「語りえぬ二人の恋なれば
われら別るる日にも
絶えて知るひとの無かるべし。

その日、われらは楽しく山にのぼらむ、
晴れたる空のもとに、われらが輝かしき石花石膏の棺は、
逞ましき西班牙生れの經子によりてにせはるべし。

われら、山頂の黒き土に巨なる穴をうがち、人知れず恋の棺を埋めむ。
おんみは愛撫の白き鸚鵡を贄とせよ、
われは寂しく黙して金雀兒の花を毟らむ。

かくて谷々に狭霧たちこめ
夕つづほのかに匂ひそむるころ
われら互に微笑みて山を下らむ。

語りえぬ二人の恋なれば
われらが棺の上に草生ふる日にも
絶えて知るひとの無かるべし。


西條八十 「恋の棺」
『美しき鐘』(寳文館 1949年)より引用