「Wの悲劇」と呼ばれ 文化財無残 「ひどい」無断切り取りに被害自治体 岩手県立博物館
毎日新聞 2019年6月5日 03時01分(最終更新 6月5日 05時25分)
https://mainichi.jp/articles/20190605/k00/00m/040/009000c

文化財を守るはずの博物館が、貴重な出土品をひそかに切り取っていた。岩手県立博物館は4日、200点もの無断切り取りを認め、その理由について
「通常の手続きで了承を取っていると思った。伝達不足だった」と内部の連絡ミスとの釈明を重ねた。
切り取られた形状から、関係者は「Wの悲劇」と呼んでいたといい、文化財を預けた自治体にも大きな衝撃を与えている。

◆「なんのために」「どこまで…」疑問の声が噴出
 「なんのために」「どこまでやっているのか」。県立博物館学芸員による無断切り取りに、自治体の担当者からは疑問の声が噴出した。
 5月下旬、岩手県紫波町の文化財担当者が県立博物館を訪れ、館長ら4人と対面した。その2日前、毎日新聞の記者が、同町の比爪館(ひづめだて)遺跡から出土し、
同館に保存処理を依頼した27点のうち8点が切り取られている可能性を伝えていた。

 「無断でサンプリング調査をした」。館長らはあっさりと認めた。「本来なら契約協議の段階で口頭で承諾を取る。今回も取ったと思っていたが担当職員のミスだった」
と釈明したという。町の担当者は「あくまでも文化財を保存する対応だけをお願いする契約だった。我々の認識とはるかにずれている」と驚いた。

 文化財に詳しい専門家によると、一部を切り取るサンプリング調査をすれば、所有者に分析結果を伝えるのが当然という。
実際は報告がないまま切り取り跡を樹脂で加工し、見た目には分からない状態で返却されていた。

 町の担当者は「無断という認識がなかったならなぜ我々に分析結果の報告がないのか」「取材がなければ我々は知らないままだったのでは」と館長らに質問を重ねた。
しかし明確な返答や謝罪は最後までなかったという。

 2015年に同館の謝罪を受けたのが、平清水(ひらしみず)遺跡のある同県野田村だ。当時の担当者は同館から
「保存処理の状態が安定しないので原因を調べるために切った」と説明された。「切らなくても分かること。言い訳だ」と感じたという。
返却された文化財は多くがローマ字の「W」の形で幅1センチほど切り取られていた。「関係者の間では『Wの悲劇』と呼んでいた」と明かす。
新たな無断切り取りの発覚には「たまたまバレたのがうちだっただけで常習犯ではないか」と切り捨てた。

 〜中略〜

◆学芸員「認識不足」「連絡の不徹底」と繰り返し
 取材には同館の高橋広至館長ら4人が対応したが、ほぼすべての質問に文化財の保存処理に当たる1人の学芸員が説明した。
この学芸員は2014年に発覚した同県野田村の平清水など2遺跡から出土した約30点についての無断切り取りを認めた本人だった。

 約1時間、穏やかな口調で専門用語を多用しながら質問に答えた。保存処理や分析のスペシャリストだが
「私は自治体とはやり取りしていない」「部下である複数の職員が了承を取っていると思っていた」と直接の関与を否定した。
しかし部下の職員はすでに同館にはおらず、本人に事実確認はしていないという。学芸員は「認識不足」「連絡の不徹底」と繰り返した。

 サンプリングしていたなら、なぜ所有者に結果を報告しなかったのか。了承を取ったと勘違いしていたとしても、その疑問は残る。
そう尋ねると「資料を学術的に位置付けられるようなデータではなく、重要性が低かった」と淡々と説明した。
「歴史・文化の解明に使えるデータではなく、逆にノイズになる恐れがあるものはあえて(報告を)控えていた」とまで言った。

 それは博物館側が決めることではないのではないか。そんなやり取りを重ねていると、学芸員は「内容と結果は渡した方が良かった。データはお返しする」とミスを認めた。

 館長らは腕を組むなど厳しい表情でやり取りを見守った。学芸員は「結果として所有者と大きな食い違いが生じた。
これからは相手がどういう作業内容を欲しているか明確にする」と語った。

◇自治体から預かった文化財を無断で切り取った問題が発覚した岩手県立博物館=盛岡市上田で2019年6月4日、鹿糠亜裕美撮影
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◇ 岩手県奥州市の白鳥舘遺跡から出土したくぎとみられる文化財(右)などのX線写真。見た目は修復されていたが、X線写真では無断で切り取られたW形の跡が浮き上がっている=関係者提供
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