記者会見では辞任する9人のコメントをまとめた資料も配られた。

 「今回の混乱の経緯はともかく、官側の提案に基づいて取締役会で正式決議したことを根底から覆されたことと、両者間の信頼関係が修復困難な中で、今後取締役会議長としてガバナンスを遂行することに確信がもてなくなった」(坂根氏)

 「まことに残念なことですが、これでは内外のトッププロフェッショナルを集め(中略)、グローバルな一流どころと組んで仕事をすることは今後、極めて難しいと見るべきでしょう」(冨山氏)

 「産業革新投資機構が、ゾンビの救済機関になろうとしているときに、私が社外取締役に留まる理由はありません」(星氏)

 その道のプロたちが「本格的なSWFを立ち上げよう」意気込みで集結したのに、経産省(や官邸)に翻弄された悔しさが滲み出ている。

 田中氏の発言で一番、印象に残ったのは、

 「(JICでは)民のベストプラクティスを生かすのだと思っていたが、(実態は)国の意向を反映する官ファンドだった」

 の一言だった。

 JICはすでに、金子氏らの活躍により、米国西海岸で最大2000億円の投資枠を持つバイオベンチャー向けの投資ファンドを立ち上げる手続きに入っていたが、経産省と財務省の待ったで白紙になった。

 田中氏は「せっかく集めた優秀な人材が雲散霧消してしまった」と悔やんで見せた。

■ 政府がやらせたかったのは「ゾンビ企業の救済」

 田中氏らがやりたがっていたベンチャー投資を止めてまで、国はJICに何をやらせたかったのか。それは紛れもなく、星氏が指摘している「ゾンビ企業の救済」だろう。

 JICの前身で現在も活動している産業革新機構(INCJ、志賀俊之代表取締役会長)は、総合電機の負け組液晶事業の寄せ集めであるジャパン・ディスプレイ(JDI)に2750億円、ルネサスエレクトロニクスに1383億円を出資している。
国際競争力を失った日本の総合電機の延命に巨額の税金を投じているのだ。

 JICは「ゾンビを救済しない」と決めていたはずだが、そこに民と官の思惑の違いがあった。官はやはり、税金を使ってゾンビ企業を救済したいのだ。例えば債務超過を免れるための東芝メモリ売却にはINCJが一枚噛んでいるが、
メモリ事業を手放した東芝はゾンビ予備軍である。トルコの原発輸出が厳しくなった三菱重工業も陸海空で失策が続く。経団連会長を輩出している日立製作所とて、盤石ではない。ゴーン前会長逮捕で揺れる日産自動車もゾンビになる恐れがある。

 官は公的資金の注入をチラつかせながら、こうした企業の再編を主導することで存在感を増したいのだろうが、それは「健全な金融機能の強化による日本の産業競争力強化」を掲げたJICと真逆の道である。今回は官に三行半を叩きつけた9人に拍手を送りたい。