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中国をロシアと同列の「重大な脅威」に位置付け
 トラス首相の誕生は西側と中露の対立を決定付けるだろう。英紙タイムズ電子版は、トラス氏側近の話として彼女が首相に就任すれば中国はロシアと同列の「重大な脅威」に位置付けられると報じた。2015年秋に中国の習近平国家主席が英国を公式訪問し、「英中黄金時代」がうたわれた時代は完全に幕を閉じる。

 スナク氏は中国企業が英国市場を選択するよう促す貿易協定署名の寸前まで進んだが、保守党の中でも対中最強硬派のトラス氏は中国との経済協力より国家安全保障を優先させるとみられている。側近の1人は同紙に「トラス氏は外相就任以来、北京に対する英国の姿勢を厳しくしており、首相になってもタカ派の姿勢をとり続けるだろう」との見方を示している。

 中国共産党系機関紙「人民日報」傘下の「環球時報」は「EU離脱後、英国は米国に接近し、中国をより主要な競争相手とみなすようになった。英国がこの道を歩み続けるなら、二国間関係はさらに大きな困難に直面する」という専門家の分析を伝えている。日本でも英国でも米国の国益に反する政治家は必ず失脚していく。スナク氏もその1人なのかもしれない。

 トラス氏の強力な後ろ盾の1人、イアン・ダンカン・スミス元保守党党首も中国の制裁リストに加えられた対中最強硬派だ。昨年秋「日本の岸田文雄首相に何を求めますか」という筆者の取材に「残虐行為、ルールに基づく国際秩序からの逸脱、人権弾圧を止めない限り、中国から投資を引き揚げる、もうたくさんだと迫る努力をしてもらいたい」と答えた。

「自由のフロンティア」を築く代償
 トラス氏を一言で表現すれば「英国の櫻井よしこ」が一番ピッタリ来る。旧ソ連から「鉄の女」と恐れられた故マーガレット・サッチャー首相を意識するトラス氏は昨年12月、権威主義国家の中国とロシアを念頭に「今こそ自由世界は反撃し、経済とテクノロジーの力を使って恐怖ではなく自由を促進する時だ」と呼びかけた。

 トラス氏は中露の冒険主義を抑える方法として西側が安全保障だけでなく、経済、テクノロジーで団結する「自由のフロンティア」を築き、「同じ考えを持つ」世界中の国々が協力する必要性を強調する。保守党下院議員には、首相になった暁には中国新疆ウイグル自治区での少数民族弾圧を「ジェノサイド(民族浄化)」と公式に認めると約束したとされる。

「平和の配当」はなくなり、中露との対決は「平和を維持するコスト」を増大させる。

 サッチャー誕生のきっかけとなった1970年代のインフレは25%に達し、4つの政権と4人の首相が交代した。光熱費、食費は300%近く上昇した。金利が17%に達した時、インフレは初めて終焉したが、その代償として大量の失業者が街にあふれた。

 トラス氏がインフレ退治を怠って慢性化させれば、英国経済は大ダメージを受ける。トラス氏はかつて核軍縮運動に参加し、オックスフォード大学では弁論団体オックスフォード・ユニオンで自由民主党のリーダーを務めたこともある。リベラルから保守への変節と首相就任を一番嘆いているのは左翼でリーズ大学名誉教授の父ジョン・トラス氏なのかもしれない。

JBPress2022.9.5(月)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71681