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▼痴漢という犯罪を取り巻く問題
痴漢は犯罪である。これは疑いようもない事実であり、私もこれに異を唱える気は毛頭ない。
しかし、この際、問題が2点ある。まずは、再犯率に関する問題である。
性犯罪全体の再犯率は、一般に思われているほど高くはなく、約5%にとどまっているが、それに比べると痴漢の場合は再犯率が高い。

法務省のデータによれば、痴漢の性犯罪再犯率は執行猶予者で約20?30%、刑務所出所者で約50%。
しかもその特徴は、同種犯罪、つまり痴漢ばかりを繰り返している者が多いことである。

第2の問題点は、痴漢の場合、刑罰といっても、1度や2度での逮捕では、罰金や執行猶予などで済む場合がほとんどで、その場合、すぐに日常生活に戻されることとなる。
すると、しばらくの間は再犯に歯止めがかかっても、長い月日が経過するにしたがって、ふとしたことでまた再犯となってしまうケースが多い。

このように、わが国の刑事司法の枠組みのなかで、痴漢を扱おうとすると、十分な対処ができず、いたずらに再犯が繰り返され、多くの被害者を生んでしまっている現状にある。
それに対し、「ではもっと厳罰に処するようにすればいいのではないか」という意見がある。
罰金や執行猶予で済ませているから、再犯を繰り返すのならば、初犯のときから実刑にして刑務所に入れればよいという考え方である。
しかし、問題はそんな単純なものではない。
まず、世界中のどの国においても、拘禁刑は最終手段であり、その使用は抑制的にすべきというのが刑事司法の鉄則である。それは、罪罰均衡主義の見地からの要請でもある。
また、科学的なエビデンスを見ても、厳罰化は再犯を抑制しないことが明らかになっている。
厳しく罰したら、それに懲りて犯罪が抑制されるというのは、あまりにも単純な見方であり、データはそれを支持していない。

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▼痴漢はなぜ繰り返されるのか
それでは、痴漢はなぜ繰り返されるのだろうか。その理由を科学的に分析すれば、効果的な対処の糸口が見えてくる。それが「病気」という視点である。
実は、何十年も前から、痴漢にはちゃんと「病名」がある。
精神障害の診断のために世界中で用いられている診断基準である「精神障害の診断と統計の手引き」(DSM-5)には、「窃触症」という病名があり、
その定義としては、同意のない他人の身体を触ったり、自らの身体をこすりつけたりすることに強い反復的な性的興奮を抱く一種の性的倒錯であり、
それが社会的、職業的分野に重大な問題を起こしている場合、こう診断される。

「窃触症」は、「パラフィリア障害」というカテゴリーに分類されている。これは性行動の対象や方法の異常のことであり、ほかには「窃視症」(覗き、盗撮)、「露出症」などがリストアップされている。
さらに、今年6月、世界保健機関(WHO)は、国際疾病分類(ICD)の改訂に際して、「強迫的性行動症」という疾患を新たに加える方針であることを発表した。
これは、「反復性のある強い性的衝動を制御できない」障害であり、「個人的、家族的、社会的、教育的、職業的、その他の重要な分野で活動するうえで著しい問題や障害を引き起こす」ものとされている。

このなかには、痴漢のような性行動のほか、過剰なセックスやマスターベーションなど犯罪ではないものも含まれる。
これは、「衝動制御の障害」というカテゴリーに分類されており、性的衝動のコントロールができないための病気であるということである。
もっとも、痴漢のすべてがこうした障害に当てはまるわけではない。
厳密な診断基準に照らして判断する必要があるが、やはり何度逮捕されても、生活が破綻してもやめられないようなケースは、その大半が「病気」の域に達していると言ってよいだろう。

>>2以降に続く