0219名無しさん@1周年
2017/04/21(金) 19:54:43.03ID:f/GlqmCq0本記事は、上記記事の一部を変えた記事です。
今回の事件を機に、大衆は「知っている人でも怖い」と思わされ、子供を守る為には、「知っている人にでも話しかけられたなら、逃げなければいけない」、「他者を不審者だと思わなければいかない」と親は子に教育しなければいけないと社会は誘導しています。
しまいには週刊女性は「渋谷は歩いているだけで不審者のよう」と言い出しました。
これら、他者を疑わなければいけないという、「不審者の概念を広げる事」が、この事件を起こした大きな目的です。
子供を守る為には、「他者との交流を避け、不審者がいることを教えなければいけない」と両親は思わされているのです。
しかしその親の行動は、自分自身の首を絞めることになります。
なぜなら、「知っている人も怖い、不審人物である」という言い聞かせは、自分自身に矛先が向くことを示唆しているのです。
社会は匠に、その概念を親子を引き裂く方向へと今後発展させていくでしょう。
つまり、「不審者がいる」と子供に言い聞かせ、今回の事件を受けて「知っている人でも怖い」と洗脳することは、親子を引き裂くための布石なのです。
子供の為を思ってする行動が自分の首を絞めることになるにもかかわらず、そのような行動を起こすように大衆誘導しているのが、この事件に対して起きた、メディアの動きの本質なのです。