朝日新聞(4/27 火 11:30)
https://news.yahoo.co.jp/articles/1dadf597cbaa72741bff3dbd2de1ff55d92ae144

 長野県の市川武範さん(56)は昨年5月26日夜、坂城町にあった自宅に不安な気持ちで帰宅した。直前に長女から無言の着信があり、家の前には不審な白い高級外車が止まっていた。

 玄関に入ると、長女がこめかみから血を流して倒れていた。奥の寝室には血だらけの次男が、キッチンには見知らぬ男が倒れていた。

 長女は22歳、次男は16歳だった。暴力団組員の男が2人を拳銃で殺害し、その場で自殺した事件だった。

 事情聴取が終わっても、自宅は男が侵入した際に窓ガラスを割られ、生活できる状態ではない。警察が用意した施設に「一時避難」させてもらった。翌日には次男、2日後には長女の司法解剖が終わると、遺体を安置する葬儀業者を見つけるよう指示された。深い悲しみの中で、様々な手続きに追われた。新たに借りる家も自分で探すしかなかった。

 二次被害にも苦しんだ。

 組員の男は事件の2日前、市川さんの長男を路上で殴り、けがをさせていた。長男が同僚女性と一緒にいたことから、マスコミは「長男の女性をめぐるトラブル」と報道。ネット上でも臆測や中傷が飛び交った。

 「犯人が悪いのはもちろんだが、一番悪いのは2人を守れなかった父親。一生かけて償え」と書かれたはがきも届いた。約3週間後、片付けのため初めて現場となった自宅に足を運ぶと、住民から「近所に迷惑を掛けたんだから、まず謝って歩くのが当たり前だ」と怒鳴られた。

 「みんながそう思っていたわけではないことは分かっています。中には気遣って言葉をかけてくれたり、お金を包んでくれた人もいた。でも、あの時期のあの言葉は本当にきつかった」

 市川さんは自営業を営んでいたが、収入を失った。国の「犯罪被害者等給付金」は捜査終結から数カ月後に支払われる。市川さんが受け取ったのは事件発生から約8カ月後だった。

 今も現場となった自宅には住めず、仕事も再開できていない。転居先では、自分たちが事件の関係者としてうわさにならないか不安な日々を過ごす。夫婦で精神科への通院も続く。

 それでも「長女と次男、そして長男のためにも、この事件を風化させたくない」と市川さん。今年3月には、犯罪被害者の遺族や専門家が作る団体のシンポジウムに参加し、十分な支援が受けられない遺族の現状を訴えた。「犯罪の被害者も遺族も救われる社会になってほしい」と願う。(松山紫乃)