ヘイトスピーチ動画の投稿者の実名開示に対する考え
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 差別をあおるヘイトスピーチの抑止策として、インターネット上の動画投稿者の実名公表に実効性を持たせる大阪市の条例改正が困難な状況になっている。吉村洋文市長はプロバイダーに実名の提供を義務付けたい意向だが、諮問を受けた有識者らの審査会では、憲法が定める表現の自由や通信の秘密に抵触するとの意見が大勢。答申は、国レベルの対応を要望することが現実的だとする内容に落ち着きそうだ。【岡崎大輔】

 ヘイトスピーチ抑止を目的とした全国唯一の市条例は昨年7月に完全施行され、ヘイトスピーチをした個人・団体の実名を公表できる。市によると、これまでに34件が審査会に諮問され、投稿動画4件をヘイトスピーチと認定した。しかし、いずれも通信の秘密などの兼ね合いで実名は特定できず、投稿者名の公表にとどまった。

 弁護士でもある吉村市長は「違法なヘイトスピーチを不特定多数に知らしめる人の氏名を保護する必要はない」として抑止力の強化が必要との立場だ。市は今年4月、ヘイトスピーチと認定された投稿者の実名開示を義務付けることを念頭に、審査会に実名取得の方策を諮問した。

 審査会はこれまでの議論で、条例による実名公表制度は人権侵害に対する市民の関心と理解を深めるためで、制裁手段ではないとする見解でほぼ一致。実名の情報提供を条例で規定することは電気通信事業法などに違反する可能性に言及した。

 市がプロバイダーから任意で投稿者の実名を取得し、被害の当事者に限って情報提供する方法も検討したが、今月1日の会合では委員から「プロバイダーによる通信記録の保存は3カ月〜1年。ヘイトスピーチの認定に時間がかかった場合、期間内に情報提供をプロバイダーに要請できるのか」など実効性を疑問視する意見が出た。

 審査会長の坂元茂樹・同志社大教授(国際法)は「自治体の条例に基づく取り組みには限界があり、国レベルの対応が必要ではないか」と話す。審査会の答申は年明けになる予定で、自治体の制度を後押しするよう電気通信事業法の改正などを国に要望できないか検討している。

抑止の実効性課題 政府、規制強化に消極的

 ヘイトスピーチの抑止策は実効性が問われている。昨年6月に施行された国の対策法について、人権団体などは禁止規定や罰則がなく不十分だと指摘する。ただ、政府は国連に提出した報告書で「日本でそれほどの人種差別の扇動が行われている状況とは考えていない」と記し、規制強化は不必要との認識を示している。

 川崎市は先月、公的施設でのヘイトスピーチを事前に規制する全国初のガイドラインを公表した。公園などの利用申請の際、差別的言動の恐れがあると認められる場合、申請者に警告や不許可などの措置が取れる。

 ヘイトスピーチの根絶に取り組むNPO法人「多民族共生人権教育センター」(大阪市)の文公輝事務局長は「ヘイトスピーチが間違ったことだとは誰でも言える。大阪市条例のポイントは実名を公表できる点で、具体的に実行できるようにすべきだ。国レベルでの要望にとどまれば後退感は否めない」と指摘する。【岡崎大輔】

毎日新聞 2017年12月5日 大阪朝刊
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