受動喫煙対策が話題ですが、肺がんとたばこの関係を解説する際、よく出るのが「私のおじいさんはヘビースモーカーだったけど、長生きした」などのエピソードです。
医学的な言葉で言い換えれば、疫学データ(人を集団で観察した場合)と個人の運命(個人・個体で観察した場合)とが異なる結果になる、という実例です。
なぜそのようなことが起こるのか。
順天堂大学医学部公衆衛生学講座准教授で、呼吸器内科医の和田裕雄さんに解説してもらいました。

◇アンジェリーナ・ジョリーさんの予防切除

まず最初に、ハリウッド女優のアンジェリーナ・ジョリーさんの例を紹介しましょう。
アンジェリーナさんは、遺伝子検査の結果、「BRCA1」あるいは「BRCA2」というがん抑制遺伝子のうち「BRCA1」に生まれつき変異を持っていることが分かり、「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」が疑われました。
そこで、将来の乳がん発症予防のために両方の乳房を切除し、続いて、卵巣がん発症予防のために卵巣も切除したと報道されています。
実際、アンジェリーナさんの母親は若くして乳がんで亡くなったそうなので、同じ遺伝子変異を持っていたのかもしれません。
アンジェリーナさんは、遺伝子検査で自分も同じ病気になる可能性があることを知り、大いに悩んだことでしょう。

◇遺伝要因と環境要因

アンジェリーナさんの例と「禁煙すると肺がんが減少します」というお話は、がん発症の危険性を減らすという意味では同じですが、大きな違いがあります。
病気の原因を単純化すると、体質などの「遺伝要因」と生活環境などの「環境要因」に分けて考えることができます。
がんの場合もいずれかの要因、あるいは、両方の要因によって遺伝子から作られるたんぱく質に変化が起き、がん細胞が表れて増殖するなど細胞レベルでの変化が生じます。
それがエックス線などで分かるまでに進行して、最終的に症状として表れます(図)。

図:遺伝要因と環境要因からなる病気の発症メカニズム。
http://i.imgur.com/x29d1Os.jpg

アンジェリーナさんの例は、生まれつき遺伝子の変異があったということですから、「遺伝要因の関与が大きい」と考えられます。
一方、喫煙に関連する肺がんは「環境要因が大きい」と考えることができます。

◇疫学データと個人の運命の差

たばこは環境要因の代表選手です。
たばこの煙には5000種類以上の物質が含まれると考えられていますが、その中には遺伝子に変化を与える変異原と呼ばれる物質が多数含まれています。
このため、たばこを吸えば吸うほど、遺伝子に変異が生じて、細胞ががん化する危険が増大すると考えられます。

ただし、同じ病気でも、大きな集団で考えると、環境要因だけで病気になる人▽遺伝要因だけで病気になる人▽環境要因と遺伝要因の複合で病気になる人−−とさまざまです。
喫煙などの環境要因に強い遺伝要因を持っている人は、喫煙者で環境要因があるにもかかわらず肺がんにならない場合があります。
逆に、非喫煙者で環境要因がない人でも遺伝要因のために肺がんになることもあります。
このようにして「疫学データと個人の運命との差」が生じてくるのです。

◇喫煙者は肺がんリスクが5.5倍

2000年以前の研究結果をまとめて解析した論文によると、喫煙したことがある人は、全く喫煙したことがない人の5.5倍、肺がんになる危険が増すと結論付けています。
この世からたばこがなくなり、喫煙者と喫煙経験者が存在しなくなると、肺がん患者は現在の約6分の1になるということです。
しかし、肺がん患者は0人にはなりません。この理由は、公害などの環境要因、あるいは、遺伝要因の影響のためだと考えられます。
でも、たばこをやめるだけで肺がん発症の危険性を6分の1に減らすことが可能なのですから、私はたばこはやめた方が良いと考えています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170611-00000007-mai-soci