https://news.yahoo.co.jp/articles/b0dc47994cffc749ceb80a51a8fb82656537f2d5
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 ロシア人外科医、アンドレイ・ボルナ氏(61)が祖国に対して以前から感じていた不信感は、ウクライナ侵攻によって決定的なものとなった。
ボルナ氏は妻と3人の子どもを連れて車に乗り、エストニア国境に並んだ。
モスクワでの快適な生活を捨て、ウクライナ人を助けるために整形外科医としての技術を生かそうと決意した。

ウクライナの首都キーウにある陸軍病院でAFPの取材に応じたボルナ氏は
「何より道徳的、倫理的な選択だ。より早くウクライナが勝利できるよう、可能な限り自分たちの役割を果たしたい」と語った。
「ウクライナの示す条件で終結して初めて、われわれの人生もこの戦争から解放されるだろう」

ウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領がウクライナ侵攻を開始した2022年2月以降、弾圧や徴兵制を恐れた多数のロシア人が国外へ脱出した。
ボルナ氏のように家族のルーツがウクライナにあるロシア人は、ロシア軍を相手に最前線で戦うなど、自分にできる形でウクライナ側に協力するようになった。

■初日のミサイル攻撃は「悪魔のディスコ」
ボルナ氏は、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)の加盟国エストニアで居住許可を確保した上でボランティア活動の許可も受け、
昨年9月に初めてキーウ入りした。
ウクライナ国境に入って数時間後、軍の葬送を目撃した。自分の国が「あの若者を殺した」のだと涙ながらに話した。

早くもその夜、キーウ市街に空襲警報が響き渡った。
ロシア軍が連射したミサイルによる爆音と閃光(せんこう)は「悪魔のディスコ」のようだった。
「キーウでの初日の夜から、ここでのこの戦争を理解した。ロシア人が教えてくれた」

ウクライナ侵攻が始まるずっと前から、ボルナ氏はプーチン政権に反発していた。
2014年のクリミア(Crimea)併合に公に反対したため、勤務先の医院での仕事を辞めるよう圧力をかけられた。
ボルナ氏は、反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ(Alexei Navalny)氏の支持者ではないが、
2020年に神経剤ノビチョクによる同氏の毒殺未遂が起きた際にはその立証を手伝った。
また、収監された同氏がハンガーストライキを始めた際には、その健康を懸念する医療関係者の大合唱に加わった。

最終的にモスクワを離れる決断をしたのは、司法当局や治安当局とつながりを持つ患者らから、
当局が戦争批判を禁止する新法に基づいて自分を起訴する準備をしているとの情報を得たからだ。

■プーチン氏には「共感力がまったくない」
ボルナ氏の政治的姿勢と仲間からの尊敬は、ロシアの国籍を越えて、ウクライナ人患者の信頼を勝ち取っている。
ウクライナ南東部の港湾都市マリウポリ(Mariupol)の包囲戦で脚を引きちぎられた兵士ミコラさん(35)は、
ボルナ氏の誠実さと医療技術の両方に信頼を寄せていると語った。

ボルナ氏と10年来の友人で、ウクライナでの労働許可取得を支援した外科部長のペトロ・ニキーチン氏(61)は
「ボルナ氏はここに着いた途端、真っすぐ手術室へ向かった」と振り返った。

自国の大統領が起こした破滅的な紛争の犠牲者を自分が救おうとしている状況に、ボルナ氏は何とも言えない思いでいる。
「私にはプーチン氏が理解できない。同氏には共感力がまったくない」
だが、戦争に突き進むプーチン氏を止められなかったロシア人には連帯責任があり、それは残りの人生すべてをかけて背負っていくものだとボルナ氏は言う。
「私は59年間ロシアに住んでいた。ロシアのためにできることはすべてやった」

「ロシアは欧州の道を進むべきだと私は思ったが、ロシアが選んだのはファシストの道だった。それは私のためにも、家族のためにもならない」