東京都の小池百合子知事が3月25日夜に、新型コロナウイルスについての緊急記者会見を開いた直後のことだった。仕事帰りにスーパーに足を運ぶと、いつもとは違う光景が……。

「午後8時過ぎからでした。急にお客さんが増えてきたと思ったら、お米、カップ麺、乾麺、缶詰、精肉、レトルト食品、冷凍食品など保存がきく食品から順に、次々に棚が空になっていきました」

 東京都中野区内にあるスーパーの店員は、疲れた表情でそう話し、続けた。

「小池知事の記者会見があったのは後で知りました。何度も『感染爆発 重大局面』なんて書かれたフリップを掲げながら真顔で言えば、そりゃ、誰もが不安になりますよ」

 午後10時を少し回ったころ。いつもならレジには並んでも数人程度だが、15人以上が列をなし、平日の夜なのに、どの客もカゴいっぱいに商品を入れていた。

「本来、午後9時から夜食を兼ねた休憩時間なんですが、商品の補充に追われて休憩どころじゃありません。夜食も抜きですよ」(前出の店員)

 小池知事は会見で、

「今週になりまして、オーバーシュート、感染爆発ですが、この懸念がさらに高まっています。今、まさに重要な局面で御座います」

 などと述べ、都内で一日に41人の感染者が出たことなどを説明。平日昼間の自宅でのリモートワークや、夜間の外出自粛を呼びかけた。週末については、

「お急ぎでない外出は、ぜひとも控えていただくようにお願いを申し上げます」

 と強い口調で要請した。

「即、ロックダウン(都市機能の封鎖)ということはない」と首都封鎖については否定したが、町では不安に駆られた都民が、食料品と日用雑貨の買いだめに走った、というわけだ。

「4、5日前からようやく供給が追いつき、いつでも買える状態に戻ったティッシュペーパーも、夕方は40パックほどあったのにすぐに消えてしまいました」(前出の店員)

 他には、牛乳、パン、納豆の棚が空に。東日本大震災直後のスーパーを思い出した。

店に来ていた20代前半の姉妹は、地下鉄で一つ隣の駅の近くのスーパーに買い出しに出かけている母親と携帯電話でやりとりしていた。母親と買う商品が被らないように確認していたという。

「ヤバイですよー。ママもお米が買えなかったみたい。ウチはパパと4人家族なんだけど、自宅には残り5キロほどしかないんです」(姉)

「正直、気がつくのが遅かった。友達から『食料品は大丈夫?』てLINE(ライン)が来て慌てて出て来たんですが……」(妹)

 缶チューハイ5本に、残り少ない乾麺と冷凍うどん、ハムをカゴに入れてレジに並んでいたのは、30代半ばの非正規公務員のAさん。友人との食事後、たまたま酒を買うために立ち寄ったところ、他の客が食料品を買いあさっているのを目の当たりにして買い増すことにしたという。

「本当はカップ麺が欲しかった。明日は残業しないで真っすぐに買い物しようと思っていますが、それまでに残っているといいんですけどね」(Aさん)

「安倍首相と小池知事にだまされたのでは」と話す帰宅途中の会社員もいた。

「東京五輪の延期が決まったのが3月24日。それまで都内の感染者は、1日あたり10人前後の発生でしたから、てっきり押さえ込みに成功しているのかと思っていました。ところが延期になった途端、その翌日に40人以上の感染確認でしょ。五輪開催ありき、で政府と都庁が隠していたと疑いたくもなります」

 店内では、パニックになっていることも、殺気立った雰囲気でもなかった。見た限りでは店員に食ってかかる客もおらず、おとなしくレジ待ちしているのは、日本人ならではの美徳かもしれないとも思ったが、食料品不足が続くようになると、いつまでも我慢できるとは限らない。

 マスクがドラッグストアから消え、店員が客からひどい言葉でののしられたり、文句をつけられたりした、という事例が多く報道されていたのは記憶に新しい。

 新型コロナウイルスがもたらした災禍。パンドラの箱は開いてしまったのか? 完全に開く前に閉じて、希望を見ることができるのか? 日本はまさに正念場を迎えている。(高鍬真之)
3/26(木) 18:03配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200326-00000068-sasahi-soci
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