>>345 >>1

https://www.andrew.ac.jp/soken/pdf_3-1/sokenk193-2.pdf
『李朝実録』によれば, 1556年4月1日, 朝鮮で倭人が反乱を起こそうとしているという
情報を入手した対馬島主・宗氏が朝鮮朝廷に報告した。首謀者のなかには中国人もおり, 彼
は「五峯」と名乗り, 倭人を率いて明を襲撃すると称している。
前期倭寇は食糧の他に人々を捉え, これを奴隷として使役したり売却したりしたと述べた。
後期倭寇はさらに大規模な奴隷貿易を行っている。中国東南部の江南・淅江。福建などを襲
撃し人民を拉致した倭寇は対馬・松浦・博多・薩摩・大隅などの九州地方で奴隷として売却
した。これらの奴隷は, 牛馬の飼育や薪取り, 水汲みなどの仕事をさせられた。さらに彼ら
の一部はポルトガル商人によってマカオに転売され, そこから東南アジア・インドに送られ
ていった。