れる。
腸内細菌の整っていない1歳未満の乳児を使いボツリヌス症を発症させ、その腸内でボツリヌス菌を増殖させて糞便から採取する。言うなればボツリヌス菌の養殖である。
現代では乳児に蜂蜜を食べさせてはいけない事は常識であるが、蜂蜜が薬のように扱われていた時代では他人の乳児に蜂蜜入りパン粥を食べさせる事は容易だった。
その中から稀に『当たり』が取れ、世代を重ね数万の『当たり』の中から一度だけ異常な猛毒を持つものが取れた。それが『大当たり』である。
現在、ボツリヌス菌の系統樹は8種あり、そのうちのタイプHと呼ばれるボツリヌス毒素こそ『0.5kgで全人類を滅ぼす事のできる、史上最強の毒』である。タイプHも実験室で作られた物ではなく『当たり』同様、乳児の糞便から偶然見つかったそうだ。