■牛乳、パン、そして車を盗んで逃走

 平尾龍磨(ひらお・たつま)受刑者(27)は依然として逃走中だ。そして、平尾受刑者は現時点で「逃走罪」の容疑者でもある。

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 原点は4月8日午後7時ごろ、松山刑務所大井造船作業場(愛媛県今治市)の「受刑者がいなくなった」という110番通報だった。

 同日午後6時の夕食時には姿を見せていたが、午後7時の集会に欠席。調べてみると、午後6時10分に作業場の防犯カメラが、外に出た平尾受刑者の姿を捉えていた。さらに、近くの民家からは車が盗まれていた。

 1961年以降、大井造船作業場では平尾受刑囚を含め20人が脱走している。95年には4か月間余り逃亡し、女子大生を拉致するなど凶悪犯罪を引き起こしたケースもあった。だが、それ以外のケースでは、造船作業場の近くで発見され、逮捕されることも珍しくなかった。

 平尾受刑者は盗んだ車で愛媛県今治市から広島県尾道市・向島に移動、車は駐車場に乗り捨てた。

 盗難車が発見された現場から約1キロ、2軒の住宅で財布の現金が抜き取られ、両家の車の鍵がなくなっていた。そのうちの1つの鍵は住宅周辺で発見され、「車をお借りします。一切傷つけません」といった意味の手書きメモも見つかった。ただし、両家の車は盗まれていない。

 一気に時計の針を先に進めよう。共同通信の「脱走男か、翌日に店で目撃 潜伏先の広島・向島、食料購入」(4月16日電子版)にはこうある。

■塀のない刑務所から脱走すれば刑は軽い!?

《潜伏先とみられる広島県尾道市の向島のドラッグストアで容疑者に似た男が牛乳や菓子などを買う様子が目撃されていたことが16日、捜査関係者への取材で分かった》

《付近ではこれまでに7件の窃盗事件が発生。島内で車上荒らしに遭い、10日に発見された車から平尾容疑者の指紋と共に牛乳パックや菓子の袋が見つかり、両県警は付着物から容疑者と一致するDNA型を検出》

 愛媛と広島の両県警は「16日も650人体制」(共同通信)の陣容で捜索を続けているが、この記事の執筆時では、逃亡犯の逮捕には至っていないようだ。

 この平尾受刑囚だが「逃走の罪」を犯していることは間違いない。刑法を見てみよう。

《(逃走)
第九十七条 裁判の執行により拘禁された既決又は未決の者が逃走したときは、一年以下の懲役に処する。
(加重逃走)
第九十八条 前条に規定する者又は勾引状の執行を受けた者が拘禁場若しくは拘束のための器具を損壊し、暴行若しくは脅迫をし、又は二人以上通謀して、逃走したときは、三月以上五年以下の懲役に処する》

 難しい印象を持たれた方もおられるだろう。そこで元東京地検検事の田中喜代重弁護士(65)に解説を依頼した。

「容疑者や受刑者が何も壊さずに逃げると『単純逃走罪』となります。塀を壊したり、鉄格子を破ったり、穴を掘ったり、手錠を壊したり、腰縄を切ったり……と、逃げるために何かを壊すなどの行為を働けば『加重逃走罪』です。松山刑務所大井造船作業場は開放施設に分類されます。マスコミの表現を使えば『塀のない刑務所』です。あくまでも報道を見る限りですが、平尾受刑囚が何かを壊した形跡はないようなので、単純逃走罪が適用されるのではないでしょうか」

 上にあるように「単純逃走罪」は「一年以下の懲役」で、「加重逃走罪」は「三月以上五年以下の懲役」だ。つまり、塀のない刑務所から脱走したより、塀のある刑務所から脱走したほうが罪は重いことになる。

 だが、ひょっとすると、これは我々の常識から考えると逆ではないだろうか。

■国家の“期待”を裏切っても温情!?

 松山刑務所大井造船作業場のような「塀のない刑務所」に収監されるためには、初犯で、比較的刑は軽く、刺青が入っていない……など非常に厳しい条件をクリアしなければならない。「模範囚中の模範囚」という“犯罪者のエリート”しか入れないのだ。

 平尾容疑者の場合は、出店荒らしや車上荒らし、ひったくりなど121件、被害額約405万円相当の被害を福岡県警が確認した(朝日新聞報道)。我々普通の市民には重罪とも思えるが、殺人罪のように他人の命を奪ったのとは決定的に異なるのも事実だ。

>>2以降に続く
デイリー新潮
http://news.livedoor.com/article/detail/14604534/