ロシア極東地域の発展をテーマに、極東ウラジオストクで開催された露主催の国際会議「東方経済フォーラム」。5日に行われた参加各国の首脳らによる全体会合では、安倍晋三首相が有名なロシアの詩を引用しつつ、「日本を信じてほしい」とプーチン露大統領に日露平和条約締結を呼びかけた。しかしプーチン氏は著名な米国のギャング、アル・カポネの“名言”を引用して反論。平和条約に対する両首脳の温度差を際立たせた。ロシアの国内事情やプーチン氏の発言を通じ、ロシアにいま何が起きているのかを分析した。(モスクワ 小野田雄一)

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 全体会合で安倍首相は「今から引用するのは皆さんが良くご存じの四行詩です」と前置きした上で、19世紀のロシアの詩人、チュッチェフの有名な詩を読み上げた。

 〈ロシアは、頭ではわからない〉〈並の尺度では測れない〉〈何しろいろいろ、特別ゆえ〉〈ただ信じる。それがロシアとの付き合い方だ〉

 安倍首相はその後、「詩のロシアを日本に置き換えてほしい」と述べ、日本は信頼に足りる国だと訴えた。「経済・福祉・環境・雇用拡大などの各分野で日本はロシアに協力できる」との考えも示し、平和条約締結に伴う日本との関係強化のメリットを強調した。

 演説後半で安倍首相は「ウラジーミル(プーチン氏の名)。君と僕は同じ未来を見ている」「ゴールまで2人の力で駆け抜けよう」とも訴えかけた。演説には、停滞した平和条約締結条約交渉を何とか前進させたいという安倍首相の思いが強くにじんでいた。

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 しかし美辞麗句を重ねた安倍首相とプーチン氏の間には、冷たいすきま風が吹いているようにも感じられた。というのも、安倍首相に先立って演説したプーチン氏は、平和条約締結問題には一言も触れず、開発が遅れている極東地域への投資の成果や、今後の極東の発展計画への言及に終始したためだ。安倍首相の演説中も、プーチン氏は厳しい表情を崩さなかった。

 ※中略

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 両者の温度差は、全体会合が司会者との質疑に移った段階でさらに際立った。

 議題が平和条約締結交渉になると、プーチン氏は20世紀初頭の米国のギャング、アル・カポネが発したとされる「優しい言葉にピストルを添えれば、優しい言葉だけの場合よりもっと多くを得られる」との言葉を引用。同時に「平和条約締結問題は日本とロシアの関係だけにとどまらない。軍事や安全保障の問題がある。(日米安全保障条約に基づく)米国に対する日本の義務を考慮する必要がある」と述べ、日米安保条約の存在が平和条約交渉の障害になっているとの認識を示した。

 ロシア側はこれまでも、仮に北方領土を一部でも日本にも返還した場合、米国が島に戦力を配備し、ロシアの安全保障が脅かされる−とのシナリオへの懸念を示唆してきた。「日本は米国の意向に逆らえないだろう」との認識を示したこともあった。

 プーチン氏がアル・カポネの言葉を引用したのは、「国際社会は、安倍首相が述べたような“優しい言葉”だけを信じて相手と向かい合えるような甘いものではない」という意思表示だったとみて間違いない。

 ※中略

 プーチン氏の意欲の減退を事実だと仮定した場合、その背景には、経済低迷や言論統制の強化などでプーチン政権への国民の不満が強まっている中、国内世論を無視して日露平和条約を締結し、北方領土の日本への引き渡しが現実味を帯びれば、政権運営に大きなリスクになるとの危惧があるみられる。日米安保条約への言及も、半分は本心としても、残る半分は交渉を引き延ばすための口実に過ぎないとの見方も出ている。

 いずれにせよ確実なのは、日露平和条約交渉に目立った進展が見られないのは、米国との激しい対立や国内の政治基盤の弱体化など、プーチン氏の置かれた環境が大きく作用しているということだ。こうした状況が変わらない限り、日本がどれほど美辞麗句を重ね、日露関係正常化の魅力をアピールしたとしても、平和条約が実現する可能性は低いと言わざるを得ないだろう。

2019.9.18 07:00 産経新聞
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