2018年11月6日

 経済的に困ってはいない家庭の主婦が、行きつけのスーパーで「悪いこと」と分かっていながら、衝動を抑えられずに万引してしまう。そんな心理と回復への道をまとめた「万引き依存症」(イースト・プレス)を、東京で加害者臨床に取り組む精神保健福祉士で、社会福祉士の斉藤章佳(あきよし)さん(39)が出版した。ストレスをかかえた中高年女性の心のすき間に入り込む問題で、定年後の男性のアルコール依存症に似ているという。 (編集委員・安藤明夫)

 斉藤さんは、精神保健福祉部長を務める大森榎本クリニック(東京都大田区)で、精神科医とともに性犯罪、薬物などの加害者臨床を担当。その経験をもとに二〇一六年から「万引を繰り返す人たち」のデイナイトケアを始めた。通うことで問題行動をやめ続けることを目指す再発防止のプログラムだ。

 この二年間に二百人以上が参加した。女性が約70%を占め、その約四割が六十五歳以上だ。ごく一般的な家庭の主婦がスーパーや書店などで少額の万引を重ねるケースが多い。万引を始めた動機は「節約のため」「ストレス発散」などさまざまだが、繰り返すうちに衝動を抑えられなくなるという。逮捕、起訴され、公判を控えて家族や弁護士から勧められ通院を始めるのが典型例だ。

 四十代の主婦は「早く家を建てるために頑張って節約しよう」と夫から厳しく言われ、雑誌の節約レシピを研究したり、スーパーの安売りをチェックしたりしてきたが、ある日、スーパーで買い物中にドレッシングの瓶を無意識に手提げバッグに入れ、レジを通ってしまった。後で気付いて慌てたが「いつも頑張っているから、これぐらい許される」と自分に言い聞かせた。以後、スーパーにいくたびに一品だけ手提げバッグに入れるようになり、次第に品数が増えていったという。

 別の主婦は、夫がギャンブルで借金を抱え、口論が絶えなかった。けんかをするたびに、スーパーで総菜を万引。スッとした気持ちになるため、やめられなくなった。どちらも「夫へのストレス」が背景にあったケースだ。

 斉藤さんは「子育てを終えた五十代後半ぐらいに問題が始まる例が多い。その意味では、中高年の男性が酒やギャンブルにはまるのと似ている。商品を買うお金はあるのに、不合理な衝動を抑えられない」と指摘する。犯行前の緊張感や葛藤、盗んでいるときの高揚感、その後の後悔と罪悪感、次の犯行への渇望感がセットになって、問題が繰り返される。家族が治療に協力し、長く万引をやめていた女性が、娘の結婚式当日に、式場へ向かう途中で、特に必要ない物を万引して捕まった例もある。

 デイナイトケアでは、ワークブックをもとに、万引前後の自分の気持ちを見つめ直し、言葉にしていく作業を重ねる。気持ちを仲間の前で語ることも、自分の行為を客観視するために大切な手順。再び万引をしてしまった場合も正直に告白するのがルールだ。ボクササイズなどの運動なども組み込み「万引をしない日々」を積み重ねる中で回復につながっていく。定期的に開かれる家族支援グループも出席率が高いという。

 しかし、こうした問題に取り組む精神科の病院やクリニックは、全国的にもごくわずかだ。斉藤さんは「刑務所に入るよりも、社会の中で対処法を身に付けることが再犯防止につながる例は多い。多くの医療機関に関心を持っていただきたい」と呼びかける。

http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/201811/CK2018110602000182.html