私たちは名古屋で客の弁当と水筒を没収するという恐ろしい仕事をやっていた。
それはつまり、女や年寄りや子供たちから食べ物と飲み物を奪う、てことだ。
                            (元テーマパーク従業員)

1350円のバーガーセットもいろはす220円も、何もかも見ました。
胃がキリキリと痛むような、あんな光景は見たことがありませんでした。
あの人達は名古屋商法で金をむしり取っていたんです。
私だって、お笑いを始めた時はプライドを捨てる覚悟でした。
でも、あんなやり方では…  (大阪の若手芸人)

父は涙を流していた。父が泣いているのを見るのは、私にはこれが始めてだった。
母はというと、こわばった顔つきをして、一言も口をきかなかった。
7歳になる妹は、歯を食いしばって、捨てられていく弁当と排水溝に流される麦茶を見つめていた。
名古屋で泣き言を言っても何にもならないのを、この子は既に知っていたのである。
                                (関東から訪れた観光客)

名古屋人は自らが正しいと思う道、つまり、ボッタクリを基にして商売をしていました。
それは金の亡者の道。反省はありませんでした。  (九州の会社員)

                   (『21映像の世紀』第5集「名古屋で地獄を見た」より)